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【第11話】悪党の末路

 

「ずいぶんと可愛らしい、通せんぼね」

 

 俺と一緒に歩いていた二人も足を止め、口元に手を当てたマリーネが、微笑ましいモノを見るようにクスクスと笑う。

 地下迷宮の薄暗い一本道な通路の途中に、小さな人影が仁王立ちしている。

 両手に持ってるのは剣と盾ではなく、マッピング用のペンと線を引く定規なのが、また可愛らしいな。

 

「大丈夫よ、レミア。私達は近くを通っただけで、横取りはしないわよ。見つけたんでしょ?」

 

 歩み寄ったラッカに頭を撫でられ、ぷっくりと両頬を膨らましたレミアが、無言でコクリと頷く。

 

「私が、見つけた。でも、みんな倒すの下手」

 

 ――キャンバスに絵を描く画家のように――薄板に繋がった紐を首からぶら提げた、十二歳の小さな迷宮士が、開口一番にそう言い放つ。

 後ろに立つ亜人の若者達が、なんとも言えない表情で、後頭部をポリポリとかいた。

 

「もう二回も。ラクーン逃がした」

「いや、俺達だって先回りして、頑張ってるんだぞ? でもアイツ、トラップの場所を分かってるみたいで……。追い詰めても、上手いこと逃げるんだよ」

 

 頬を膨らましてプリプリと怒るレミアの後ろで、大人達がラッカへ言い訳するように状況を説明する。

 村で最年少のレミアは戦えない迷宮士だが、同居人であるラッカの妹分でもあるためか、あまり強く言えないのかもしれない。


 彼らが倒そうとしてるモンスターは、臆病な鼠人ワーラットの性格に似た、狸人ワーラクーンなのは間違いないだろう。

 ただし、狸人ワーラクーンはトラップの臭いを嗅ぎ分けて、スイッチをわざと弄る習性がある。

 

「地図、見せてもらっても良い?」

「……ん」

 

 少しは俺に慣れてくれたのか、レミアが書きかけの地図を素直に渡してくれた。

 間にラッカを挟まないと会話が成立しない、最初の頃よりは心の距離が縮まったようで、そこは素直に嬉しい。

 

「結構、詳しく描けてるわね」


 横から覗き込んだマリーネが、感心したような声を漏らす。

 俺が教えたマッピング技術を、しっかりと学習してるのが一目見て分かった。

 

 先ほど俺が迷宮探査ソナーで視た時と同じ、紙に周囲百マスの地図が正確に描かれている。

 つまりレミア達は、これほど詳細なマッピングを描くほど、逃げ回るアイツに翻弄ほんろうされたということだ。

 地図を眺めてみれば、自分達がいる通路を道なりに、進んだ先に部屋が一つある。

 奥にある部屋は一見すると行き止まりだが、一方通行の隠し壁の意味を示す、→マークが描かれていた。


 なるほど……。

 一方通行が、三ヶ所もある部屋か。

 面倒な所を見つけられたな……。

 相手も殺されないよう必死なのは分かるが、さすがにコイツは他と違うな。

 

「ちなみに。どうやって、追い詰めようとしたのか教えて」

 

 失敗をした時の状況を、ラッカが皆に尋ねた。

 彼らの話を聞きながら、確実に倒せる方法を俺達も一緒に考えてあげる。

 

「え? そんなことができるのか?」

「もちろん。リュートは、何でもできるわよ」

「いや、何でもはできないよ」

 

 ラッカが調子に乗って、妙なことを口走るので、そこはしっかり否定しておく。

 

「でも、良いのか? 俺達が、取り分を全部もらって」

「良いわよ~。その代わり、リュートの商会にちゃんと登録しなさい。あんた達が面倒臭がって、他の子に換金させてるのは知ってるんだからね?」

「うっ……」

「新規五名様が増えたか。後で、メリッサに確認しとくからね?」

「わ、分かったよ……。ちゃんと今日は行くよ」

 

 ちゃっかりと登録漏れをラッカに指摘されて、亜人の若者達がバツの悪そうな顔で、お互いの顔を見合った。

 今回は俺達も協力することで、三度目の正直になる狸人ワーラクーンの討伐作戦が始まる。

 

「アイツが逃げなかった時のために、私もついて行くわね」

「うん、よろしく」


 亜人の若者二人と、レミアとラッカが通路の奥へ進む。

 残り三人は既に出発した後なので、彼らが目的地に到着するのを待った。

 

「……そろそろかしら?」


 マリーネに目配せをされて、壁に手を触れた俺は迷宮探査ソナーの魔法を発動する。

 

「うん。みんな、配置についたみたいだ……。始めるよ」

 

 右手だけを置いてた壁へ、更に左手を触れる。

 彼らへの合図として、二回連続・・・・迷宮探査ソナーの魔法を発動した。

 およそ一秒遅れの、青白い光の波紋が壁の表面を、二度走る。

 

迷宮罠解析術トラップ・アナライズ


 続けて目の前にある壁へ、左手から魔法を発動する。

 反対側の壁にある一方通行の壁を動かすスイッチを、先生から譲渡された管理者権限でロックした。

 

「もういっちょう。迷宮罠解析術トラップ・アナライズ

 

 続けて右手から魔法を放ち、十ブロック先にある壁のスイッチへ魔力の手を伸ばし、二つ目となる一方通行の壁を起動できないようロックする。

 先生との契約前は、手に触れた一ブロックしか操作できなかったが、今は最大十ブロック先のスイッチも遠隔操作リモートできる。

 ただし、使える場面が今回みたいな作戦の時に限る、とっても地味な技だが……。

 

