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【第10話】魔力喰い《マナイーター》

 

「おや? マリーネ君から、サインが出たようだね……」

「喰らうと言いましたね」


 ということは、上手く成功したのか?


「ふむ……。どうやら千年前に遺した技術は、今代の魔剣にも通用するらしい……。これは僥倖ぎょうこうだぞ、リュート君」

 

 魔女帽子の広いツバを、指先で摘まみ上げた先生が、獣口の白い歯を見せて嬉しそうに笑う。

 俺と先生が離れた所から見守る中、マリーネと悪党ダインの両者は、盾と大剣を交えて睨み合ったままだ。

 そろそろ、仕掛けるつもりなのか?


「喰らうだと?」

「魔剣の力って凄いわよね……。双頭火犬オルトロスの火で溜めてた分を、たった一発で全部使い切ったわ……」

「何の話だ?」

「ああ、気にしないで。だって……時間稼ぎは、もう終わったから――」

 

 マリーネが右手に握り締めたロングソードを、いきなりダインの腹めがけて突き刺そうとする。

 さすがに不意打ちくらいでは動揺しないのか、ダインもまた後方に跳んで、咄嗟に避けたが――。

 

「……は? なんで、だ?」

 

 驚愕に目を見開いたダインの脇腹に、突き出したマリーネの剣先が刺さっていた。

 慌てたダインが大剣で薙ぎ払い、マリーネが後方に跳んで避ける。

 

「私が女だから。手加減してくれたのかしら?」

「……てめぇ、俺に何をした?」

「さあ?」

 

 とぼけた態度で小首を傾げたマリーネに、顔を怒りに染めたダインが突撃する。

 ダインの身の丈程はある長い刀身が、マリーネの脳天めがけて振り下ろされた。

 しかしマリーネは、それを避けることなく、大地に根を張ったかの如く、力強く正面から盾で防ぐ。

 ダインが攻撃の手を休めず、大剣を激しく振り回すが、マリーネは全ての斬撃を難なく、盾で受け止め続けていた。

 

「どういうことだ……。なんで、急に身体が」

「遅い!」

「グッ!?」

 

 相手の連撃のタイミングに合わせて、前へ踏み込んだマリーネが、大剣の薙ぎ払いを盾で弾いた。

 まさかのカウンターに動揺を隠せないダインへ、マリーネが距離を詰めて反撃に出る。

 

「リュート君。魔剣は魔力の増幅器だ。契約者のマナを魔剣が吸い、増やした力を契約者に与える。しかし、彼は全く気づかなかったようだね。自分の剣を通して、マリーネの盾に魔力が吸われていたことに」

 

 隣に立つ先生が、まるで生徒へ講義をするように、俺に語り掛ける。

 

「枯れてしまった彼の。本来の実力が、アレなのさ……。逆にマリーネは吸い取ったマナを、上手く利用してるようだね……」


 先ほどまで等身大はある大剣を、小枝を振り回すように軽々と、片手で振り回していたが。

 今は両手で大剣を握り、ダインが苦しそうな表情で、必死にマリーネの猛攻撃を防いでいる。

 最初に刺された脇腹から大量の血を流し、ついにダインが片膝を地に落とした。

 

「地にひれ伏せ、悪党……。てやぁあああ!」


 気合の入った咆哮と同時に、振り上げたマリーネの剣が一閃した。

 

「グァアアアッ!?」

 

 マリーネの一撃を防ごうと、両手で掲げていたダインの大剣が、激しい金属音と同時に床へ落ちて跳ねた。

 苦悶の表情を浮かべるダインの肩に、マリーネの振り下ろした剣が深々と刺さり、刃が隠れるほどに胸元まで食い込んでいる。

 見ていて痛々しい状況に、俺はつい目を逸らしてしまった。

 

「フンッ!」

「ぐぁあッ!?」


 剣を乱暴に引き抜かれたダインが、床へ四つん這いに倒れた。


「……ちくしょうが。てめぇら……。俺に、こんなことをして。どうなるか……分かってんだろうな!」


 疲労困憊らしく肩で息をしながら、額に脂汗をにじませたダインが、憤怒の顔でマリーネを睨み上げる。

 

「あなたこそ、分かってるのかしら? ここは迷宮。私達が外で喋らなければ、あなたはモンスターに殺されたことになるのよ……。あなたが今まで、亜人達にしてきたようにね?」

「グゥッ……。クソが」

 

 脅しても無駄だと分かったのか、両膝を床についたダインが、拳を握り締めて歯ぎしりをした。

 

「こっちも終わったよ……。リュート、ロープ貸して」


 ラッカに剣で両膝を貫かれたのか、床へ仰向けに倒れ伏した男が、両足から血を流している。


「あ、兄貴……。すんません。この亜人、尻尾つきで……。グウッ」


 後ろに回した腕を強引に折り曲げられ、ラッカに背中も踏みつけられて、手下の男が苦悶の声を漏らした。

 

「尻尾がどうしたの? 顔を撫でて欲しいの?」


 緩やかなワンピースのチュニックを捲り上げ、蛇のように細長いモノが、ラッカの腰から顔を出す。

 猫のような尻尾がラッカの意思で動き、顔が隠れた男のフードを器用に剥ぎ取った。

 なるほど……。

 だから、ムジナって呼ばれてたのか?


