牛魔王という男
【お題:地獄の帝王】
やれやれ、ここはどんな極楽だろう。
俺は、ゆったりとソファに腰かけながら、あくせく動き回るやつらを観察していた。
「ああ、いそがしい、いそがしい」
どたどたと、極太の足を地面に叩きつけながら、牛男は先ほどから書斎とこの大広間を行ったり来たりだ。
「おい、飲み物のお替りを出してほしいんだが」
「は、は、はい!!ただいまぁ!!」
俺が手に持っていたオレンジジュースのグラスを傾けると、牛男たちの何人かがいっせいに厨房らしき方向へと向かっていった。おい、分担しろ、役割は。
「ああ、すまんなあ、客人。あいつらの手際が悪いのは、どうか許してやってくれ。給仕の作業をするには、武骨なヒヅメが邪魔なのさ、牛男ってやつは。」
せわしなく動き回る牛男のなかで、何倍も大きい体格の、ひときわ大きい角をはやした牛男が俺に話しかけてきた。
「あんた、えらいさんじゃないのかい」
「ああ、牛魔王だよ。ここ、地獄の魔王ってやつさ」
「思っていたより、地獄の雰囲気が違うんで驚いてるんだろう?きれいなシャンデリアの大広間、ふかふかのソファに、飲み物もたくさん。ほんとにここが地獄かってね。」
ああ、そうだ。どんな極楽かと思った。でかい牛男、いや、牛魔王はなおも続ける。
「ここは、地獄は地獄でも、自殺者の魂が集う場所だ。あんたら、生きてる間に地獄を見たんだろう。
なんにも悪いことなんてしてやいない。だから俺が決めたのさ。ここだけは唯一、地獄で天国にしてやろうってね。まあ、魂が浄化されるまでの少しの間だが、ゆっくりしていってくれ」
牛魔王はいかつい顔をにたりとゆがませて、のしのしと厨房へ向かっていった。
今から、食後のデザートが出るそうだ。やれやれ。……楽しみじゃないか。