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帰宅の途、飛行船にて

 夕暮れも近い獣人界の町に戻ってきたルビィは、肩を落としてとぼとぼ歩いていた。


「はぁ……何してんだろう、私」


 配達も終わり、すっかり軽くなったカバンの中身と引き換えに、虚しさで胸がいっぱいになっている。

 飛行船の出発までまだ時間はある。

 ルビィは両手を頬に当て、ふーっと息を吐き出すとその足で町の市場へ向かう。


 市場は夕飯時だからかまだ活気があり、まるごと焼いた肉や魚、野菜まで多種多様な食品が売られている。

 兎人が鳥の丸焼きを売っていれば、向かいで対抗するように鳥人が兎の腿焼きを売っている。


 仁義なき獣人の市場。

 紫色の果物は獣人界の名物のようで、どの店でも籠売りだ。

 ルビィは人の波をかき分け、左右に立ち並ぶ店を交互に見ていく。


「どうぞー、手にとって見ていってねー」


「今日もぎたてのムムの実だよ、一つどうだい? おまけもするよ」


 賑わいを見せる町の市場に、店主の声が良く通る。

 夢中になって店の品を見るルビィの足も、気付けば先程より軽やかに。

 ルビィが単純なのか、それともこの市場が魅せる力のおかげか。

 ルビの表情は自然に柔らかくなっていく。




 結局ルビィは市場で、食べると火が吹けるという辛子草と叔父さんへのお土産用にムムの実を五個買うことにした。


「一個おまけしておくよ」


「わあい、ありがとうございます!」


 太陽はすっかり傾き、ルビィの顔を赤く染めている。


 帰りは恥をかかないように早めに飛行船に乗るが、この時間に飛行船を利用するものは少ない。

 離陸目前だというのに、乗客はまだルビィだけだ。


 ルビィは座席に腰を下ろすと、航路の確認をしている操縦士を見ているだけの時間が流れる。

 すると乗降口に杖を持ち、ゆっくりと一段ずつステップを上ってくるお爺さんの姿が見えた。

 ルビィは慌ててカバンを下ろし、お爺さんに手を貸す。

 階段を上りきると、お爺さんは優しく目を細めた。


「すまないね、ありがとうお譲さん」


 お爺さんはそう言って、ルビィが荷物を置いた向かい側の座席に腰を下ろす。

 ルビィは会釈だけして、座席へと戻るとカバンを膝の上に乗せた。

 それと同時に、ゴウンという独特な音を鳴らして飛行船は獣人界の地を離れた。


「あれ? いつもは離陸の合図をしてるのに……」


 ぼそっと呟いたルビィの言葉に反応を示すお爺さん。


「まあ、気にすることはない。時には忘れることもあろう」


「そ……そうですよね」


 お爺さんには聞こえないくらいの声で呟いたはずのルビィの声が、お爺さんには聞こえていたようでルビィは慌てて返事をした。

 苦笑いの後にやってくる気まずい沈黙。

 ルビィにはそわそわする事しか出来なかった。


 ふと、ルビィとお爺さんは視線を合わせたが、暫くするとやはりルビィは視線を逸らしてしまう。

 逸らした先、お爺さんの後ろに見えるのはイグランシール。

 それをじっと見ているルビィに、お爺さんは笑い出した。


「お譲さんは随分とシャイなんじゃな。この老体と見つめ合ってもすぐに遠い後ろを見ておる」


「っ!? ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」


 慌てふためくルビィにお爺さんはまた笑う。


「いいのじゃよ。この世界に住む者は皆、あれから目を背けることは出来るものではない。人々の心を掴んで離さない。まるで魔法にでもかかっているかの様に」


 そう楽しそうに話すお爺さんに興味でも湧いたのか、ルビィの声が自然に大きくなる。


「おじいさんはイグランシールを登ったことがあるんですか!?」


「まあ落ち着きなさい。若さとは時に過ちを招く狂気にも見える。それが命を奪う事のもなり得るのじゃ……

 いかんいかん。年寄りが話すと説教染みてしまうなぁ」


 ルビィはその話を聞いて、自分が恥ずかしくなり顔を真っ赤にした。

 お爺さんはそんなルビィを見て面白がっているのか、または可愛い孫でも見ているかのように目を細めていく。

 飛行船が空を切る音すらも聞こえるちょっとした沈黙の後、お爺さんはそれに溶け込むような声で短くルビィの問いかけに答えた。


「あるよ」


 お爺さんのその声は、その場の空気に低く深く染み渡った。

 ルビィの鼓動は一瞬にして跳ね上がり、ごくっと唾を飲み込むと深く呼吸をする。

 ルビィは座り直し背筋を正すと、真っ直ぐな瞳でお爺さんを見つめた。

 そんなルビィを見て、お爺さんはふふっと笑い再び目を細める。


「キミはあれをどんな場所だと思っているのかね?」


 ルビィは少し頭を左に傾けうーんと唸るった後、途切れ途切れに答えた。


「人から聞いたり本で知ったりして、自分の中でどんな場所か想像をすることは簡単に出来ます。

