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二十五話 オーリス様にお仕えさせてください


 ブラドさんと揃って村へ戻ります。

 中央井戸ではすでに飲み始めた方もいらっしゃるようです。


「オーリス様! こちらです」

「こっちこっちーあたしの膝の上ー」

「じゃあ、僕はオーリス様の膝に座るよ!」


“座らせません”


 眷属達から離れて、落ち着けるフレイザー侯爵の隣へ座ります。


「御使い様。ささ、どうぞ」


 フレイザー侯爵がお酌をしてくれます。

 先程の果実酒ですね。やはり美味しいです。


「この酒は美味しいですね。王都では飲めません」


“狐獣人のお姉さんが造っているそうですよ”


「なるほどなるほど、あのような美しい方が造っていると思うと、より一層美味しく感じられます」


 村の人々の余興が始まったようです。

 テリサさんはミージン王女と一緒に剣舞を、岩人さんは丸太から私の木像を造り、眷属達は子供達を抱えて飛び回っています。


「オーリス様もいかがですか? 何か余興でも」


 フレイザー侯爵がにこやかな顔でおっしゃいます。

 ここでお断りするほど空気の読めない者ではありません。こういうお祭り的な事は大好きです。


“では、少しだけ”


 広場の中央へ行き、錫杖を取り出します。


「オーリス様が余興を!」

「どんどんどんどん」

「パフパフ!」


 光を舞わせ、音を奏でながら六対十二枚の翼を広げます。

 そのまま少し体を浮かせ皆に光を振りまきながら広場を一周して終わります。


 皆さん驚き、歓声をあげ、やがて祈り始めました。


「なんて美しい翼。はっ、違いますわ! 大天使などに見とれておりませんわ」


 ミージン王女の呟きが聞こえますが、聞いていない事にした方がいいでしょうか、そうでしょうね。

 フレイザー侯爵の元へ戻ると、侯爵は震え、涙を流し、何かを思い詰めたように考え込んでいらっしゃいました。


“フレイザー侯爵どうされました?”


「み、御使い様は大天使であらせられたのですか?」


“どうかしましたか? お体の具合でも?”


「御使い様。聞いて欲しい事があります」


 何かを決心したようなお顔でそう言われます。

 ふたりの方がいいでしょうね。皆にしばらく近づかないようにと伝え、フレイザー侯爵と私の家へ入りました。

 家へ入る際にちらりと見えましたが、ミージン王女は心配そうなお顔でした。



 ソファーに対面に座り、フレイザー侯爵の言葉を待ちます。


「御使い様。私はこの世界の者ではありません。五百年ほど前にこの世界に飛ばされたのです。それを何と表現すればよいかわかりませんが、人間から私達は悪魔と呼ばれています。五百年ほど前にいた世界で、私と妻のレイチェルは子供はおりませんでしたが、慎ましく暮らしており幸せでした。その幸せもつかの間、その地の()(やり)(やまい)にかかり私達は死に場を求め、ふたりで湖に入水するつもりでした」


 フレイザー侯爵はいったん席を立ち、手ずからお茶を淹れカップを二つテーブルに置きます。

 それを一口飲み、また話を始めました。


「その時、遙か先の地に空から天使様が降りて来られました。降りて来られる際に天使様から小さな羽が二枚剥がれ、それが私と妻の身体に入ってきました。それが原因かはわかりませんが、私と妻はこの世界へ飛ばされたようです。二人して放心しておりましたが、妻が懐妊しているのがわかり大変喜びました。私と妻、子供も死ににくく、死んでもすぐに生まれ変わるという事を繰り返して来ました。別の場所で生まれ変わってもお互いの存在を感じられ、また出会い暮らして行きました。その私達の子供が今のミージン王女殿下なのです」


 冷や汗が出てきます。

 かつてないほどの冷や汗です。



「そしてその時に降りて来られた天使様が六対十二枚の翼を持つ天使様でした」



 私です。六対十二枚の翼を持つ者は私しかいません。

 私が堕天した時に落ちた羽でしょう。五百年ほど前というのも話が合います。

 堕天して心が闇に染まっていたから、フレイザー侯爵達に悪魔として変化させ生きさせたのでしょう。

 お互いの存在を感じるのも同じ羽を持つ者だからでしょうね。

 フレイザー侯爵と話が合うといいますか、相性がいいように感じられたのは私の羽を持っているからなのですね。


「あの時の天使様は、御使い様、いえオーリス様ではありませんか?」


“私です。申しわけありません。大変な目に会いましたね。私が出来る事があれば何なりとおっしゃってください”


