EP32〜アイシャル編4〜
翌朝。
カディルはいつもよりだいぶ早く目覚めた。まだ外は薄暗くうっすらと寒い。
けれど、アイシャルから貰った飴のおかげなのかしっかり熟睡できたようだ。頭がやけにスッキリしている。
カディルは昨日まで感じていた不安は微塵も感じなかった。アイシャルを信じること。そして自分の使命を全うすることに全力を注ぐつもりだ。
万が一のときの覚悟もできている。
身支度を整えて部屋を出た。
身辺警護の関係で、もうかれこれひと月近く王宮で寝泊まりしている。屋敷の使用人達の安否が気にかかるけれど今のところ悪い知らせは入ってこない。
カディルが渡り廊下にさしかかったとき、後ろから聞き慣れた声が彼を呼び止めた。
「おはよう、カディル。早いな」
振り返った先に立っていたのは、赤い長髪の青年だった。カディルは微笑む。
「アレクス。おはよう。あなたはいつも通り早いですね」
「まあな。とくに今日はゆっくり寝ている場合ではないからな」
「うん、まぁ、そうだね」
アレクスはとても几帳面な性格で、かなり規則正しい生活をしている。カディルもそれなりにちゃんとした生活をしているつもりだが、天体観測が趣味なので夜更かししてしまうせいで朝は弱い。ロランに叩き起こされてパンを口に突っ込まれて馬車に乗る日も少なくなかった。
平和な日々を思い出して、思わずクスクス笑うカディルにアレクスは首を傾げたが何も聞かなかった。
「儀式の間に向かっているんだろう?」
「ああ、うん」
「俺もだ。共に行こう」
二人は肩を並べて歩いた。
どんなに特別な日でも自分たちのやるべきことは変わらない。
けれど、今日は。
日課である朝の儀式を滞りなく済ませてから祈ろう。今日の戦いの武運を味方につけるために。
事態が急変したのは太陽が昇りきった頃だった。
黒魔道士の放つ魔法が突然激しい閃光をあげて王宮の外壁をみるみる崩し始めたのだ。騎士団が立ち向かうも怒涛のごとく打ち放たれる魔法の砲弾に成すすべもなく、怪我人ばかりが増えていく。
「下がれ。ここからは俺が指示をとる。いいな?」
リオティアの国章が気高く映える白いマント姿のアイシャルと白魔道士の軍隊が登場した。数は黒魔道士の軍団と引けをとらない。
「王宮内には決して踏み込ませるな!汚れた黒魔道の愚か者どもを一人残らず消せ!!」
アイシャルが叫ぶと白魔道士の軍隊は雄々しい雄叫びを上げて敵めがけて突進した。
白魔道士側にはアイシャルに心酔した者も多くレベルの高い者も多い。
白魔道士たちの怒りは凄まじかった。
今まで黒魔道士達の悪行の数々を黙って耐えてきたが、これだけの人数が集まればやれる!!
みんなこの時を待っていたのだ。
「すごい…あっという間に敵の数が減っていく…!」
窓から少しだけ顔を出して外の様子をうかがっていたリアムが感嘆の声を上げた。
ここは王宮の最上階。何層にも結界を張った廊下の奥にある一室だ。
ディユたちは全員この部屋に集められていた。
「気を抜くな!敵にはヴィクトーというトップがいるんだ。実力はアイシャルと同等とも聞く…何が起こるかまだ分からないぞ…!」
イライラとリアムを怒鳴りつけて、アレクスがウロウロとひっきりなしに歩き回っている。
カディルはその方が落ち着かなかった。
ランベールだけが少し離れた場所で静かに目を閉じていた。
アレクスに怒鳴られてしょんぼりしたリアムが窓辺から離れてカディルの傍らに座り込んだ。
「信じましょう、アイシャル達を、ね?」
元気づけるようにカディルがリアムの肩をさすった。うん…とリアムが頷く。
カディルは窓の外から聞こえる喧騒に吐息をついた。
アイシャル達は大丈夫だろうか。
「全員攻撃をやめろー!!」
アイシャルは怒鳴り声をあげた。待ちに待った人影が姿を現したからだ。
美しいエメラルドの長髪を緩くひとつに結っている白い肌の青年が穏やかな笑みを讃えて倒れた黒魔道士たちの間を歩いてくる。アイシャルは金の瞳を細めた。
「待ってたぜヴィクトー。そろそろ現れる頃だと思っていた」
ヴィクトーと呼ばれた青年は一見女性にも見える美貌をさらに微笑ませた。彼はあれほどの戦いの中でも全くの無傷だ。
「お久しぶりです、アイシャル。まさかあなたがそちら側についていらっしゃるとは思いませんでしたよ」
「ケッ!白々しいな…お前のそのすましたツラが俺はムカつくんだよ」
「おやまぁ、それは失礼しました。ーーそれにしても、かなりこちらが形勢不利になってしまったようですね。はぁ……やはり大国リオティアを制圧するには、そう簡単に事が運びませんね……まあそれが」
ヴィクトーは怪しく笑った。
「面白いんですけどね……」
「ふ……はははははは!」
アイシャルも高笑いした。
ヴィクトーの見かけからは想像を絶する野心と腹黒い内面をアイシャルはよく知っていた。
今までに何度も敵同士として顔を合わせる機会があったからだ。
「まさか国まで狙うとはなぁ。バカにはつける薬もねぇな。小さい村を襲うくらいなら可愛かったけどよ……犠牲者どれだけ出せば気が済むんだよ……やりすぎなんだよ、テメェは……」
アイシャルの体から魔力が陽炎のように立ちのぼり始めた。足元に転がる白魔道士の屍たち。平和な国を取り戻すために戦った勇者たちにアイシャルは敬意を示し、瞳をとじた。
カビーア王から謝礼金はたんまりもらった。最初は謝礼の分だけ手を貸すくらいのつもりだった。けれどーー
アイシャルは目を見開いた。魔力が爆発する。
「お前だけは許さねぇ!!」
アイシャルの放った魔法は激しい閃光をあげて巨大な七色の鷹の姿になりヴィクトーに襲いかかった。




