六話 オーリス、零歳、王城、無職、家族なし、収入なし
昨日案内していただいた黒騎士さん達と共にお城を出て大教会へ向かいます。
街の人が一方向へ流れていきます。大教会に向かうのでしょうか、そうでしょうね。
一番区貴族街にある教会と言う事もあり、身なりはそれなりに良い物のようです。
時折貴族の物だと思える馬車が通り、その早さも相まって人の流れを加速しているようです。
「正面の建物が大教会です」
黒騎士さんがそう教えて下さり、正面を見ると荘厳な……とはかけ離れた金色をふんだんに使った趣味の悪い……いえ豪華絢爛な石造りの建物が見えてきました。
この絢爛さは謁見の間を彷彿させますね。
“謁見の間と雰囲気が似ていますね”
「謁見の間は教会の強い希望で寄進という名目で改修されました。貴族達の要望が強く陛下は断り切れなかったらしいのです」
“よくあのヴォルブ様があの状態を我慢している物です。いえヴォルブ様は質実剛健という感じがしますので、なんとなく気に入らないのではないかと思いました”
「陛下は改修後の謁見の間にはあまりお出でにならなくなりました」
そうでしたか……。
大教会前では皆並んでカードのような物とお金を受付に出しているようです。何でしょうね。会員証のような物でしょうか。受付を終えるとカードだけを返されています。
受付をしましょうと黒騎士さんがおっしゃり共に向かいます。
「おはようございます。信徒証と週定献金をお願いします」
修道女のような服を着た方がにこやかに声をかけてきました。
若そうな方で十五歳くらいでしょう。赤い髪が少しだけ覗いています。少し垂れ目気味で笑顔が可愛らしい方です。
“おはようございます。初めての事なのでわかりません。ご説明願えますか?”
「!!! 、入信の方ですね! こちらへどうぞ!」
受付の女性がにこにこしながら勢いよく私の手を取り隣の小部屋へ案内していきました。手を取ったのは逃げないようにでしょうか、そうでしょうね。「これで助祭になれるー」と独り言が漏れ聞こえてきます。
小部屋へ入り着席を勧められます。
小部屋は簡素な物で大教会入口の豪華さとは全く違う雰囲気でした。取調室のようです。
机に羊皮紙と羽根ペン、インクを三人分用意されて受付の女性の方が隣に座ります。隣です、近いです。
黒騎士さんが反応しますが手で制し、彼女の様子を見ます。
「私はシトラと言います。教会で侍祭として助祭様のお手伝いをさせていただいています。ここにお名前、年齢とご連絡先、職業、家族構成、週にどのくらいの収入があるのかを記入して下さいね!」
オーリス、零歳、王城、無職、家族なし、収入なし。
はい、改めて自分を見つめ直しますと怪しすぎますね。
「こ、これは……すみません正直に書いていただけますか?」
シトラさんが顔を引きつらせて怒りを抑えながらおっしゃりました。
本当の事なのです。
“真偽魔法陣を使用しても構いませんよ”
「し、真偽魔法陣などそう簡単に使えるわけないでしょう! 王城くらいでしか使えません! もう!」
貴重な物だったのですね。
“一緒に王城へ行かれますか?”
「使わせてくれるわけないでしょう! そんな時間ありませんし! ……いいです。これで通します! もう!」
使わせてくれそうな気がしますけれどね。
諦めたようで、私の書いた羊皮紙を外で控えていた方に渡して、説明を始めてくださります。
黒騎士さんおふたりは護衛ですので入信しない、とお伝えしておきました。
「洗礼は後ほど祭司様が行われます。すぐに信徒証が出来上がりますが、無くなさいようお願いします。最初は色が黄色です。位階が上がりますと順に緑・青・藍・紫・白となります。是非白信徒を目指して下さいね!」
なるほどなるほど、とシトラさんの言葉を飲み込むように頷きながら聞き次を促します。
「位階が上がるほど教会内での席順が前の方になり、より神に近い場所に座れるという事なのです! また王都でのお買い物が信徒の商人のお店で一割引きになる特典があります! お得です! さらに! 司教様の祈りが込められた聖典、聖像などの物品を優先的に購入できる権利があります!」
“素晴らしいですね!”
