選ぶ明日
あれは暑い夏の日だった。
忘れられない。
忘れる事なんて出来そうもない。
◇◇◇
「夏目、お前何で進路表が白紙なんだ?」
私は担任の鬼先に呼び止められた。
「……鬼先」
「鬼島先生だろ!」
途端にスパコンと頭を叩かれる。
軽快な音とは裏腹に、全然痛くなんてない。
ちゃんと手加減がされた鬼先のお仕置き。
この一見すると体罰上等に見える強面な外見、でも誰より面倒見が良い鬼島先生をクラスの皆大好きかった。
勿論、私だって例外じゃない。…だから、困らせてやろうとか、そんなんじゃ無くて……。
そんな私の心情を鬼先はちゃんと汲み取ってくれていた。
「お前、放課後生徒指導室に来いよ」
鬼先は優しい溜め息をつきながら私に伝えた。
私は……こんなに優しいため息を知らない。
きっと私が何に悩んでいたか何て、鬼先にはお見通しなのだろう。
季節が季節だけに暑いことにはかわりがないが、廊下の開け放たれた窓から入ってくる風は火照った身体には心地好く、ささくれだった心に癒しを与えてくれる。
丁度今通っている学校の廊下は北側に位置していて、日陰になっている事も心地よさの要因と思われた。
窓からは旧校舎が見える。
伝統あるこの高校は、昔から地元の人に愛されて来ていた。
旧校舎は、そんな古き良き時代の姿を忍ばせている。
「……昔の人は、どんな事を思って活きてきたのかな…」
私の家は、教育に厳しい。
物心付いた時から、既になるべき職業が決まっていた。
進路が既にレールを敷かれている将来が、私はどうしても我慢ならなかったのだ。
かと言って、何か他にやりたいこと何て無いものだから、強くも出れない。
だからなのだろう、何時もは良い子ちゃんな私が、午後の授業をさぼって旧校舎に行ってみようか……等と考えてしまったのは。
たまには良いじゃない?
授業をサボるのは、勿論初めてだった。
でも、何時もとは違う行動して、違う考えが生まれたら……何か鬼先に、少しでも進路の事を伝える事はできるかも知れない。
もしかしたら、将来何をしていたいか?のヒントが浮かぶかもしれない。ちょっと、藁にもすがる思いだった。
怖い顔とは裏腹に、優しい鬼先。
心配をかけるのは良くない。
かけたくない。
旧校舎へは本校舎から渡り廊下で繋がっている。
旧校舎の後ろは竹藪で、そのさらに後ろには綺麗な川が流れてた。
木造二階建ての旧校舎は、廊下を歩けばギシギシと軋む音がする。
「正直、何か出そうなのよね」
怖いせいか、独り言が大きくなってしまう。
だって暗いし。
誰もいないし。
何故、興味が沸いてしまったのだろう?……今となっては私にもわからないが、この時の私は、怖いのにさらにその奥へと進みたくてしょうがなかった。
1つ1つ教室を覗いてはその先に進む、を繰り返しているうちに
私は2階まで上がってみる事にした。
「まさか、床が抜けて落ちないよね?…」
別に罰ゲームをしている訳でも強要された訳でも無いのに、私の足は2階の奥の教室迄進んでしまう。
「……ここは何の部屋だったのかな?」
たどり着いたのは、最後の部屋。
教室……だったのだろうか?
でも、机らしき物は何もなかった。あるのは黒板。白のチョーク。
それだけ。
でもその黒板には、うっすらと何かが書かれていた後がある。
「……?何て、書いてあるの?…これは……名前?」
そこに残っていた文字の後らしき物は、漢字で
「……陽……?違う、太陽」
そう読むことがかろうじて出来た。
「太陽って、空の上の、あの太陽だよね?…」
何故?…そんな疑問が頭の中を駆け巡ったけれど、勿論答えなんてない。
「もっと、他に何か書いてないかな?」
私は好奇心から、続きを知りたくて気付けば夢中で探していた。
「駄目だ、やっぱり解んないや」
何かが書いてある形跡はあるのに、読み取る事は不可能だった。
誰が書いた落書きなのだろう?…疑問への答えなんて無いけれど。
諦めて、戻ろうとした……その瞬間だった。
突如として木の床が黒くなり、固かった筈の床が液状化して私の足が沈んでいく。
「ちょっと、何よこれ!?」
突然の事でパニックになり、大声を出そうとした、まさにその時、私の身体は水とかした床に沈んで行ってしまった。
咄嗟に溺れてしまう!そう思ったけど、勿論成すすべ何てなく。
とにかく浮上し陸の上に上がろうと必死に泳いだ。
幸い、何故か息苦しくはなく、水の中にいる感触だけはあるのに、呼吸は出来た。光のある方へ泳いでいくと日の光が、そこは地上であると教えてくれる。