「上手くいったかしら?」

「どうかな? んー……」


 一方通行ができる三つ目の壁から逃げたとしても、待機組の三人が倒してくれると信じよう……。

 耳を当てた壁越しに、「やったー!」と可愛らしく叫ぶ、レミアと分かる嬉しそうな声が、遠くから小さく聞こえた。


「成功したみたいだ」

「そう、良かったわね」

 

 これで彼は、三度目・・・の死を迎えた。

 悪党達への恨みがこもってる分、ラッカが率先して狩ったかもしれない……。

 

「ムジナを探してる皆が、きっと残念がるわね……。次に狩れるのは、リセットした後なのよね?」

「うん……。先生の話だと。亜種は再召喚させるまでに、十日以上は掛かるらしいからな……」


 正式に本日から出現することになった亜種モンスターから入手した魔石を、うちの迷宮ギルドで買い取った場合、一週間は働かなくても、大人が生活できる報酬額になるからな。


「リュカ先生が作る迷宮には、驚いてばかりだけど。みんなのヤル気が出るモンスターが増えて、良かったんじゃない? 朝一番のアレには、つい笑っちゃったけど」


 クスクスと思い出し笑いするマリーネを見て、俺も今朝の騒動を思い出した。

 新たに亜種のモンスターが出現する話と、魔石の買い取り価格を話した途端、入口のゲートを開けたラッカを突き飛ばす勢いで、皆が迷宮に雪崩れ込んで……。

 ――生前の記憶が残ってるのか――魔剣を探して迷宮を彷徨う犬人コボルトの亜種を求めて、目を血走らせた五十人ほどの亜人が、道行く小鬼ゴブリンを蹴り飛ばして一目散に、犬人コボルトを手当たり次第に追い掛け回す、大騒ぎになったからな……。

 

「メリッサに亜種ネームドの登録を、迷宮ギルドでしたいから。名前を決めてくれって、言われたけど……。とりあえず、魔剣探しの犬人コボルトと。狸人ワーラクーンのムジナで、良いかな?」

「うーん……そうね。ラッカが言ってた、『肩に深い刀傷の犬人コボルト』だと語呂が悪いし。そっちよりは、良いかもね……」


 俺達以外は、誰もいない静かな地下通路。

 魔石を入手して、皆が戻るまでの暇な待ち時間。

 壁に背中を預けて、俺は床に腰を落とす。


「なあ、マリーネ……。これで、良かったんだよな?」

「……え?」


 二人だけの空間で天井を見上げながら、俺はポツリと呟く。

 

「あなた一人が、決めたことじゃないでしょ? 皆で決めたことよ……」

 

 全てを俺が語らずとも、察してくれたマリーネが、俺の欲しかった言葉をくれる。

 

「俺が亜人だったら。もっと素直に、皆の気持ちが理解できるのかなって、思っちゃってさ……」

 

 ボンヤリと遠くを見つめる俺のそばへ、マリーネが歩み寄って腰を落とす。

 

「十分よ……。あなたは、亜人達に優し過ぎるくらい……。私達に、寄り添ってくれてるわ」

 

 俺の肩に頭をのせたマリーネが、耳元で優しく囁いた。

 

「クックックッ。青春だね……」

 

 薄暗い通路の奥から、茶化すような声と共に、近付く足音が聞こえる。

 

「覗き見なんて、趣味が悪いですよ。リュカ先生」

「クックックッ……。これでも空気を読んで、タイミングを見計らっていたんだぞ?」

 

 もはや見慣れた魔女帽子を外して、悪い笑みを浮かべた犬頭が顔を出す。

 

「例のモノが、完成したぞ」

「え? 本当ですか?」


 マリーネが驚いた顔をして立ち上がる。


「まだ試作品だがの……。あとでメリッサに、声を掛けといてくれんかの? いつもの場所で、実験をしたいのだ……。彼女の仕事が終わってからで、かまわんぞ」

「分かりました。迷宮ギルドへ寄った時に、声をかけておきます」

「頼んだぞ……」


 魔女帽子を再び犬頭にのせ、先生が背中を向ける。

 

「ああ、そうだ。マリーネ君」


 歩き出そうとした一歩目で、先生が足を止めた。

 

「嬉しいからって。まだ舌を入れるなよ?」

「リュカ先生……。そろそろ私でも、怒りますよ?」


 クツクツと悪戯めいた笑い声を漏らしながら、先生が立ち去っていく。


「リュート。迷宮探査ソナーをかけて」

「え? ああ、いいけど」

 

 俺の横へ座り直したマリーネに言われて、周囲の状況を再確認する。

 

「みんな、近くにいる?」

「うーんと。こっちに、合流しようとしてるけど……。あと数分くらいは、掛かるかな?」


 脳内に描かれた3Dダンジョンマップを視て、皆の現在位置を把握していると、不意に吐息が首元にかかった。

 

「今日もちゃんと、私の場所は残してるのね。えらいわよ、リュート」

「……マリーネ?」

 

 獣が臭いを嗅ぐように、俺の首元でマリーネが鼻を小刻みに動かしてるは分かる。

 

「マリーネ。みんな、すぐに来るぞ」

「大丈夫よ。すぐ終わらせるから、ね?」

 

 人がいる時には絶対しない、甘えるような囁き声でお願いされて、断れるはずもなく……。

 ラッカやナタネさんとは、また違う独特の舌触りが、彼女専用の場所をペロリと舐めた。

 


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