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幼馴染み、心は雨模様

 ルビィはなかなか眠れないまま、朝を迎えようとしていた。


 昨日の飛行船で出会ったお爺さんといい、ムムの実といい、モヤモヤすることが多かったからだろう。

 ルビィは昨晩から飽きるほど食べたにも関わらず、未だ籠に積まれているムムの実をまた一つ取って齧った。


「甘い……

 出会いとは必然って言ってたけど、そんなの一体いつ何処で出会うのかなぁ……甘い」


 お爺さんの言葉は、ルビィの頭の中を何度も何度も駆け廻っていた。

 心がざわざわする。


 少しでも落ち着かせようと獣人界の市場でムムの実と一緒に購入した、食べると火が吹ける辛子草を手に取る。

 真っ赤でトゲトゲして硬い、艶々している葉だ。


 だがルビィはそれを食べるわけではない。

 まずは素材そのものをよく観察する。魔技師の鉄則だ。


 ルビィはランプの光に透かしてみたり、千切った葉の表面を擦ってみたりしてみた。

 けれど、特に何も起きない。

 なので思い切って舐めてみた。

 舌がチリチリするのか、べぇーっと舌を出して手で扇いでいる。


 次に千切った辛子草に着火してみる。

 すると、一瞬ボウッと部屋全体が見えるほどの強い炎が上がりすぐに消えた。


「びっくりした! また変な物を燃やしやがってって叔父さんに怒られる所だった。でもこれ……使えそう!」


 ルビィは一枚の辛子草を両手で包みこむ。

 暫く両手に集中していると、ポオォッと両手から光が溢れてくる。


「“クリエーション”」


 魔技師が使える唯一の魔法だ。

 物が形を変えていく魔法。魔技師はこの魔法を使って新しいアイテムを作りだす職業だ。


 魔法と同時にゆっくりと開かれたルビィの両手から、光に包まれた辛子草が姿を見せる。

 光の中で、辛子草はサーッと砂のようになったかと思うと、次は一つに集まりだし玉のように形を変えていく。


 玉になった辛子草を覆っていた光はゆっくりと消え、ルビィの掌にぽとっと落ちる。

 ルビィは何度かそれを繰り返した。

 枚数を変えては“クリエーション”を使う。


 少し経つと、大きさの違う辛子草の玉が幾つか出来た。

 そして手作りの少し不格好なスリングショットに玉をセットして構える。


「うーん……フレイムボンバー! ……いや、無難に辛子玉でいっか」


 辛子玉の効果を試してみたいところだが、ルビィは大人しく布袋に仕舞うことにした。

 こうして作りだした使えるか使えないかも分からないアイテムは、試されることも無く部屋に溜まっていく。

 これを見たモンドがガラクタ扱いするのも分かるというもの。


 さすがに疲れたのか、もうすぐモンドが工房で怒声を響かせる時間だというのに、ルビィは倒れ込むように眠ってしまった。




 いつも通り慌ただしい朝のピークを終えると、モンドは寺院から届いた束の注文書を見ていた。

 寺院とは各大陸のあちらこちらに存在している施設だ。

 その為、住民同士の情報を伝える役割も担っている。

 寺院と契約を結べば、モンドの店のように離れた場所から注文を受けることも出来る。


「多いな……おい、ルビィ! 今日の配達は日没までかかるかもしれねえぞ。準備しておけよ」


 モンドがカバンにパンを詰めている姿を見ても、その件数は明らかだ。

 ルビィはサブのカバンも広げ、その中にもパンを丁寧に詰めていく。

 すると、モンドは注文に無いパンを一纏めにしてルビィに手渡してきた。


「腹減ったら道中に食え。それから、道端で寝るんじゃねえぞ。あと、ランプも忘れるな。時間が無えんだから、ぼさっとしてねえでさっさと行け!」


 怒鳴られたにも関わらず、ルビィはにぃっと歯を見せて笑った。




 人間界は人の住む町も多いが、森を始め山や湖などの自然も多い。

 その中には可愛らしいものから凶暴なものまで、様々な種類の動物が住んでいる。

 そんな野生の動物の為に、人の手は最小限しか加えられていない。


 なので、町と町の間にある森の中は灯りが無く、道だと分かり難い場所もある。

 ルビィはそんな中を太陽の位置や草木の状態で方角を確かめながら町へと歩く。

 配達で何度も通っているはずなのに、変わり映えしない景色がルビィを不安にさせる。


 それでも順調に配達をこなしていく。

 配達先には常連のお客さんもいて、中には話し出すと止まらない人もいたりする。

 それがルビィの興味ある話ならいいのだが、今晩のおかずの相談だったりすると困る。


 そうこうしていると、件数が多いこともあり配達に思った以上の時間がかかってしまった。

 この日、配達する最後の家に辿りついた時にはとっくに太陽は沈んでいた。


「こんばんは! ≪ローランダベーカリー≫です!」


 ルビィは家のドアをノックし大きな声で呼びかける。

 すると家の廊下をパタパタと走る音が聞こえ、ドアが開かれた。


