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その洞穴、潜むモノ

「神様ぁ……」


 ルビィは頭を抱え小さく蹲った。

 地面に転がる小石を踏むジャリっという音が近付き、ルビィの前で止まる。


 それはルビィの前から動く気配は無い。

 恐怖と好奇心が押し寄せる。

 鼓動はどんどん早くなり、我慢しきれずにルビィは顔を上げた。


 暗がりで良くは分からないが、確かに熊ではない人影と目が合う。

 暫く動かずに見つめ合うと、その人影は何事もなかったかのように洞穴へ戻って行ってしまう。


「あーー! ちょっと待って下さい!」


 藁にもすがる思いのルビィは慌てて四つん這いになりながら後を追うと、洞穴の住人は歩みを止めて振り返った。


「あのぉ……大変恐縮なのですが、ここで雨宿りをさせて頂けないでしょうか?」


 勢い任せに頼んでみるが返事は無く、雨と雷の音だけが二人の空間を包む。

 負けじとルビィはもう一押しする。


「雨が凌げればいいので……この入って直ぐの所で構いません。お願いします」


 ルビィは頭を下げる。

 が、やはり返事は無い。

 諦めるしかないのかと、ルビィは立ち上がりカバンの紐を握る。

 すると、注意深く聞いていないと分からないくらいの低い声が微かに聞こえてきた。


「どうしてここが分かった?」


「へ?」


 突然の問いに、当然の反応をする。

 だが、考えてみると……ルビィは確かにこの洞穴の近くを何度も通っているはずなのに、今までここに気付くことはなかった。

 自分でも不思議に思いながらも、この場を凌ぐ為に正直に答えることにした。


「普段は気を付けて見ていなかったけど、今日は雨宿り出来そうな所を探していたら偶々ここを見つけたんです」


「偶々……雨宿りか、好きにしろ」


 そう言うとその人は洞穴の奥へと戻って行ってしまった。


「あ、ありがとうございます!」


 その人の声とは対照的に、ルビィの声は洞穴に反響した。


 雨宿りの許可を得たルビィはまず、カバンを肩から下ろして結ってある髪の毛を絞る。

 そして泥まみれになり、中までぐしょぐしょに濡れて気持ち悪くなったブーツを脱いだ。


 それにしても洞穴の中は寒く、暗く、寂しい雰囲気に包まれている。

 ルビィは自然と膝を抱え小さくなり、少しでも体温を外へ逃さないように努めた。

 こんな状態でも一つ安心なのは、この洞穴の住人は言葉の通じる相手だということだろう。


 それから暫く何も起きず、ルビィはうとうとし始める。

 だが、こんなずぶ濡れのまま眠ってしまっては風邪をひくかもしれないと自分を奮い立たせていた。


 雨も風も雷も。容赦なく続き、時間が立つ毎に激しくなっていく。

 寒さで震えが止まらない。

 手にはぁーっと息を吹きかけ、少し温かくなったその手で足を温める。

 それだけを何度も何度も繰り返していた。


 すると……奥から何やらカラカラと音が聞こえてくる。


「お前、得体の知れない奴の近くに居て怖くないのか?」


 カラカラという音に混じって聞こえる声に、ルビィは少し迷いながら返答をした。


「え……うーん。言葉の通じない相手だったら怖いかもしれないけど、あなたは言葉が通じるみたいだし」


「言葉が通じれば、相手がどんなでも怖くないということか……随分安易な考えだ」


 カラカラという音が鳴り止む。

 するとその人はルビィに近付いてきた。


人間ヒューマンはすぐ風邪をひくらしいな。寒いんだろ……」


 稲光が走ると時折洞穴の中も明るくなり、その人がルビィの近くで木の枝を積み上げているのが分かる。

 ルビィが積まれていく木の枝をぼーっと見ていたその時だった。


「“ファイアボム”!」


 その人が炎の魔法を唱えると、積み上げた木の枝がボッという音と共に燃えだした。

 前触れも無く突然だった為、ルビィは驚いて体を反らし手を後ろにつく。

 炎のおかげで洞穴の中が一気に明るくなった。


 ルビィの目の前にいたその人は、二メートルもあろうかという長身で黒い服を身に纏い、夜の空のような吸いこまれそうになる瞳の男。

 ただ人間と違うのは……

 青白い肌。大きな手。そして短く青みがかかった白髪から覗く尖った耳。


 悪魔エビルだ。

 悪魔と目が合ったルビィは口をあんぐりと開け、目を丸くした。


「驚いただろう? 人間界に悪魔がいるなんて」


「凄い! 魔法だ! 私こんな近くで炎の魔法見るの初めてなんですっ! うわあー……暖かい」


「いや、お前……驚くのはそこじゃないだろう」


 嬉しそうに焚いた火に当たるルビィを見て、悪魔は呆れて言葉を続ける気を失ってしまった。

 ルビィはブーツや荷物を乾かそうと火の側に置く。


「というか、私……悪魔を見るのも初めてなので怖いとか良く分からないんです」


 悪魔はその場に胡座をかく。

 そして険しい顔をした。


「俺が話しかける前に洞穴の外側で蹲っていたから、俺のことが怖いのかと思ったが」


「あー……あれはこの洞穴の中に熊でも棲んでいるのかと思ってたので」


「熊ぁ!? そうか、熊か。それは傑作だな」


 ルビィに熊と間違えられていたことを知った悪魔は笑い出した。

 それを見てルビィは申し訳なさそうな顔をして、口をスミマセンと動かし頭を何度も下げた。


「それにしても、悪魔より熊が怖いとは……お前、大昔の戦争を引き起こしたのが悪魔だってことを知らないのか?」


「知ってますけど、それが悪魔を怖がる理由にはならないと思いますよ」


「戦争を引き起こしただけではない。戦争が終わって冒険時代になっても、インフィニティに辿り着く為に手段を選ばない悪魔は恐れられ嫌われている。お前のまえにいるのはそれなんだぞ?」


