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EP4〜青龍の使い〜


カディルは王宮から帰宅すると、その足でフィラの部屋を訪れた。


フィラは体を起こして枕に背をもたれさせていた。昼間よりだいぶ顔色も良いように見える。カディルを見上げフィラは頭を下げた。


「あの、お帰りなさい。カディル様でしたよね?」


「ああ、そうです。もう名前を覚えてくださったんですねぇ」


照れ笑いを浮かべて、カディルはベッドの脇の椅子に腰を下ろした。


「お加減はいかがです?」


カディルに問いかけられてフィラは両の手を握ってニコリとほほえんだ。

その仕草があまりに可憐でカディルはつい見とれてしまった。


「ええ。お陰様で昼間よりだいぶ楽になりました。…実はカディル様がお出かけになってから、カディル様の執事の方に色々とお話を聞かせていただいたのです。この国のことも、私が空から墜落したことも、こちらのお屋敷で治療を受けさせていただいていたことも」


フィラは美しい所作で深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました」


カディルはいささか慌てて手を振った。


「ああ、いえ、そんなにかしこまらないでください。とにかくもあなたが無事に目覚めて私も本当に安心したんですから」


そう言いながら、カディルはやはり、なるほど、と思っていた。

王族や皇族に感じる生まれながらの品の良さは付け焼き刃で身につくものではない。


フィラは柔らかく微笑んだ。

今から彼女に重大な話をしなくてはならない。どうやって話を切り出したら良いのだろう?


「…………」


「どうされました?」


急に黙り込んだカディルを不思議に思ってフィラは首を傾げた。

その声にカディルは我に帰った。


「あ、ああ。すいません。フィラ、今から大切なお話をしなくてはならないのですが…よろしいでしょうか?」


カディルがあまりに深刻な顔をしているのでフィラは少し驚いた。


「…はい。どうぞ」


嫌な予感を感じたのだろうか。

フィラの顔からは笑顔が消え、不安な表情を浮かべている。

カディルは酷な話をしなければならない自分の立場を心で呪った。


「ありがとうございます。フィラ。ええと…とても複雑なお話ですから、どこから話したら良いのか。順番が必要なのですよ。…そうですね。まずは私のことを少し説明しましょうか」


そう言うとカディルは自分の左腕の衣をたくし上げて、二の腕にある碧い龍のような形の痣をフィラに見せた。


「これはね、青龍を司る印なんです。四神てあなたはご存知ですか?」


「い、いいえ…」


フィラは首を横に振った。目に戸惑いの色がうかがえた。


「そうですよねぇ。四神というのは、このリオティア国を守護している神々のことなんです。東に青龍。西に白虎。南に朱雀。北に玄武。と言いましてね、広大な国の領土を東西南北の神が守っているのですよ」


たくしあげた衣を戻しながらカディルは静かな口調で続けた。


「東の青龍。その神の力を宿しているのが私ですーー」


「ーー…神の?」


「ええ。これは生まれた時からさだめられた運命でして、自分で選べるものではないんです。ああ、ええと。日頃は王宮に仕えています。周りの人々には神の使い、ディユと呼ばれていましてね。私の他にもディユは三人います。白虎、朱雀、玄武の力を宿している同胞がおりますからね」


