七話 ドレスで駆けると転びますよ
お城へ戻り貴賓室へ向かっていると銀騎士さんから「お帰りなさいませ、御使い様。陛下がお呼びです。ご都合がよろしければ案内します」と挨拶されました。
すぐに伺いますと返事をし、銀騎士さんに先導され黒騎士さんおふたりと共に王の執務室へ案内されました。
黒騎士さん達は執務室前で控えるらしく、私と銀騎士さんで執務室へ入室します。
「よう、オーリス! 散策してたらしいな、どうだ王都は?」
変わらない気さくな感じで話しかけて下さいます。
“はい、ヴォルブ様。昨日は三番区と王都外を。今日は大教会へ行って参りました”
「おう、そこへ座ってくれ」
王の執務机前のソファーを勧められ着席すると、間もなく控えていた侍女さんがお茶を入れてくださいました。
“王都外業組織の何名かを信徒にし、外業組織長は排除いたしました”
「む、そうか……。あいつは信徒にならなかったか」
少し悲しそうなお顔をされ、考え込むように腕を組み、目をつむります。
黙祷でしょうか、そうかもしれませんね。
“お知り合いでしょうか”
「……そうだ。王を継ぐ前にな、外業を一緒にやっていた事がある。少しずつ考え方が合わなくなってきて行動を別にした」
“考え方、と言いますと?”
「簡単に言えば、小を犠牲にして大を救うか、小と大両方救うかという事だな」
“そうでしたか、犠牲にする方がヴォルブ様ですね”
「まぁ、そうだ。はっきり言うなぁ、嫌いではない。しかし……そうか、死んだか……」
と、再び黙祷を捧げているようです。
目を開き執務机から立ち上がり私の目の前のソファーへ座られます。
「二、三人付けていたんだがなぁ。その情報は入ってこなかった」
“諜報の方ですね”
「諜報がひとりやられて信徒になった。やり方に文句はないしそのままでいい、血は思ってたより流れてないようだ」
“そうでしたか、外業組織長の時に諜報さんは付いていなかったのですか”
「その時に付いてたのが信徒になったんだよ!」
オーリスのやり方はやっかいすぎる、近づけないしな、と小声でおっしゃりつつ話題を変えてこられます。
「で、大教会はどうだった?」
“はい、あそこは教会ではありません。集金所ですね。司教様は説法しながら洗脳に近い物をかけているようですね。場の雰囲気、話し方や間の取り方、声の抑揚で軽い洗脳状態にすることが出来ます。一定期間おきにかけ直す必要がありますが”
「なに!? 魔法か? おい、司教を連れてこい!!」
銀騎士さんに指示を出しますが、私がヴォルブ様をお止めします。
“ヴォルブ様お待ちください。あれは魔法ではありません。技術です。連れて来られても立証出来ないでしょうね”
「そうなのか、何とかならんか?」
“私が教会を「何とかしても」いいのでしょうか?”
断られてもやりますがヴォルブ様の協力があればより円滑に出来ます。
「何とかしてくれ」
“十日後に大説法会があるようですね。それまでお待ちください”
「おう、さっきの指示は取り消し! 控えてろ」
銀騎士さんはヴォルブ様の取り消し指示があるまで、捕縛準備と他方面への指示を続けておりました。さすがですね。
“大教会は立席合わせて五百人近く入れるようです。大説法会にはそれくらいの人数が来ると見ておいた方がいいですね”
「司教に五百人も洗脳されるのか」
“私は一度に五百人も教戒出来ませんので眷属を喚び寄せたいと思います”
出来なくはないのですが、非常に危険な状態になりますしね。
それに教戒出来る人数は上限があります。眷属がいればある程度上限が上がりますのでいつか喚ぶ事を考えておりました。
「ほう、眷属がいるのか。天使か?」
“いえ、天使とはほど遠い存在ですが、私の教戒を増幅する事が出来ます”
「そりゃすごい事になりそうだな!」
“ただ、しばらく喚んでいませんのでまだ存在しているかどうかわかりませんし、私は一度死にましたのでその時に存在が無に還ったかもしれません”
「おいおい、しばらくってどれくらいだ?」
“長く喚んでいない者で百年くらいですね”
「そりゃ、さすがに可哀想だろ! 喚んでやれよ!」
“どこか人目に付きにくい場所をお借りできませんか?”