「や、やめろ! 亜人がうつる!」

 

 お洒落なのか分からないが、両目の周りを黒塗りした、たぬきメイクの男が叫ぶ。

 俺がロープを手渡しても、ラッカは嬉々として男をからかうのを止めなかった。

 ラッカが尻尾の毛先を顔に寄せるたびに、男がのけぞらんばかりに頭を必死に動かして、猫系の尻尾から逃れようとしていた。

 

「リュートなんて、嫌がるどころか掴まえて。喜んで撫で回してくれたのにね……。あんた達はむしろ、うつった方が亜人の気持ちが分かるんじゃない?」

「ヒィッ!」

 

 触れるか触れないかの距離で、猫の尻尾が頬をかすめるたびに、手下の男が悲鳴を上げる。

 一通りムジナをからかった後、悪党二人が逃げ出さないよう、ロープで縛って拘束した。

 

「俺達を、どうするつもりだ? 拷問でもするのか? それとも最期くらい、そこのケツでか女が。気持ち良く俺達を、天国へ逝かしてくれるのか?」

 

 縛られて芋蟲状態になり、身体を深く斬り裂かれてボロボロになっても、さすが悪党と言うべきか。

 口が一向に減らないダインが、下種な笑みを浮かべる。

 身動きが取れないダインの腹へ、ラッカが容赦ない蹴りを入れた。

 

「カハッ……」

「さっきのお返しよ……。どうだった? 天国に逝けるくらい、気持ち良かった?」

「この、亜人女が……」

「あんた達のこれからを決めるのは、私じゃないわ……。迷宮の魔女よ」

「……あん?」

 

 ラッカと入れ替わるようにして、悪党達の前に進み出た先生が、目深まぶかにかぶっていた魔女帽子を外した。

 

「初めまして、悪党諸君。私は迷宮狂いの魔女、リュカと申すものだ」

「な……。コイツ、モンスターじゃねぇか!?」

 

 近付いてきた犬顔を見て、おもわずダインが顔をのけぞらせた。

 そのリアクションを見た先生が、クツクツと楽しそうに笑う。

 

「私はね。君達の処刑を、亜人達に任された者だ……。君達は随分と、亜人達に恨みを買ってるようだね?」

「俺達を、処刑するだと?」

「そうだよ……。しかし、ここで一度殺しただけでは、彼らの恨みが晴れそうにもない。そこで一つ、面白いことを想いついたのだ……。さっきのラッカ君と、彼のやり取りを見てね……」

「ヒィッ」


 先生に視線を向けられた手下の男が、小さく悲鳴を漏らした。


「なにを、する気だ?」

「大したことはないよ。村の発展のために、人材を必要としてる場所があってね。そこで働いてもらうだけさ。君達の大好きな迷宮で、一生ね……。クックックッ」

 

 意味深な台詞を語る先生を前に、さすがの悪党共も顔を恐怖に引きつらせている。

 

「マリーネ、大丈夫?」

「うん……。もうちょっと、休憩したら。動けると思う……」


 壁に背中を預け、激しく疲労した身体を休めるマリーネに、ラッカが心配そうな顔で声を掛ける。


「魔法を使うための器が、未熟なせいで。思った以上に、体力の消耗が激しいわね……」


 大量にかいた汗で、前髪を濡らしたマリーネが、ラッカを見上げながら苦笑した。


「マリーネ一人に、ファミリアを相手させるのは難しそうね」

「まだ新しい力に慣れてないから、厳しいわね……。もっと訓練が必要みたい」


 先生との契約によって、隠されていた一族の力を目覚めさせたマリーネだが。

 完全に自分の力とするには、まだ時間が掛かりそうだ。

 魔剣使いとの対人戦は、今回が初めてだったしな。

 

「ラッカ。私よりも、シスターの様子を看てあげて……。息はしてたけど、気を失ってるみたいなの」

 

 マリーネに促されて、拭くための布を握りしめたラッカが、床に倒れ伏したシスターに近付く。

 

「可哀そうに……。ホント酷いわね」


 太ももについた汚れをラッカが拭き取りながら、シスターのスカートをめくる。

 

「へ? ちょっと待って……。この人、聖職者シスターじゃないわ!」

「……え?」


 捲り上げたスカートを慌てて戻し、ラッカが驚いた顔でこちらへ向く。

 どう見ても女性にしか見えない、可愛らしい顔を苦痛に歪ませて気を失った人物へ、皆の視線が集まった。

 

 

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 

 

