【第13話】曰くつきの魔剣
「これが、剣ですか? 随分と、悪趣味ですね……」
「そう? このデザイン。私は、わりと好きかもね」
「私の好みではない」と言わんばかりに、渋い顔になったマリーネとは違い。
首狩り姉妹の妹であるナタネさんは、興味津々の顔で覗き込んでいる。
尻尾を隠したがる亜人が多い中、ナタネさんはボトムズの腰部分に穴が開いており、フサフサのキツネ尻尾が外に露出していた。
少し紫色を含んだ、暗い青色の獣尻尾は、かなり目立つが。
ナタネさんは、キツネ尻尾を左右にフリフリと、楽しそうに揺らしていた。
尻尾付きは、産まれた時から亜人である証拠だ。
だから、尻尾に触れたら亜人がうつるイメージが強いと、マリーネも言ってたのにな。
周りからの悪評にも恐れず、堂々と尻尾を出すのは、さすがナタネさんとしか言いようがない。
最悪の悪党共であるファミリアですら、尻尾付きの亜人女性に手を出すくらいなら、男娼を愛人にした方がマシと言い切る世界で。
気の強いラッカですら、周りの目を気にして。
ワンピース系のチュニックを纏って、ボトムズのお尻部分が隠れるように、普段は猫の尻尾を隠してるのにな。
「レベッカ殿が、魔剣を持って来たと聞いたのだが?」
「あら、リュカ。いらっしゃい。持って来たわよ」
地下の研究所にこもって、シャロンと聖水の研究に勤しんでいた先生も顔を出した。
レベッカさんが、快く先生を中に招き入れる。
尻尾が生えたぐらいで騒ぐなと言わんばかりに、全身が黒い獣の体毛に覆われた、完全な犬頭の先生が登場する。
その姿も見慣れたもので、皆は初対面の時ほど驚きもしない。
いつもの評議会のメンバーが、元村長家に揃った。
「どれ、私にも見せてくれないかね?」
先生が三角帽子をテーブルの上に置き、魔剣の鑑賞会をしてる皆のもとへ足を運ぶ。
「ほほう。これはこれは……」
マリーネとナタネさんが左右に別れ、間に入った先生もまた、前のめりになって覗き込む。
「シザーブレイドか……。なかなかに、良い趣味をしてるな」
クツクツと楽し気に笑う、先生の眼前には。
剣を立て掛けるための木製台に、斜め十字に重ねられた二本の剣が置かれていた。
先生の言う通り、その形状はハサミに似ている。
剣を持つ部分が、輪っか状の楕円になっており、かなり特殊なフォルムだ。
「しかも。火ではなく。氷の魔剣か……」
鋭い刃もまたハサミ型の形状だが、鉄色の一部に青色の刃紋が混じっている。
火の魔石よりランクが一つ上な、氷の魔石が主成分であるのは明らかだ。
「レベッカ殿。これ程の上等な魔剣を、どこから手に入れたのだ?」
「悪いけど。依頼主に口止めをされてね。今はそこを、話せない契約になってるの……。でも、その剣を誰が使っていたかを。話してあげることはできるわ」
腰に手を当てたレベッカさんに、皆の視線が集まる。
「その二本はね。裏切りの悪鬼バモンが、所属していたファミリアのボスと。兄弟分だったファミリアのボス。その二人が所持していた。曰くつきの魔剣よ……」
「曰くつきか……。なにやら、血生臭い事情がありそうだな?」
「リュカの予想通りよ。悪鬼バモンが、裏切り者として名を広めた、原因になった剣よ」
斜め十字に立て掛けられた二本の魔剣を、レベッカさんが指差した。
「もともとバモンは、所属ファミリアのナンバー二だったの。でも、そのポジションにバモンは、満足してなかったわ」
「ほう……。ボスを殺して、ファミリアを乗っ取ったのかね?」
「結果的には、そうなったけど。それを最初に提案したのは、バモンではなくて。もう一つのファミリアのボス……その奥さんなの」
「……ん? どういうことだね?」
突然に現れた登場人物に、先生だけでなく他の皆も、不思議そうな顔で反応する。
「二つの兄弟分ファミリア。その両方に、ナンバー二のポジションにいる者同士が手を組んで、ボスを暗殺したのよ。偽りの酒席で二人を酔わせて、寝込みを襲ってね……」
「なんとも、まあ……。悪党らしい、やり方と言うか……」