「そうだなぁ、王墓の間はどうだ、地下だ」
“私が最初に訪れた場所ですね、地下というのもいいですね”
「じゃ、そこにしろ。許可を出しとく、墓を壊すなよ」
“ありがとうございます”
「俺も見てもいいか?」
“攻撃的な者がおりますので、まずは私が様子を見てからにした方がいいですね”
「そうか、喚んだら会わせろよ」
“畏まりました”
「なぁ、俺は魔王なんだろ? 俺も眷属とか持てるのか?」
“正確には未だ魔王ではありません。眷属ではありませんが特定の種族を従えるようにはなれるはずです”
「ほう、そうなのか」
“主より加護、もしくは神器を賜ったら出来るようになるのではないでしょうか”
「お! そうか、何だろう、何を貰えるのか楽しみだな!」
心から楽しみなようです。
“謁見の間よりは良い物だと申しておきます”
「む、オーリスも嫌味を言うのだな! あれの事を聞いたのか?」
“教会より寄進されたと黒騎士さんに伺いました”
「何が寄進だ、マリスが知らぬ間に話が決まっていたわ。あれは好かん、だが教会に民を人質に取られているような物なのだ。貴族らが五月蠅い。断れん」
まぁ好きに動けとヴォルブ様より御下命いただき退出します。
貴賓室へ戻ろうと黒騎士さんと歩いていると、ひとりの侍女さんが廊下の端に寄り頭をさげております。
私達が通りかかるのを待っているようです。今日はこうして私を出迎えて下さる方が多いようです。
「御使い様。ミージン王女殿下が拝謁をお望みです」
さて、ミージン王女はどのような答えを出されたのでしょうか。
こんなに早いとは何かありそうです。
宣戦布告は撤回されておりませんので、黒騎士さんと共に昨日訪れた東屋へ向かいます。
東屋にはミージン王女と専任騎士のおふたりが待っておられました。
“お招きありがとうございます。本日もお美しいお召し物ですね”
「わたくしは美しくないのかしら?」
“本来のお姿は予想できておりますので、その作り物がお美しいと賛美しても嬉しくはないでしょう?”
「ちっ、まぁいいでしょう。座りなさいな」
と、今日は手ずからお茶を入れてくださいます。
ああ、美味しいお茶です。毒も入っています。
“美味しいお茶をありがとうございます”
ニコッ。
ミージン王女の左眉がピクッと上がります。
「これも効かないのね。天使には効くはずなのですけれど」
次は何にしようかしら、と不穏当な言葉が聞こえて来ます。次もあるのでしょうか、あるのでしょうね。
怖いので話題を変えましょう。
“今日大教会へ行って参りました。あれはミージン王女の詭謀でしょうか?”
「違うわ、あんな下品なやり方はしませんわ。大司教よ。気を付けなさい」
ミージン王女が忠告してくださいますが私との敵対はしない事にしたのでしょうか。
“ありがとうございます”
「オーリス様の為ではありませんわ! わたくしの楽しみの為ですわ!」
そうでしたか、昨日とは少し雰囲気が違うようですが何故か怒っているようです。
ご自分を落ち着かせる為でしょう。お茶を飲み、深く息を吐かれます。
「オーリス様、わたくしは敵対しない事にしました。オーリス様の望みは信仰の統一なのでしょう? わたくしがお手伝いしますわ」
“お断りします”
まさか断られるとは思っていらっしゃらなかったようで、お茶を持たれた手がそのまま空に静止し左眉がピクピクッと二度上がりました。
「何をおっしゃっていますの? わたくしが手伝うと言っているのですよ」
“お断りします”
「お前は! わたくしと敵対したいと言っているのか!?」
“ミージン王女、お言葉が美しくないですよ”
ミージン王女は、敵対はしたくないのでしょうね。恐れているような様子でしょうか、そうでしょうね。
ああ、それが何者でも恐れは甘美ですね。
“ミージン王女、お手伝いは要りません。望みをおっしゃってください”
「……戦争を……終わらせないで欲しいわ。いえ、出来るだけ長引かせて欲しい」
“争いがお好きな類いの方なのですね。ただ戦争は数年の後に無くなりますよ?”
「争いは無くならないわ。人間が存在している限り一瞬でも争いが消えたことは無いわ」
そうですね。私がもし信仰の統一が出来たとしても、戦争のような大規模な争いは起こらないでしょうが、人間同士の諍いが無くなることはないでしょうね。
人間は同じ物を共有しながらも他者との差別をしたがりますからね。
“ミージン王女のご要望は考えておきます”
「そうね “考えました、ご要望にお応えすることは出来ません”」
「なっ!!」
ミージン王女が眼を見開いて信じられないというようなお顔をされ、持っていたカップを取り落とします。
そのお顔を拝見できただけでも無上の喜びです。ありがとうございます。
「わたくしで遊んで楽しいか!」
“アルブ殿下を排除していただけないでしょうか”
「なっ!!」
二度目の「なっ!!」をいただきました。ありがとうございます。
「出来るわけ “出来ますでしょう?”」
“ヴォルブ様は魔王資質をお持ちです”
「!! ……本当なの?」
“はい、本来のミージン王女すら従える事になるでしょう”
「まずい、まずいわ……企てが知れたら……」
“ヴォルブ様は統一を望んでいます。私に好きにやれと御下命くださいました。アルブ殿下は排除しなければなりません”
ミージン王女は少し俯いて何か言いたそうでしかし言葉が出ないようで、腕をピンと伸ばしたまま両手こぶしをぐっと握り込んでいらっしゃいます。
「…………考えるわ」
涙目になりながらそうおっしゃると王女にあるまじき振る舞いで走って行かれました。ドレスで駆けると転びますよ。