一緒に食べる時間の大切さ
「月子……お前、料理を作れるのか?」
心底驚いたという雰囲気だったのは、私が料理を作れそうもない女だと思ったと!?
「忍さん…………何気に失礼ですね」
月子(仮)はジト目で忍を睨んだが、睨まれた忍は全然堪えていない。
悔しい、お婆ちゃんが厳しい人だったから一通り作れるのに!
そりゃお洒落な物は作れないし、色目も茶色ばかりだけど!!
「いや、俺の母親は家事が全く出来ない人でな。……満子さんがいなければ飢え死にしていたところだ」
私の不満に気付いたんだろう。申し訳なさそうな顔をしている。そりゃ睨まめば気付くか。
「……満子さんって?」
気のなる。……けど深い意味なんてない………きっとないけど、気になる。
「母親が実家から連れてきたお手伝いさんだ」
苦笑していたという事は、ここでもお手伝さんがいるのは特別な事なのだろう。
良かった、私の知っている常識とその点は相違ない。
お手伝いさんが普通ですとか言われたらどうしようと思ったのだがそうでは無かったみたい。
「その満子さんは?今……」
「ああ、もう年でな。今は娘さん夫婦と暮らしている。俺にとっては、本当の祖母の様な人だ」
忍さんは初めて会った人なのに、古くからの知り合いの様で不思議。男の人なのに、慣れて無い筈なのに気を使わない。
「じゃあ、忍さんは寂しかったですね、おばあちゃんっ子そうですもん」
「………お前、俺をいくつだと思ってるんだ?」
呆れたような声だが、どうやら怒ってはいないようだ。
「え?…ちょっと子供っぽいところが可愛い…大人の男の人だと思っていますが?」
忍は、月子の顔をポカンとしながら見つめた後、顔を手で覆った後前髪をガシガシとかき、はあ~っと溜め息をつき『もう良いよ……』と言った。
初めのうちは釜戸の使い方が解らない月子にレクチャーしていたのだが、一旦月子が料理を作り始めると、自分の出る幕はないと手際よく料理をする月子を黙って台所の入り口で眺めていた。
思っていたより食材があって良かった。
野菜に、魚、鶏肉まである。食材は豊富だ。
だが、それが珍しい事だと月子が理解するのはもう少し先だ。
料理が終わり、居間に運んでちゃぶ台で遅めの夕食を二人で食べる。とてもレトロだが不思議と嫌じゃない。
「「いただきます」」
二人の声が重なる。
高校でお昼を食べる時も、外食するときも回りは誰もいただきますを言わないか、いつしか私も外では言いづらくなり心のなかでだけ言う様になった。
まあ、手は合わせるけどね。
いただきますは、頂かせていただきますだから命有る物を食する事への礼儀だと教わったから。
「おっ、旨いな」
行儀良く綺麗な食べ方をする忍は、茶碗を手に持ち、箸を持ったまま感嘆の声をあげる。
そのまま全てをあっという間に食べきってしまった。
(私の分はちゃんと残した上で)
「お口に合ったようで良かったです……」
「いや、本当に有難い。久し振りにちゃんとしたご飯を食べたよ。」
「私も有り難うございます。………」
「何で有り難う何だ?」
真底解らないっと言う感じの忍。
実は優しいことを知った今だから誤解なんてしないが、強面だから怒っている様にも見える。
「見ず知らずのしかも怪しい出会いをした私を助けてくれたばかりか食事迄食べさせてくれたから」
「作ったのはお前だろう?」
「それでも、食材は忍さんのです……」
自分で言っていて情けなくなったが、何故か旧校舎にいて溺れかけた私。しかも名前を思い出せない何て怪しすぎると思われても仕方がないし、忍さんからすれば自殺でもしようとした娘とでも思われていてもおかしくない状況だ。
「そんな事は気にしなくて良いが、お前これからどうするんだ?帰れる当てはあるのか?」
「どうして………溺れかけていたのか私にも解らないんです」
「……詳しく聞かせて貰っても良いか?……勿論月子が嫌なら言わなくて良い」
それから私は一部始終を包み隠さず話した。
彼なら受け止めてくれる気がしたし、本当の事を言ってそれで拒まれても仕方がないとも思っていたから。
「………成る程な………それは災難だったな」
神妙な顔を崩さない忍。
沈黙が恐い。
「私がいうのも何ですが、信じてくれるんですか?」
「おかしな事を言う。………月子は嘘をついているのか?」
「嘘はついてません!!」
つい力一杯否定してしまった。………だって、
「そうだろう?…なら信じるさ。………だが、それだと帰る手段が解らんな」
「!!!」
頭にはあったが、事実として突き付けられると居たたまれない。
帰れない、でも………帰りたい?
「月子さえ良ければ、帰る手段が解るまでこのままここにいるか?」
「え?…」
嬉しい申し出なのに即答できない。
月子は忍から視線を外し俯いてしまう。
「直ぐに答えろ何て言わない。男と二人きりってのも年頃の娘には恐いだろう?…俺は月子を傷つけたりしないが、それとこれとは話が別だからな。今日はもう寝て疲れをとって、頭を空っぽにしてから良く考えるんだ。」
後片付けをすると申し出た月子を丁重に断ると忍は空いた部屋に布団をひいてくれた。
思いの外疲れていたんだろう、月子は布団に横になると泥のように眠りに落ちた。
布団からはとても安心する匂いがして、お日様にくるまれているみたいに暖かかった。