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時を越えて出逢う夏  作者: 藤
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猫の小太郎part2

 小太郎は渋々忍の言葉に従った。

 ふさふさの猫の体にふさふさの尻尾をピンと空に向かって立てながら、耳だけ項垂れた様に下げた。

 つんと上がったくりくりした目尻を下げた表情は何とも情けない物で。

 その小さな体に不釣り合いの野菜を持っている姿は可愛い以外ない。

 そんな小太郎が可笑しくて月子は久しぶりに心から笑ってしまったのだ。


 そんな月子を優しい眼差しで忍は見詰めている。

 こんなに穏やかな日常は母親が亡くなって依頼だ。

 笑われた事で不貞腐れてしまった小太郎を月子が宥めている。

 山の中に木々の間から優しく降り注ぐ曰の光すらいつもより暖かい物に感じられるから不思議だ。


 忍は胸に暖かい感情が灯った様な気がしたが、慌てて火消しに入った。

 彼女は何れ帰ってしまう人間だ。

 そう、下界に住む人間なのだ。鬼である自分とは違うのだから……。

 そろそろ……周りからうるさい位にせっつかれていたお見合いを受けて見るのもいいかも知れない……。

 ずっと断り続けていたお見合いだが、()()()()()()()()()()生涯を共に過ごしても良いと思えた。

 だが、自分の感情に疎い忍は、そう考えた心の本質を理解していなかった。


 この世界にも休日というものはある。

 だが忍の場合中毒気味に仕事漬な日々を送っており、そんな休日(もの)が有ることすら長らく忘れてしまっていた。

 本日がその休日なのだが、勿論忍は仕事に行くつもりでいたのだ。


 月子が畑から戻ると、現代からすればノスタルジックな台所で朝御飯を作った。

 今日の献立は畑から取ってきた取り立ての野菜を使った玉ねぎとじゃが芋のお味噌汁。胡瓜はワカメと三杯酢の酢の物。だし巻き玉子。南瓜は余計な味付けは極力避けて素材の味を活かし煮物にした。

 猫の小太郎は、月子が作った朝御飯を味見していたらお腹が一杯になったらしく、また来るよと言い残し上機嫌で帰っていった。


 居間に座卓を置きそこに座布団を敷いて着物姿で座っている忍の前に運んでいく。


「ああ、有り難う月子。俺も運ぶよ…」


 立ち上がって手伝おうとする忍を笑顔で制する。

 昭和のお父さんの様でその様子が似合い過ぎていて、そのまま新聞でも読んでいて欲しいと思ってしまっう。


「有り難う……」


 笑顔で答えた忍はまた座り直すのかと思いきや新聞を畳み箸置きと箸をセッティングしたのだ。

 箸置きと箸は台所ではなく、居間に設置されている引き出しにしまってある。

 確かに月子が制した通り運んではいないのだが、お手伝いはしてくれた。


 月子は参ったな……と笑ってしまう。

 月子を尊重しつつ、でも手助けはしてくれようとする。月子にとっては家事全般がこの家に居候させて貰う条件なのだから、忍が手伝う必要なんて無いのに。


 整った外見からか、必要以上に怖い外見をしているのに、その実誰より優しい人、そんな忍の存在は月子の不安を少しずつ取り除いてくれる。


「「いただきます」」


 二人で手を併せて食べる。

 そこに会話は無いのだけれど、不思議と苦痛じゃなかったのは、寡黙な癖に黙々と料理を美味しそうに食べている忍の姿が何だか可愛かったから。


 良く噛んで食べている割にはもうご飯茶碗が空になっている。


「忍さん、お代わりは?」


「頂く……出来れば大盛りで……………その、料理が美味しくてな……」


 茶碗を月子に差し出しながらそんな事を言ってくれるものだから、月子まで照れてしまうではないか。


「お気に召して頂けたなら良かったです」


 月子はおひつからご飯をよそると忍に手渡した。

 どうやら忍は玉子焼きが一番気に入ったらしくお皿が空になるのが早かった。

 その後忍は仕事先である診療所に出掛けて行った。

 月子はと言うと掃除洗濯、夜の下準備迄手際よく準備が終わってしまい、早々に手持ち無沙汰になってしまった。

 記憶は所々無いけれど、能力としての家事スペックはおばあちゃんに厳しく育てられた教育の賜物だろう。教わっていた当時は苦痛も多かったけれど、家事自体は消して嫌いじゃなかった。

 両親は勉強以外は評価何てしてくれなかったけれど。

 踏み込んで家事を行うにはまだこの家の事を知らなさすぎて、踏み込んでは欲しくない場所だって有るだろうから忍に聞かずには出来ないのが本音だ。

 月子がぼんやりとそんな事を考えながら縁側に腰掛けていると、猫の小太郎が庭から入ってきた。


「月子、暇そうじゃないか!!」


 二足歩行で器用に歩いてくる小太郎はぬいぐるみの様で可愛らしい。


「そうなの、小太郎私と遊んでくれる?」


 二歳時位の大きさの小太郎相手だとついつい小さな子供を相手にしている様な対応になってしまう。


「そんなに暇なら忍にお昼の弁当でも届けに行こうぜ!!そして俺にも作ってくれよ!」


「え?……」


 考えてもいないことだった。

 確かにお昼は必要よね……と何故そこに頭が回らなかったのか自分の落ち度が恨めしい。


「忍は仕事に没頭すると平気で食事や睡眠だって削るからな」


 そう教えてくれた小太郎は何時もと違い心なしか心配そうな表情を見せた。

 月子は、お弁当を渡すべく小太郎の案内のもと忍の仕事場に向かう事になったのだった。




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