さすがの先生も、コメントに困っているようだ。
「バモンの影に隠れてるけど。ぶっちゃけ私は、元奥さんの方がよっぽど性質が悪いと思ってるわよ? なにしろ、血の繋がった息子も、旦那のお気に入りの右腕も。信用できない者の裏切りを恐れて、皆殺しにしてるからね……。最初から旦那を殺して、ファミリアを乗っ取る気満々だったのよ?」
レベッカさんの語りに、もはや誰もコメントができなくなった。
「バモンをそそのかした、悪女アマンダの計略によって。二つのファミリアを吸収した二人は。その悪行から、裏では知らない者がいないくらいの有名人になったわね……」
「曰くつきと聞いたが。予想の何倍も、曰くつきだったの……。そんな悪党から産まれた子なら。たしかに、あそこまでの悪いことができるのも、納得いくわい」
先生が言う悪いことは、おそらくファミリアの男娼にされた、シャロンの件だろう……。
「悪名だけなく。二人共が実力でも認められるくらいに。強力な氷の魔剣を、二人が手に入れるための資金として。盗品を扱うブラックマーケットで売りに出されたのが、その二本の魔剣よ……」
「そんな、危険な連中に。あなた達は喧嘩を売ったのよ?」
それまで黙って静観していた、首狩り姉妹の姉であるサコンさんが、不意に口を開いた。
「レベッカ。悪い噂を知ってるあなたが、どうして止めなかったの? ……ラッカもよ。ファミリアには手を出すなって、口を酸っぱくして注意したはずよね? ……しかも、亜人じゃなくて。人間の男のためなんかに」
いつもは穏やかな性格だが、今日ばかりは語気を荒げて、腕を組んだサコンさんが、強くラッカを咎めた。
本気で怒るお姉様達には、さすがのラッカも逆らえないのか、伏し目がちに俯いて小さくなっている。
お姉様達の視線から逃れるように、気持ち俺の背中に隠れたのは、気のせいではないだろう。
「サコン、評議会の決定は絶対よ……。街の住人が、それに従えないのなら。評議会を開いて、街のルールを決める意味はないわ……。それにラッカは、もともと反対してたのよ。あなたが私の誘いを断らず、評議会に参加してれば。こんなことには、ならなかったのよ?」
レベッカさんの思わぬ発言に、皆の視線がサコンさんに集中する。
険しい顔をしたサコンさんが、胸元に垂れた紺色の三つ編みを、手で乱暴に後ろへ払いのけた。
「レベッカ。それとこれとは、話が別よ?」
「いいえ。もう別では無いわ……。あなたの妹分のラッカや、この村に住む亜人達は。既にファミリアの問題に、片足を突っ込んでしまったわ……。あとは、姉妹のあなた達が。この村を救うために、手を貸すか、貸さないかの問題よ……」
レベッカさんの思わぬ切り返しで、室内に静寂と重い空気が流れる。
「貸さないわよ。だって、無駄死にするだけじゃない」
試すだけ無駄だと言わんばかりの表情で、サコンさんがはっきりと断言した。
「そこにあるのは魔剣だけど。既に契約済みのモノよ。普通の剣より、ちょっと丈夫な剣と言うだけ……。他人の使ってた、お古の魔剣を借りたところで。勝てる見込みなんて、これっぽっちもないわよ。それに……」
俺の後ろに隠れるラッカを、サコンさんがチラリと見る。
「さっき、ラッカから話を聞いたけど。人間の男娼を、ファミリアの連中に渡して。息子はモンスターに殺されたって話を、その男娼にさせれば済む話じゃない? ……ほら。誰も血を流さずに、解決できるわよ」
サコンさんが涼しげな顔で、新たな解決策を提案した。
たしかに、それもまた一つのやり方だと思う。
人間の犠牲など、亜人からすれば大したことがなく。
亜人側からの視点では、選択肢としてはアリなのだろう。
皆も俺と同じ考えなのか、押し黙ってしまう……。
「首狩り姉妹の通り名で、有名なお二人でも。どうにもならない、相手なのかね?」
曰くつきの魔剣を眺めながら、こちらに背を向けた先生が。
思い沈黙を破るように、口を開いた。