ひと通り勢いよく説明をして、いよいよカディルは本題に移ることにした。


「…ええと、私のお話はこのくらいにしておきまして…」


カディルはフィラを見つめた。


「…失礼ですが、あなたのことを少し調べさせていただきました。いくつか確認したいのですが」


「………………」


「あなたは天界の皇族ですよね?そしてーー」


一度言葉を切ってカディルはひと呼吸息した。


「ゼロという能力を持つ伝説の天使なんですか?」


「!」


フィラが息を飲むのをカディルは見つめていた。

フィラは瞳を大きく見開いたが、だんだんと寂しげに細め小さく微笑んだ。


「驚きました。…もうそこまでお調べになったのですね」


「フィラ…?」


フィラは照れたように笑うとカディルを見返した。予想していた反応と違うのでカディルは驚いてしまった。


「フィラ?」


「私の髪や目の色を見てそう思ったのでしょう?天界でもずっと伝説の天使だと思われていました」


「どういうことです?」


「天界はこの星、この国よりも小さい国ですが、たしかに私はその地の王族の一人です。…でも、私は伝説の天使なんかじゃありません。ーーゼロなんて力もありません!ただ、見た目が皆と違うだけで、むしろ周りより能力が劣る出来損ないなんですよ。それでも誰もが私を稀な能力を持つ存在だと信じて諦めてくれないものだから…」


悲しそうに笑って話すフィラは、長く痛みに耐えてきた心をごまかしているようにカディルには感じられた。


「フィラ…。申し訳ありません。あなたを傷つけるつもりはなかったのですが…」


「あ、…いいえ、カディル様。ごめんなさい。大丈夫です。たしかに見た目だけなら…そう見えてしまいますから。だからあの日も…」


「あの日もーー?」


カディルが聞き返すとフィラは我に帰って首を横に振った。


「いいえ。なんでもありません。それよりもカディル様のお話をお続けください」


フィラの話の先が少し気になったけれど、今は最も重大な話をしなくてはならない。

フィラに聞こえないほどの小さなため息を漏らし、カディルは重い口を開いた。










「ーーーでは、その時空の亀裂が閉じられれば、私は国に戻れなくなるということですね…?」


カディルから全てを聞いたフィラは蝋人形のように白い顔色をしていた。

カディルはフィラの心情を心配し、躊躇いがちにフィラを見つめた。


「…大丈夫ですか?」


「ーーーー…」


慰めの言葉が見つからない。こんな時どうしたら彼女の悲しみや不安を拭えるのかカディルには分からなかった。


長い、長い沈黙が流れ、いつしか降り出した雨が窓に当たる雨音をカディルはただ聞いていた。


「…私は五人兄妹なんです。兄と、姉と…妹が二人います」


囁くような小さな声でフィラが語り出した。カディルは何も言わず耳を傾けた。


「兄と姉は私のことが嫌いです。私が生まれたことで周りからの期待が全て私に注がれてしまうようになりましたから。でも、二人の妹は私をとても慕ってくれて…この前も私の誕生日を祝ってくれて宮殿の庭で花冠を編んでくれて」


ポロポロとフィラの瞳から涙が溢れ出した。


「でも、その時、急に強い風が吹いて花冠が風に飛ばされて、…私は追いかけましたが、花冠が大きな穴に落ちてしまった。だから私は慌てて…手を伸ばして…」


「!」


カディルは思わず身を乗り出した。


「…フィラ。あなたがここに来てしまった理由は…」


フィラは止まらぬ涙を手で拭いながら頷いた。


「落ちてしまったのです。…宮殿の庭の隅に空いていた穴に。それが時空の裂け目だったんですね…」


「ーま、前からその穴はあったのですか?」


フィラはかぶりを振るった。


「いいえ、ありませんでした…!」


「ーーー…」


「妹達は無事なのでしょうか…?もしも、もしも私の後を追って穴に落ちていたら…リリアとエマは…」


フィラは顔を手で覆い、呟いた。


「申し訳ありません、カディル様…。あなた方のお立場も理解しています。私の我儘が通らないことも。時空の亀裂を閉じなければならないことも…。ただ、今夜はもう一人にしていただけますか…?」


「ーー…わかりました」


カディルは頷くと静かに席を立った。

今の彼女にしてやれることは自分には何もない。ただ、涙が枯れるまで泣かせてやることしかできないのだから。


「…無理をしないでくださいね…」


そう一言だけかけるとカディルは静かに部屋を出て行った。


閉じた扉の奥からフィラの嗚咽が聞こえる…。カディルはしばらく扉に背を預けて立ち尽くしていたがやがて自室へと歩いて行った。


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