誤解からの事件
「い、いやいや、本当、びっくりするくらいの小国ですから」
そう言うが、二人はぶんぶんと首を高速で左右に振る。
「いえ、一目見た時から思っておりましたとも! タイキ様は、いや、陛下はやはり溢れ出すような威厳がそんじょそこらの貴族なんぞとは違う、と!」
「本当ですよ! 陛下に比べればインゲ伯爵なんぞクソですよ、クソ! いつも偉そうに呼びつける癖に何度も値切りますからな! あんな奴は陰毛伯爵とでも改名すりゃあいいんだ!」
と、二人は大いに錯乱した。
流れで罵倒されたインゲ伯爵が不憫でならない。謙遜ではなく、本気で我が国は小国なのだ。インゲ伯爵と何かを比べるのもどうかと思う。
二人には是非とも懇意に付き合っていきたいと言われ、日本人的な曖昧な返答を返しておいた。
その後は店内を軽く見物させてもらい、二階のフロア全てが奴隷売り場であることに驚愕したりしながら店を後にする。
「……ちょっと疲れたね」
思わずそんな愚痴が漏れ、エイラが困ったように笑った。
「王族との繋がりは得ようと思って得られるものではありませんからね。しかもタイキ様が国王とバレたのですから、あのお二人も懸命でしたよ」
「アイファさん……」
非難の目を向けると、アイファは困り顔を作る。
「悪かったと思っている」
不器用な謝罪を受け、苦笑を返した。
「まぁ、良いですよ。凄いの貰っちゃいましたしね」
そう答えて腰に下げた短剣を両手に持つ。立派な刺繍の入った革のベルトとセットで貰った短剣である。
革と金属を使った鞘から抜くと、細身ながらも妙な迫力のある刃が現れた。総ミスリルのナイフである。刃渡りは二十五センチほど。驚くほど軽く、果物用の小さなナイフほどの重さしかない。
ギラリと光を反射する白っぽい銀色の刃は、じっくり眺めていると吸い込まれそうな魅力を持っている。
ちなみに、ユーリの短剣に比べたらミスリルの量は半分ほどだろう。
実は装飾も少なくて細身のこのナイフの方がユーリの持っている豪華なナイフより好みだったりする。
ぼんやりナイフを眺めていると、ユーリが声を掛けてきた。
「ところで、タイキ様。今日はどちらにお泊りになられますか?」
そんな言葉に、俺は「あ」と声を出す。
「さっきの商会で貴族街に行く方法を聞けば良かったね。そうすれば貴族街のホテルか何かで泊まれたかもしれないのに……治安悪そうだけど、この近くで泊まれるところが無いか探してみようか」
A1もいるし、大丈夫だろう。
そう思って口にすると、アイファがずいっと前に出てきた。
「任せてもらいたい。宿は私が確保しよう」
「あ、お、お願いします」
勢いに負けてしまった。アイファは返事を聞くや否や、颯爽と立ち去っていく。流石に一人では危ないかもと思い、ロボット一体を付けておいたが、早足のアイファに伴ってすぐに見えなくなってしまった。
残された俺達は誰ともなく顔を見合わせる。
「とりあえず、泊まるところはアイファさんに任せようかな」
そう言って笑い合った矢先、突然馬車が隣に停車した。
「え?」
間の抜けた声が口から出るのを自分の耳が聞き、瞬きをする。
僅かな硬直、僅かな時間。
その微かな間で、馬車の扉は開かれ、中から一人の男が手を伸ばした。ぎゅっと音が鳴りそうなほど強く、手首を掴まれる。
「お、俺!?」
何故かそんな声が漏れた。
エイラとユーリが側にいるにも関わらず、不思議なことに俺が馬車に引きずり込まれたのだ。
「静かにしてろ!」
あっという間に厳つい男から紐で縛られ、馬車の椅子に転がされる。
「た、タイキ様!」
外でエイラの叫び声が聞こえたが、徐々に声は遠くなっていく。
何とか脱出しなければ。ぐるぐると思考の纏まらない頭で考えるが、手が思い浮かばない。
「頼りのエルフの魔術師はいないし、鈍重なゴーレムじゃ追いつかない。諦めな」
男は低い声でそう告げてきた。
そして、俺の腰に下げてあるナイフを睨むように見る。
「あんた、貴族だろう? それも、あのレジニシオン商会が贈り物を贈るくらいの大貴族だ」
その言葉に眉根を寄せると、男は肯定ととったのか鼻を鳴らして自分の首を指差す。
「……俺は昔、あんたらみたいな上級貴族の奴隷として買われたんだ」
そう言う男の首には目立つ場所に奴隷印があった。
「俺は運良く逃げ出すことが出来たが、俺を買った屋敷では毎日のように奴隷が死んでいた。何故か分かるか? 満足な食事ももらえず、寝る場所も馬小屋みたいな場所しかなかったのも原因の一つだが、なによりも主人の暴力さ。普段からよく殴ったり蹴ったりする主人だったが、機嫌が悪けりゃあ下手すればナイフで手足を切られた」
怒りを噛み締めるように告げられる恐ろしい奴隷生活に息を呑む。内容も恐ろしかったが、その殺意がこちらに向いていることも恐ろしい。
黙って身を小さくしていると、男は鋭い目つきを向けたまま口を開く。
「だから、俺達は復讐するのさ。ようやく貴族街の中にも拠点を作ることができたんだ。元奴隷の仲間も百人を超えた。協力者だっている。見てろよ、貴族ども。吠え面をかかせてやる」
恨みの篭った声と視線に、俺はようやく声を発した。
「え、A1……っ」
「……あん? なんだって?」
訝しげに目を細める男。
次の瞬間、恐ろしい破壊音をさせて馬車の屋根が引き剥がされ、男は悲鳴をあげた。




