着信待ち
彼に電話してみたものの繋がらず、また十五分ほどして掛けるも事態にすこしも変わりはなくて、さすがに何度も着信を残すのは嫌だし、というより嫌われそうで、それから二十分ほどはたいして解けもしないクイズ番組を見るともなく見ながら、余計なことは考えないようにしつつも横目に入るスマホのあたりへ視線がそれるのは止められない。結局もう一度発信をタップしかけた人差し指を、きっと折り返しは来るはずだから待ったほうが賢明とあやうく抑えると、何とはなしに映像から音楽へ切り替えて、イヤホンをいつものように心持ち大音量にしてこれなら着信にもすぐ気づけるからと思うともなく聴いてみるうち、旋律と一緒に流れ込んでくるのは男女の哀切を伝える歌詞である。今の自分と同じ年の頃につくられたであろうそれが、自分そっくりな声で再生されるのに耳をそばだてるうち、今の切なさよりもわたしにだってこういうのが創れるかもしれないとの思いがにわかに湧いてきて、楽といえば楽なのはいいもののやりがいなど見つけられるはずもない事務仕事に倦み果てた心を救うのはこれしかないのだと一気に決めつけた彼女ではあったが、といって音楽の素養などひとかけらもないのだからまずは誰かに話を聞いてみたいと思ってみると、その適任が誰あろう自分が着信を待ちこがれる彼そのひとであることに気づかないわけにはいかない。
音律が変わった。思わずイヤホンを外す。親友だった。昨日も掛けてきたし、おとといも掛けてきて、その前の日だってその前の前の日だって電話で喋っていた。今日もそれくらいの時間になっている。別に話すともなく話すのだけれど、最近は自分から掛けるのは減ったかもしれない。今日は着信がやまない、気がした。電話に出た。いつもと変わらない調子でいつもと変わらないことを話す。いつもと同じように口の動くままだらだら喋った。話を聞いた。こっちが本当だと思う。さっき考えたことも電話を切る頃にはあほらしかった。彼からの電話は要らない。いるけどいらない。必要なし。話し足りない。ううん、また明日にしよう。
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