 今後の打ち合わせを終え、それぞれの仕事に取りかかった評議会メンバーは退室し、部屋には二人だけしかいない。

 重苦しい静寂を破るように、俺は押し黙った相手に尋ねた。


「妹が、人質に取られてるのか?」

「……うん」


 テーブルを挟み、対面に座るシャロンが小さく頷いた。

 本職の聖職者シスターではなく、悪党共に無理やり愛人にされた彼の人生は、決して平坦なものではない。


 俺と同じ孤児院の生まれで、魔法の適性があったから、運良く魔法使いに拾われて弟子入りしたが、攻撃魔法の才には恵まれず、師には一年で見限られた。

 一緒に拾われた孤児院育ちの友人は才能を伸ばし、師と同じ魔術師の道を歩み、探索者として活動し始めた友人の付き人となった……。

 ポツリポツリと、その半生を語ったシャロンの話をまとめると、そんな感じか?

 

「このシスター服は。本当に、僕の趣味じゃないからね?」

「わ、分かってるよ」


 チラリと容姿を眺めていたら、上目遣いのシャロンが潤んだ瞳で、訴えかけるように俺を見つめてくる。

 茶色の髪が肩まで届く、内巻きセミロングの髪型は、どことなくメリッサと似てる気がした。

 ただし性格は彼女と正反対で、常に自信なさげな顔で喋る彼は、ギルド職員としてハキハキと喋るメリッサとは、やっぱりタイプが違うなと思う。

 女性を比較対象にしてる時点で、いろいろとおかしいのだが、どうにも彼の持つ独特の雰囲気が、妙な勘違いを起こさせてしまうような気がした……。

 

 二重まぶたの可愛らしい瞳で、伏し目がちにオドオドしてるせいか、人によっては保護欲をかきたてられる男性もいるだろう。

 その心理を逆手に取って、お金稼ぎの手段に選んだのが、あやまちの始まりだったのかもしれないが……。

 でも安易に俺は、彼を責めることができなかった。

 

「僕が悪いのは分かってる……。戦うのは苦手だったから、報酬金の配分も少なくて。生活も苦しかったから……。彼らの要求に、従うしかなくって……」

 

 パーティー内でも最底辺の位置にいたシャロンは、男達のくだらない冗談に付き合って、迷宮内で女装をさせられることに……。

 時には、娼婦まがいのことも強要させられ、悔しくて涙を流しながらも、それでも金のために耐えた。

 一種の弱い者イジメともとれる……。

 だがそれさえも、ぬるま湯と思えるほどの不運に遭遇した。

 

 裏切りの悪鬼バモンが率いる、ファミリアの襲撃。

 強盗目的の悪党達に、密室にも近い迷宮内で襲われたシャロンのパーティー。

 生き残ったのは、悪党ファミリアに男娼として拾われたシャロンだけだった。

 果たして生き残れたことを、幸運と定義しても良いものなのか……。

 

「もう、王都には戻りたくない……。でも、アイツらは僕が話してもいない、妹のことを知ってたんだ……。僕が逃げたと気づいたら、きっと妹が……」

 

 過去の恐怖を思い出したのか、己の身体を抱きしめたシャロンが、目尻に涙を滲ませて身体を小刻みに震わせる。

 個人的には助けてやりたいが、こちらはファミリアと戦う準備すら、まだできてないのだ。

 更に亜人でもない人間を、助けようとする者なんて、この村には……。


「リュート君。シスター男は、まだいるかね?」

「ヒィッ! も、モンスター!?」

 

 唐突に入口から顔を覗かせた先生を見て、椅子から転げ落ちそうなほどに、シャロンが跳び跳ねた。

 ああ、そういえば……。

 迷宮では気絶してたから、先生をまともに見るのは初めてか。

 

「え? このシスター……。本当に男なの?」

 

 脇から顔を出したもう一人は、よくメリッサと一緒にいるカレンだった。

 最近はメリッサが、新設した迷宮ギルドの事務仕事に忙殺されて、昼間は構ってもらえないと嘆いていたが。

 

「はい、彼がそうですけど……。どうかしたんですか?」

「ラッカから聞いたのだが。君は水魔法を使えるらしいが、本当かね?」

「……へ?」


 腰を抜かしたように、地べたに女の子座りをするシャロンを、犬顔が覗き込む。

 いちいち仕草が女らしいせいで、どうにも俺の頭がバグってしまい、犬頭のモンスターに怯えるシスターにしか見えない絵面だ。

 

「一年ほど、魔術師のもとで魔法の勉強をしたそうです。水魔法以外の才能には、恵まれなかったらしいですが……」


 驚きで固まった彼の代わりに、先生の質問に俺が答える。


「ふむ……。物は試しだ。カレン、シスター男を私の研究所まで、連れて来てくれ……」

「え? ……はぁー。まったく、あっちへこっちと忙しい人だね……。よいしょっと。軽っ!? 君さ、メリッサより軽くない?」

 

 腰を抜かして動けないシャロンを、カレンがお姫様抱っこする。

 状況についていけず、戸惑うシャロンが有無を言わさず、先生達に連れ去られてしまった。


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