EP27〜禁断の果実〜
窓の外は夜の闇。窓から入るやわらかな風が優しくカーテンを揺らしている。
カディルはベッドに座るフィラの横に腰を下ろした。……が、すぐに思い立ったように立ち上がった。
「カディル様?」
「いけません!女性のベッドの上でお話をするなど破廉恥ですっ」
「は、破廉恥…」
フィラはカディルの顔をしげしげと見つめた。真面目すぎるカディルが面白くて、つい笑ってしまいそうなフィラにカディルが提案した。
「ああ、そうだ。ふた部屋先に私の書斎があるので、そちらに行きましょう、ね」
カディルがフィラの肩を押して歩を進ませる。フィラはやれやれ、と隠れて微笑んだ。カディルという人はとても誠実は男性なのだ。
書斎に着くとカディルはフィラに椅子を勧めた。
もう遅い時間なので、ロランは下がらせてカディルがお茶を淹れることにしたらしい。
広々とした書斎には山積みにされた本や天体望遠鏡などが置かれている。
完成にはまだ程遠い大きなパズルも奥のテーブルに広がっていた。
「はい、お茶です。召し上がってくださいね。あー、部屋が汚くて申し訳ないです」
カディルが淹れてくれたお茶はとてもよい香りがする。フィラは鼻を近づけて香りをかいだ。
「わぁ、良い香りですね」
それを聞いたカディルはニッコリ笑った。
「それは良かった。ハーブティーなんです。もうすぐ眠る時間ですからね」
ハーブティーはノンカフェインだから眠りの妨げにならないのだ。
テープル越しに向き合ったカディルはフィラに微笑んだ。
「それにしても何はともあれ、あなたの望みが叶えられそうでホッとしましたよ」
「望み、ですか?」
「そう、あなたはずっと魔力がないと嘆いていたでしょう?でも、あなたには巨大すぎるほどの魔力があると分かったではないですか。まだ目覚めていないだけで、それは間違いなくあなた自身の力なのですからね」
優しく諭すように話すカディルにフィラの目は輝いた。白い頬が紅潮している。
それを見て、カディルは微笑ましく思った。生まれながらに悩んできたのだ。きっと、これ以上ないほどの喜びだろう。
ーーしかし、それはそれだ。喜びに水を差すようでカディルはしのびなく思ったけれど、ここは心を鬼にして話を進めることにした。
「それで、話というのは今日宮殿であったことです」
「宮殿で?」
「はい」
カディルは今日、アイシャと共に宮殿に戻ってから起きた事柄を事細かに説明した。話が進むにつれてフィラの美しい顔がだんだんと険しくなっていく。
ひと通り話し終えてカディルが黙ると、フィラは怒りに満ちたため息をついた。
「魔族が召喚されていたなんて。カディル様の予想通り、リッカルド様のお兄様のお考えでしたら許せません」
「ーーええ、私も同じですよ。ちなみに、あなたはバルバトスをご存知ですか?」
「あ、いいえ。存じません。…でも、魔族については少し知識がありますよ。カディル様もご存知かもしれませんが、魔族の長、サタンは元は天使でルシファーという名でした」
「ええ?サタンの名は知っていましたが、堕天使だったんですねぇ…」
「はい。ルシファーは最高位のセラフィムという役職に就いていた天使だったのですが、何代も前の王、つまり、神に反逆して反旗を翻し、天界を二分する大戦争を起こしたんです」
「ええ?そうなんですか?」
「はい。でも、結局、双子の弟であるミカエルの軍勢に破れて、魔界に落とされて悪魔…つまり魔族になってしまったのですけど…」
カディルは深いため息をついた。
「なるほど。やはり天界と魔界は切っても離せない複雑な関係があるんですねぇ」
「ええ…」
悲しそうに視線を落としたフィラだが、何か思い出したように顔を上げた。
「そうだ。カディル様。人間が魔族を呼び出すってとても危険なことなんです」
「危険…」
そう聞いてカディルは思い出した。
昼間、バルバトスがアイシャに呪いを解いてやると申し出た時に、見返りと引き換えに、と言ったのだった。
「見返り…ですか?」
カディルが呟くと、フィラは目を見開いた。コクリと頷いて深刻な表情を浮かべた。
「彼らは人間の望みを叶える力を持ちますが、見返りはとても恐ろしいものです。おそらく、リッカルド王子のお兄様のルドラ様は魂を狩られてしまいます」
「ええ、命を!?」
さすがに驚いて、カディルは声が大きくなった。
「まさか、命を…?見返りというので、すっかり金品のことかと思っていましたが」
フィラは首を横に振った。
「たしかに見返りが金品だと思わせて人間に近づくのでしょうけど、彼らは金品に興味がありません。人の魂の味はとても甘美で、一度味わうと虜になると聞きますから」
「なんとーー…食べちゃうんですか」
カディルは絶句した。