 でもきっと違うんだろうな、見るのと聞くのとはって思うとスーっと消えていくんです。私の中で想像したあの場所が」


「確かに沢山の冒険者が様々な希望を抱き、あれに挑む。

 しかしその道の厳しさに帰ってくる者は少なく、例え帰ってきたとしてもその者達は口々に何も得られなかったと言う。自分が想像した世界とは違ったのだろう」


「冒険者だったら、この目で確かめることが出来るけど……私はもう三年も見習い職の魔技師のまま。周りからはすっかり落ちこぼれ扱いです……」


 ルビィは小さく苦笑いをする。

 また飛行船が空を切る静かな音だけが船内を埋める。


「魔技師の何がいけないのかね? それはキミの偏見だ。魔技師だっていいじゃないか。

 なあに、焦ることはない。ゆっくりでもその足を踏み出せたなら、自ずと道は出来るものだ。もしかしたらもうとっくに、その一歩目を踏み出しているのやも知れんぞ。

 その中で出会いとは必然なのだから、キミが必要としキミを必要としてくれる誰かがこの世にはきっと存在しているはずだ」


「出会いは必然……」


 お爺さんのその言葉はルビィの頭の中で何度も繰り返されながら、確かな力を与えた。

 肩の力は抜け、その表情に明るさが戻る。


「はて、キミとわたしが出会ったことも必然かね?」


 お爺さんの言葉に、ルビィは忘れていた笑い方を思い出した様に笑った。


「はっはっは、冗談はさておき、キミは笑っていた方がいいよ。笑って旅が出来るといいねぇ」


「……出来るでしょうか」


 お爺さんは右手の人差し指を立て、軽くスッと腕を上げた。


「神はいつも平等に使命を与えてくださる。全てはキミ次第だ」


 出発時と同じゴウンという音と揺れで、飛行船は人間界に着陸した。

 長い様で短い飛行船の旅も終わりだ。

 ルビィは突然思い立ち、カバンの中から獣人界で購入したムムの実を一つ取り出すと、席から立ち上がりお爺さんに渡した。


「私、お爺さんに凄く勇気貰ったのでそのお礼です! ありがとうございました!」


「礼を言うのはわたしの方だよ。ありがとう、お譲さん」


 ルビィは、はにかみながら一礼しその後しっかりとお爺さんと目を合わせた。

 お爺さんはにっこりほほ笑むと、杖で体を支えながら座席を立った。

 ルビィは先に乗降口に向かい、お爺さんに手を貸そうと振り向く。


「……あれ?」


 しかし、そこにいるはずのお爺さんの姿はなかった。

 呆然とその場に立ち尽くすルビィに、操縦士が顔を覗き込んできた。


「何か紛失でもされましたか?」


「あ、いえ……いや、一緒に乗ってたお爺さんが私の後ろに居たと思ったんだけど、振り返ったら居なくなってて。あれ? 先に降りたのかなぁ……早いなぁなんて」


 全く整理出来ていない言葉を連ねるルビィに操縦士は空笑いをした。


「いえいえ、お客さん。冗談でしょう?」


「えっ? 何がですか?」


「この便の乗客はお客さん一人だけのはずですよ」


「あれ? だってお爺さんが……」


「お客さん、寝てたんじゃないですか? 飛行中に声を掛けたのですが返答も無かったので、てっきり寝ているのかと思っていたのですが」


「いえ、寝てなんていないです。私、そのお爺さんと話していたんです! それに声を掛けたって……操縦士さん、出発の合図すら無かったですし、飛行中一言も……」


「出発の合図? しましたよ。午後の第二便離陸しますって」


「え?」


「え?」


 ルビィが走って家まで逃げ帰ったことは言うまでも無い。




 家であるパン屋の前に着くと、店から誰かが出てくるところだった。


「あら、お帰りなさいルビィちゃん」


 出てきたのは、町一番の美人と名高い木の実売りのダイヤだ。

 モンドがパンに入れる木の実はこのダイヤから仕入れている。

 モンドに木の実を売った帰りなのだろう。


「こんばんは、ダイヤさん」


「ええ。あ、そうそう。おみやげをモンドさんに渡してあるから一緒に食べてね」


「うわあ、ありがとうございます!」


 ダイヤはそれだけ言うと、自宅へと向かっていった。

 ダイヤを見送り、ルビィはモンドに飛行船での出来事を話そうと店の中へ入る。


「おうルビィ! 早かったじゃねえか」


 妙にテンションの高いモンドはルビィに布の袋を見せる。


「さっきまでダイヤさんが来てたんだよ。んで、ついでに差し入れってこれを持ってきてくれたんだ」


 モンドは布の袋を開ける。

 そこにはルビィが見たことのある紫色の果物がどっさり詰まっていた。

 顔に似合わず、わりと甘い物が好きなモンドは一つ手に取りニヤニヤする。


「ルビィ、これ獣人界では有名なムムの実っつうらしいぞ。今晩はムムの実パーティーだな!」


 それを見たルビィは持っていたカバンを開いた。


「お……お土産なんだけど」


 そのカバンの中には同じ様な紫色の果物。

 二人は暫く布袋とカバンの中を無言で見つめていた。


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