「いいえ! いいえ! 私はずっと幸せなのです。今までもこれからも幸せなのです! オーリス様、ありがとうございます。本当にありがとうございます。私と、妻と、子供に、幸せをくださいました。オーリス様に貰った命がなければこんなに幸せではありませんでした! 私は貴方様にまたお目にかかれて嬉しいのです!」


 ありがとうございますと何度も繰り返しフレイザー侯爵は泣き崩れます。


 主よ、私をこの世界へ送ってくださりありがとうございます。

 主はわかっていらしたのでしょうね。ああ、主よ。私を彼らに会わせてくださいましてありがとうございます。


 フレイザー侯爵が落ちつくのを待ちます。

 拙いながらもお茶を私が淹れ直し、テーブルに置きます。

 フレイザー侯爵が淹れてくれたお茶の方が美味しいですね。



 (ひと)(しき)り泣かれるとフレイザー侯爵は私を見て、もう一度頭を深く下げられました。


“これからどうされたいですか? 私が人間に戻す事も出来ます”


「妻もこう言うでしょう。このままオーリス様にお仕えさせてください、と」


 どうか、どうかお願いします、とまた頭を下げられます。



“わかりました、私に仕えて下さい。ただ遠慮は無用ですよ?”


「はい! はい! ありがとうございます」


“ミージン王女はどうしましょうか”


「オーリス様がお許し下されば、ミージン王女殿下はこのままの状態がいいと思います。オーリス様を少なからず慕っておられるようですし、何より今のお顔は楽しそうでいらっしゃる」


 慕っていると言うのは流しましょうね。


“ミージン王女は、フレイザー侯爵が父親だと知っていらっしゃるのですか?”


「はい、ご存じです。もちろん王妃陛下がお産みになりその実の父は陛下ですが」


“魂としての父という事なのでしょうかね”


「そういう事になりますでしょう」


 眷属達には言わない方がいいですね。あの子らは知るとギクシャクしてすぐにボロが出そうです。



 その時、控えめにドアをノックする音が聞こえました。

 フレイザー侯爵に頷き、応答していただきます。

 侯爵は泣いて赤くなった目と顔を修復すると、いつもの華麗な動作で玄関を開けられます。


 入って来られたのはミージン王女でした。

 先程と同じく心配そうなお顔です。


「ミージン王女殿下、どうされましたか?」


 何事もなかったかのように応えられ、ミージン王女殿下は少しびっくりした顔をされます。


「オーリス様とフレイザー侯爵が何か深刻なお顔をされて、宴を離れられましたから……」


「ご心配をおかけいたしました。宴の最中で不調法かと思いましたが、今後の事を話し合わせていただいておりました」


「そ、そう。何か……あったのですか?」


「はい、我が国とノバル両国は戦争状態になります」


「なっ! 本当か! いつだ! 参戦してよいのか!?」


 フレイザー侯爵の言葉を聞いた途端に、口元が笑い歪み、今にも飛び出しそうな勢いでフレイザー侯爵に迫って行かれました。


“ミージン王女、お言葉が美しくないですよ”


「いちいちうるさい! で、いつなのだ!」


「はい、半年後を目処にしております。その前にアルブ殿下にはご退場いただこうと考えております」


「む、そうか。いよいよか……兄上」


 ミージン王女は目をつむり黙祷を捧げるように少しだけ俯かれます。

 実の兄を排除する話をしているにも関わらず、この程度の悲しみでおさえられているのは、やはりフレイザー侯爵との繋がりが強いおかげでしょう。

 もしかしたら五百年という長い年月の中で、人間の心は麻痺していらっしゃるのかも知れません。


“参戦してはいけませんよ”


「むぅ。ダリオンもレイチェルも過保護すぎるのだ。わたくしは戦えるのだ」


“戦えたとしても今のお立場で参戦してはいけません”


「ダリオンと同じ事を言うな!」


“さてミージン王女、私とフレイザー侯爵は今後、超協力体制を築くことになりました。私に嫉妬しないで下さいね”


「なっ!! し、嫉妬などせぬわ!」


 その後、フレイザー侯爵の配下の者を、連絡要員として私の影に潜ませるなどを話し合い宴に戻ります。

 影さんと頭に入れておきます。


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