「ルビィちゃんお疲れ様。遅くまで大変ねぇ」


「いえいえ、仕事ですから」


 ルビィは出てきたおばさんに注文のあったパンを一つ一つ、丁寧に渡していく。


「さすが魔技師って感じね。物の扱いが丁寧だわ。ルビィちゃんみたいにしっかりしている子がザズと一緒なら心配しないのに……ねぇ?」


「私、しっかりなんてしてないですよ」


 おばさんの一家は以前、ルビィと同じ町に住んでいた。

 だが、数年前にこの町へと移住したのだ。


 ルビィとこの家の一人息子であるザズは歳が一つ違いの幼馴染みだ。

 ザズとは小さい頃共に過ごし、一緒にイグランシールへ行こうと誓いあった仲だった。

 だが、ザズはルビィを置いて先に旅立って行った。

 理由はルビィが魔技師だから。ただそれだけ。

 それからザズとの仲は拗れてしまったことをおばさんは知らない。


 おばさんは左手を頬に当て、右手をパタパタと上下に振りながら嬉しそうな顔をした。


「そうそう、ちょっと前に寺院から連絡が来てね。ザズが無事に第二階層に着いたみたいなの。心配だったけど生きてて良かったわぁ」


「ザズは戦士(ファイター)ですよ。それに私より断然強いし、きっと頼りになる仲間もいるはずです」


「そうね、ルビィちゃんにそう言ってもらえると安心するわ」


「母親ならもっとザズを信じてあげなきゃですよ?」


「ありがとう。ルビィちゃんも早く行けるといいわね」


 パンを渡し終わり、ルビィはおばさんから代金を受け取る。

 代金は布の袋に入れ、カバンに仕舞う。


「では、またお願いします」


「こちらこそ、よろしくね」


 ついこの前、ルビィがパンを届けに来た時も、おばさんはザズのレベルが上がったと報告をしてきた。

 よほど心配なのだろう。

 親心とはそんなものなのだろうか。

 ルビィはザズの家を後にした。


 すべての配達を終えたルビィは、町の灯りを頼りにカバンからランプを取り出し、中の夜光石を爪で弾く。

 夜光石はピンと高い音と共に優しく辺りを照らした。


 その時、暖かい風がフオォォッと音を立てて吹くと同時に、何処かからか聞こえる低い雷の音。

 雷の音は確実に近付いてきている。

 ルビィは空を見上げた。


「えー嘘でしょ……どうしよう。おばさんに頼んで……いや、無いな」


 ルビィはおばさんの身内話を一晩中聞くことより、雨に打たれてでも帰る選択をする。

 配達をしていたので全く気付かなかったが、空一面を覆う厚い雲は夜でも分かる程だ。

 靴紐を結び直し、深呼吸を一つするとルビィはランプを片手に走り出した。




 ランプがあっても星明かりの無い森の暗さはルビィの足を鈍らせる。

 森をもうすぐ半分抜けるという辺りで風に吹かれた雨雲に追いつかれてしまったようだ。

 ルビィの鼻先に一粒の雫を落としたかと思いきや、木々の隙間を突きぬけて滝のような雨が襲ってきた。


「うわぁぁ! これは無理だって!」


 ルビィはカバンを頭の上に乗せ、すっかり足場の悪くなった土の上を走った。

 迷わぬように崖沿いのぬかるむ道をピチャピチャと音を立てて、靴が泥だらけになりながらも走った。


 しかしルビィの道を妨げるかのように雨足は強くなる一方だ。

 視界も狭くなる。


 ルビィはもう打ちつける雨も気にならなくなってしまったのか、カバンを頭の上から下ろし肩に掛け直す。


「何処か……雨宿りが出来そうな場所……」


 雨粒が目に入らないように腕でガードしながら、狭い視界の中ルビィはランプを持ち上げて懸命に目を凝らす。

 ひたすら崖の裾をじっと見ていると、暗く影になっている部分がうっすらと見えた。


 雨を吸い込み重くなったブーツをゆっくり持ち上げながら、そこへとそっと近付く。

 乱暴で汚い雨の降る音は、ルビィの足音さえ消してくれた。


 ルビィが見つけたそれは、雨宿りには最適すぎる大きさの洞穴だった。

 そっと覗いてみると、中は真っ暗でなにも見えない。

 ゆっくりとランプを洞穴に向けると、ランプの中で夜光石の光がスーッと消えていく。


「えっ!? ちょっと待って! ここで消えないで!」


 ルビィは小声で叫びながらしゃがみ込み、ランプの中の夜光石を取り出すと何度も爪で弾いた。


 その手は雨に打たれ、寒さから震えていた。

 しかし夜光石は無情にも光ることは無い。

 都合良く現れた洞穴だが、中には何が潜んでいるか分からない。

 野生の熊の棲みかだとしたら危険すぎる。

 自然に唾を飲み込み、飛び出しそうなほど鳴っている心臓をギュっと押さえた。


 するとルビィの存在に気付いたのか、洞穴の奥で何かが動く気配がした。

 足音のような濁った音が奥から響いてルビィの耳に伝わる。


「どうしようどうしよう……」


 洞穴の中には確かに何者かがいる。

 ルビィは逃げることも出来ずに、崖の岩肌にぴったりとくっつき息を潜めた。



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