TO YOU
土曜日、開店に間に合うように準備をしながら少しソワソワしている。なるべくその『理由』を意識しないように、普段通りを心掛けているけれどやっぱり何かが違う気がしてしまう事を自分でも微笑ましく思っている。自分の店を持つという長年の夢を叶えてから仕事がそのまま生き甲斐になっていて、だから何かそれ以上の事を求めない方がいいんじゃないかという気持ちがどこかにあったのかも知れない。その気持ちとは裏腹に、月日が経つに連れて惹かれてゆく心はわたしを飛び越えてしまうように動き出している、そんな風に感じている。
「これで大丈夫…かな…」
奥のテーブルの位置がちょっとだけ気になって多分わたしにしか分からない微妙さで動かしてみた。お客さんの中にもそこがお気に入りで、タブレットを広げて黙々と何かを読んで過ごしている人もいる。カフェではない、ハーブティーを提供するこの『オアシス』という店も段々と受け入れられてきたのかもと感じられる事の一つ。見るからに優しそうな男性で、もしかしたら50代にはなっているのかも知れない。その人は決まってチョコレートケーキも一緒に注文するけれど、なんとなく可愛らしいなと思ってしまったり。
そんなことを浮かべていた時、開店の10分程前なのに店の前に誰かがやってきているという事をガラス越しに気付いたわたしは慌てて扉を開けに行った。来ていたのはなんというかわたしがよく知る人物だった。
「お姉ちゃん、おはよー」
「結花…どうしたの?」
歳が3つ程離れている妹だ。こちらの困惑とは対照的に、妹は生来のマイペースを発揮していかにも楽しげだ。妹はこんな風に説明する。
「いやー、近くで用事があるから丁度いいなーって思って寄っちゃった」
「今準備中なんだけど…ってまあその方が都合が良いか…でも連絡してくれれば良かったのに」
「お姉ちゃんを驚かせたかったから」
「驚いたというか、困惑しているというか…」
「まあまあ」
そう言って押し切られる様に店の中に入ってきた妹をとりあえずお客としてもてなそうかという考えになったわたし。そこは以心伝心なのだろうか、そのままカウンターの席に座ってきょろきょろと店の中を見回している。
「ちょっと内装変えた?」
「変えてない。飾りを変えただけ」
姉妹らしく特に意識することなくあまり内容のないやり取りが始まる。丁度いいから新しく作ったハーブティーの『ノエル』を試飲してもらおうと思って準備しているわたしに妹が色々質問して一方的に答えるだけになっているけれど、やや答えずらい質問も飛んでくる。
「最近どうなの?」
「店はまあぼちぼち」
「そうじゃなくて」
「そうじゃないなら何の事なの?」
「いやー、『出会い』とかさ…そういった浮ついた話だよ」
わたしは頭を抱えながら、
「自分の話を『浮ついた話』っていうのはちょっと変じゃないの?」
ただ妹が毎回会うたびにわたしについてのそういう話を期待しているという事は聞かなくても分かっている。
「だってお姉ちゃん、こういう風にはっぱかけないと全然興味無さそうにしてるんだもん」
「お姉ちゃんの事は大丈夫です。結花は自分の心配をしなさい」
何気なく言ったこの一言でちょっとした窮地に立たされることになった。
「『大丈夫』っていう事は、何かあったんだね?」
「え…?」
妹はあてずっぽうで言ったのかも知れないけれど、一瞬動揺してしまったわたしの様子を妹は見逃さなかった。
「あー!図星!!ねえ、どんな人?どんな人?」
「いいから、このハーブティー飲みなさい」
そんな騒がしいやり取りはこの店の雰囲気には馴染まないし、こんな様子を見られたら困るという一心で妹をなんとかしなきゃと思っていたその時。
「すいませーん」
「あ、お客さん!そうだもうオープンの時間だ…」
扉を開けに行ってそこに待っていた人を見た時、わたしの心臓は止まるかと思った。
「あ…二宮さん…」
「どうも、今週は早いですけどお邪魔します…もしかして一番乗りですか?」
その人は二ヶ月程前からよく『オアシス』に通ってくれている『二宮さん』という人。このところ毎週土曜日に来てくれている。
「あ…その中に一人います」
「え、あ。そうだったんですか」
二宮さんを店に通した時わたしは彼がいつも座るカウンター席の一つに既に妹が陣取っているという事に思い至って再び動揺してしまう。
「あ…お客さんだ。えっと…」
妹も二宮さんを見て少し迷ってから、
「隣どうぞ!わたし店の関係者ですから」
と声を掛けた。この提案に二宮さんも当惑していたようだけれど店の関係者という部分が気になったのか、
「もしかして店員さんですか?」
と妹に声を掛けながらそのまま妹の隣に座った。
「いえいえ、この人の妹です」
「結花!」
わたしが制止する前に妹は早々に教えてしまった事に思わず声が大きくなってしまう。それを聞いて、
「へぇ…」
と感心するようにわたしたち姉妹を見比べている二宮さん。
「あ…失礼しました。なんか意外だなって思って。でも似てますね」
「似てますか?」
その声がどこか不安げなものになってしまっている事にわたしは気付いた。少し間があって、
「あ…雰囲気とかは違うかなって思いますけど、お顔立ちとか声とか似てると思います」
「そうですね、声は似てるねってよく言われます」
何故か妹が元気よく答える。
「あ…ちょっとバタバタしちゃいましたけど、ご注文を…」
「そうだった。じゃあ『ノエル』でお願いします」
「かしこまりました」
「…」
その後、さっきまで騒がしかった妹も空気を読んだのか静かに『ノエル』を飲んで、時々わたしの方を見て嬉しそうな顔を向けていた。二宮さんはいつも通り、このお店の名前の由来であるロックバンドの『オアシス』の曲についての話とか、この前ボーカルの『ノエル』のインタビューと思われる最新の動画を見つけたという話とか、色んな事を話してくれた。
「そうそう…最近ギターを買ったんです」
「え…そうなんですか!」
「何か目標が必要だなって前々から思ってたんです。難しいですけど、上手くなったら嬉しいかもなって」
この話は特に嬉しかった。ただその辺りから妹がニヤニヤとした笑みを浮かべているのが気になり始めていて、でもそれはしょうがないのかもと思うようになった。
しばらくして二宮さんが店を出て妹も、
「じゃあ、わたしも時間だから行くね」
と席を立った時またニヤニヤした表情で、
「お姉ちゃん、『色々』頑張ってね。わたしは陰ながら応援しているよ!」
と『色々』の部分を強調してわたしに告げた。そして、
「あと…」
「あと?」
「『ノエル』美味しかった」
と嬉しそうに感想を言ってくれた。