「火の魔剣相手なら。ナタネと二人掛かりで、一人くらいは倒せるかもしれないわね……。でも氷の魔剣相手は、さすがに無理よ」
「ふむ……。ラッカ君から、聞いた話では。奴らの亜人狩りに、多くの亜人達が犠牲になったそうじゃないか……。仇を取りたいとは、思わないのかね?」
「リュカ。軽はずみな発言は、止めてちょうだい……。それ以上、余計なことを喋った場合。ナタネが手を出しても、私は止めないからね?」
殺気立った空気が、室内に広がるのを、肌で感じとれた。
主な発生源は、視線を鋭くさせて先生の背中を睨みつける、ナタネさんからだ……。
「アイツらの……くだらない、魔剣の試し斬りのために。どれだけの同胞が、迷宮で死に……。私達を逃がすために、何人の仲間が死んだと思ってるの? 私達が彼らの仇を、確実にとれる話ではない限り。ここで無駄死にするわけには、いかないのよ……」
サコンさんもまた、狐に似た尻尾の毛先を逆立て、苦虫を噛み潰した顔をする。
腕を組んだ手で、己の腕を強く握りしめ、抑えきれない怒りに声を震わせた。
「サコン君の意見を聞く限り……。勝算があれば、彼らと戦っても良いと。私は受け取っても良いかね?」
「……勝算って、どう意味かしら?」
サコンさんが鋭い目を、先生の背中に向ける。
背中に組んでいた両手を解き、先生がこちらへ振り返った。
「サコン君、ナタネ君。君達は、仲間の仇を討てるなら……。嫌いな悪党共と混ざることも、許容できるかね?」
「言ってる意味が分からないわ、リュカ……。私達が分かるように、説明してくれないかしら?」
「リュカ先生。もしかして……できるんですか?」
一人だけ何かに気づいた顔で、マリーネが声を漏らした。
「できるよ……。本人が死んでるから、血の繋がりは無くなってるからね」
「二人だけで、分かったような会話をしないでくれるかしら? さっきから、何の話をしてるの?」
少しだけ苛立たしい顔で、サコンさんが二人の会話に口を挟む。
「契約の話だよ……」
先生が懐に伸ばした手を取り出し、握り締めた拳を広げた。
手の平にのせられた、金色の光沢を放つそれは、キューブ状に加工された魔石だ。
レベッカさんが、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。
「リュカ。あなた、いったいどこから。その土魔石を持って来たのよ!?」
土の魔石となれば、氷の魔石よりも更にランクが一つ上の魔石だ。
王都の迷宮都市でも、最低でも三十一階層まで潜らないと、欠片すら手に入らない貴重な魔石。
それが加工された純金となれば、迷宮都市の商人であるレベッカさんが、異常な反応をするのも当然だ。
「そんなに大声で騒ぐな、レベッカ殿。これは盗んだ物でも無く。私の迷宮で造った、貴重な財産の一つだよ……」
「迷宮で造ったって……あなた。自分で何を言ってるのか、分かってるの?」
動揺を隠せないレベッカさんを見ていたら、俺のすぐ隣にマリーネが静かに近づいた。
「叔母様が支援してる迷宮で。土の純魔石を作れる迷宮は、一つも無いのよ」
マリーネに耳元で囁かれ、レベッカさんが目をギラつかせて先生の手元を凝視する、その理由を知らされた。
そもそも迷宮とは、竜迷宮の魔女が遺した古代遺物である小迷宮から、研究した情報をもとに、国や都市単位で建造されるものだ。
決して個人で造り出すモノではなく、土を司る迷宮を個人で作れる者など、この世には存在しない。
迷宮の歴史に造詣が深い、マリーネの話をふと思い出した。
「レベッカ殿、少し静かにしてくれんかね。ここが私にとって、勝敗の分かれ目なのだよ……」
真剣な眼差しで、首狩り姉妹を見つめる先生が、レベッカさんをたしなめる。
ザワついてるのは、当然ながらレベッカさんだけではない。
竜迷宮の一部を利用して、火を司る迷宮を作り出すだけでも、すごいことなのに。
先生の迷宮に関する底の見えなさに、ここにいる誰もが困惑していた。
「サコン君、ナタネ君。仲間の仇を取るために……。私に賭けてみる気はないかね?」