「でも私のまえにいる悪魔は、見ず知らずの人間に雨宿りをさせてくれて、寒いんだろうって親切に火まで焚いてくれましたけど」


「っ……そ、それはだな……」


 何も言い返せなくなった悪魔を前にルビィはドヤ顔をした。

 その時。

 洞穴の中にぐぅ~という間抜けな音が鳴り響いた。


「ん?」


「あ……」


 ルビィはお腹を押さえ顔を真っ赤にしたが、悪魔には何の音なのか分からなかったらしく、辺りをキョロキョロと見回している。


「あ、そうだ!」


 惚けながらルビィはカバンを開いた。

 あれだけの土砂降りだったにも関わらず、中身は無事でほっと胸をなでおろす。


「お礼をしなきゃなって思いまして」


 ルビィはモンドが持たせてくれたパンを一つ、袋から取り出す。

 そして悪魔に差し出した。


「はい、これ。お礼です」


 悪魔は差し出されたパンをじっと見つめるだけで、受け取ろうとしない。

 ルビィは戸惑い、悪魔の前でパンをちらつかせる。

 それでも受け取ろうとしないので、ルビィはそのパンに一口かぶりついた。


「んー! 美味しい! これ、パンなんですけど……お好きではなかったですか?」


「……ああ、すまん。そのパンというやつを初めて見たんでな。食べ物だと分からなかった」


 ルビィは袋から新しいパンを取り出して悪魔に手渡す。

 初めて手にするパンを少しの間眺めてから、ルビィの真似をしてかぶりつく。


 悪魔は目を丸くした。


 もちもちとした食感。

 齧った瞬間に口の中に広がる小麦の甘さ。

 鼻を突き抜けるような香ばしさに食べることを止められない。


「ふふっ、本当に初めてなんですね。まだあるので、良かったらどうぞ」


 ルビィはパンが見えるように袋を開いて置いた。

 よほど美味しかったのか、悪魔は無言で頷きながら頬張っていく。

 悪魔のその食べっぷりにルビィは笑みをこぼす。

 叔父さんの作ったパンがこんなに喜ばれるのを見るのは、ルビィにとっても喜びになるのだ。

 袋の中にあったパンは、みるみるうちになくなっていった。


「あのぉ……気に障ったら申し訳ないのですが、何故こんな所に居るんですか?」


 ルビィの問いかけに、悪魔は黙ったまま焚き火に薪をくべている。

 一気に気まずい空気が漂う。

 ルビィは下唇を噛んで、明らかにしまったという顔をした。


 悪魔は暫く黙ったままルビィの様子を見ていたが、深く息を吐くと洞穴の奥を指さす。

 それに気付いたルビィは、悪魔が指さす方へ視線を向けた。


 薄暗い洞穴の奥に目を凝らす。

 奥は行き止まりになっていた。

 長らくここで暮らしているのだろうか。

 古びた木箱が幾つか積まれていたり、ヒビの入った壺。年季の入った布製の袋も置いてある。

 その下の地面には、円を模った模様がうっすらと描かれていた。


「魔法陣……」


「それはアイテムで作られた転送陣。俺はそれに乗せられて、着いたのがここってわけだ」


 魔法陣は神の道(タウ)と呼ばれている。

 かつて神がイグランシールを登る者の為に作った軌跡。

 転送陣もその神の道の一つ。


 転送陣は円の中心に鳥が描かれており、青く光を放つのが特徴。

 上に乗ることで特定の転送陣との間を瞬時に移動することが出来る。

 本来の魔法陣はその力を失うことはない。神の力で作られているのだから。


 だが、アイテムで描かれた魔法陣は違う。

 その発動は一度きり。つまり、一方通行だ。


 アイテムで作った転送陣の移動先は、乗った者の縁の地に生成される。