「そうでしょうそうでしょう! では位階を上げるにはどうするか気になるでしょう? そうですよね?」
私の腕を抱き込むようにしながら顔を覗いてきます。
予想は出来ますが、何だろう? という顔をしておきます。
「それは! 献金です! たくさん献金すると上がりやすくなりますよ! 献金にはいくつか種類がありまして、週定献金と説法の途中で回される献金カゴに入れていただく物、これは責務です。週定献金は七日間の収入の一割を、献金カゴにはお気持ちを入れていただきます! たくさん献金した方が早く上がれますよー! すぐに白信徒です! さらに! 新たに信徒を十人紹介していただくと特別献金ができる権利が与えられます! 特別献金は他の献金の、二倍の価値があります。すごいのです! 二倍です!」
予想以上でした……。しかし収入のない私はどうするのでしょうね。
“私は収入がないのですが”
「無収入のオーリスさんは最低週定献金額が決まっておりますので、そちらをいただく事になります」
そこで私の信徒証らしき物を持った若い女性が入ってきて、私に渡して下さいました。素材が何なのかよくわかりませんが黄色です。
これでご説明は終わりです、説法を聞きに行きましょうね! と外へと私を追い出すように押し出しました。
信徒になって初めての説法は「特別に」週定献金は必要なく、献金カゴに信徒証を見せながら献金をとお願いされました。
“教会に来ない信徒の週定献金はどうするのでしょうね”
と、黒騎士さんに聞いてみます。
「信徒の家に直接献金を求めに行くようです。払わないと強引に換金できる物などを持ち帰るようです。外業崩れの者などを雇っているようでして、信徒は強く出られないようです」
“兵士さん達に訴えたりしないのですか?”
「教会に貴族が関わっておりますし、なかなか正体を現しません。教会への捧げ物であると言われると強制捜査がやりにくいのです」
“そのやり方では信徒があまり増えなさそうですけどね”
「仕組みはよくわかりませんが、聖職者達が一定数の信徒を入信させると、教会内での序列が上がっていくようです。侍祭・助祭・司祭と序列があり謝儀の金額が変わってくるようですので、強引な方法で信徒にする事が多いようです」
マリスさんからも説明がありましたね。
しかしこれは神を信仰していると言うより金を信仰しているのではないでしょうか、そうでしょうね。
教会の扉は開放されていましたのでそのまま入ると、拝廊に私の身長より少し高い木枠で出来た掲示物があります。
掲示によりますと、十日後にここ大教会で大司教様による年に一度の集金会……いえ大説法会があるようです。
ここで献金すると価値が普段の三倍だそうです。お得ですね!
その日は大教会以外の教会の扉は閉めるそうですので信徒の皆さんが大集合しそうです。
ありがとうございます。是非参加させていただきましょう。
掲示物を過ぎると広い広い身廊があり信徒の方々がすでに着席しておられました。
前の方の席は遠くてよく見えませんがかなり身なりの良い方が多いようです。皆様憧れの白信徒でしょうか、そうでしょうね。
私は黄信徒ですので立席のようです。たとえ椅子が空いていても座れないようですね。
立席と合わせると五百人は入る事ができるでしょうか。天井が高く柱頭には見事な彫刻があります。中の作りは荘厳な雰囲気で建築されていますね。
しばらく見ていますと歌が聞こえてきました。聖歌隊でしょうね。やがて聖職者の方々が入堂されてきます。司祭らしき方が祭壇にキスをし、挨拶が始まります。
挨拶の後、歌が始まり今度は信徒の皆さんも歌い始め、何曲か後にお祈りをします。
私は私の主へのお祈りをしております。
説法をまとめると神はいつでも見ておられる。獣人を排除せよという事と献金をして位階をあげよという物でした。
説法の途中に献金カゴを持った方がにこやかに回って来ましたが、ありませんと答えるととたんに不機嫌になり次の信徒へ向かいました。
さてお城へ戻りましょう。ここは教会とは言ってはいけません。
私は私の主以外の信徒は認めておりませんが、あまりにもお気の毒です。主の信徒になり本当の喜びを与えねばなりませんね。
祭司様より洗礼を受けると困った事になりますので、シトラさんに見つからないようこそこそと教会を出ます。