 そして一度使用した転送陣は力を失い灰色に変わると、やがて風化して消えていく。

 ルビィの目の前にあるのはまさに、アイテムによって生成された使用済みの転送陣であることに間違いはなかった。

 あと数日もすれば、隅の方から消え始めるだろう。


「ここ、知っている場所だったんですか?」


「いや。何故人間界の知らない場所に着いたのか、俺にも分からない」


 ルビィは口をポカーンと開き、瞬きもせずに固まっていた。

 なぜそんなことが起きたのか理解ができない。

 しかし、ルビィはそれ以上のことを悪魔に聞くことはしなかった。


「知らない場所に一人って、寂しくないですか?」


「お前は見当違いな発言が多いな。変な奴」


 悪魔が無邪気に笑う一方で、ルビィは無意味に前髪を整える。


「変かなぁ。だって本人が分からないって言ってることを、これ以上聞いても意味ないし。

 それにもし自分が知らない場所に一人だけで飛ばされたらって考えたら……ううん、想像もしたくない」


「なんでそんなに怖いんだ?」


「怖いっていうか……不安。多分本当に一人だったら一歩を踏み出すことも出来無くなっちゃうかも」


「ふーん。まあ、初めから一人なら寂しいと気付くことはない。だが、不安というのは一理あるかもしれないな」


 悪魔が薪をくべる度にパチパチと火花が舞い上がる。

 会話がふと途切れても、自然に生まれる沈黙が何故か心地いい。

 さっきまでの沈黙とは全然違う雰囲気だ。


「焚き火の扱いが上手いですね。誰かに習ったんですか?」


「魔界は光源があっても暗いからな。火の扱いに慣れないと生きていくことは難しい。

 ただ、人間界の枝は燃え尽きるのが魔界の枝に比べて早いから調整が大変だ」


「ねえ、魔界ってどんな所なんですか? 配達の依頼も来たこと無いし、飛行船も動いているの見たこと無いかも。あ、そうだ!」


 ルビィはランプの中から効果の切れた夜光石を取り出す。

 そして、その夜光石を悪魔に手渡した。


「私が魔界で知っているのはその夜光石くらいかな。さっきのパン、叔父さんが経営しているパン屋の物なんです。町にはお店もあって、そのお店の照明にこの夜光石を使ってるんです。パンが美味しそうに見えるって」


「へー、夜光石など魔界の暗さではあまり役には立たないがな」


「その弱い光が優しくていいって叔父さんは言ってます。あと、火じゃないから雨が降っても大丈夫だし。けど……その夜光石はもう光らなくなっちゃって」


「人間は夜光石って呼ぶんだな。魔界ではライトシウスと呼んでいる。光っていない時は他の石より黒いのが特徴だな。本来は石というより岩だ。

 そうだな、ちょっと見ていろ」


 そう言うと、悪魔は夜光石を掌に乗せた。

 ルビィはその夜光石を凝視する。


 すると、悪魔の手から何かがボヤっと辺りが揺れる様なものが放出され始めた。

 それは夜光石に吸いこまれていく。

 暫くその行為が続くと、悪魔は夜光石をルビィに差し出した。


「ほら、これで完了。指で弾いてみろ」


 ルビィは夜光石を受け取る。

 少し疑いながらも、夜光石を指で弾いてみた。


 すると夜光石はピィンと高音を響かせるとゆっくり光を取り戻していく。

 驚きのあまり、ルビィは口をぱくぱく動かし夜光石を意味もなく指さしている。


「悪魔がこうやって魔力を与えれば、この石は半永久的に光る。ただ、悪魔の魔力じゃないと意味は無いけどな」


 衝撃の事実に、ルビィは石化したように固まってしまった。



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