争いの原因
「こいつから買った奴隷が逃げたんだ!」
「だから、それは貴方の管理が悪いからで……」
「なんだと、この野郎!」
怒鳴る男と怯えながらも反論する男。二人は暫く言い合いをした後、こちらに顔を向けた。
「貴族の旦那! こいつが悪いですよね!?」
「いえいえ、旦那様。この輩の言っていることは酷く身勝手なものでして……」
二人は何故か俺に判決を求めてきたが、勿論そんな権限は無い。ゴーレムを操る護衛や美女を連れている俺を上級貴族と勘違いしているようだが、別にこの国で力を持っているわけでは無いのだ。
とはいえ、声を掛けておいて放り出すのもおかしいだろう。二人から詳しく話を聞き、出来るだけ公平な裁判をすることにする。
「申し訳ないけれど、こちらが正しいかな」
二人の言い分を客観的に判断した俺は、そう言って商人風の男を擁護した。
「な、なんでですかい!?」
ガラの悪い男が目を剥いて一歩こちらに歩み出てくる。
「いや、契約書があってそれに名前を書いてしまったなら覆せないと思うよ。なにせ、売買後については保証しないって書いてあるし」
「そ、そんなぁ……!」
俺の判決にあからさまに落ち込む男。だが、仕方あるまい。契約書とは恐ろしいものなのだ。この人も、次からは契約書を熟読して契約することだろう。
「く、くそが! 覚えてろよ、ディエゴ! この悪徳商人が!」
捨て台詞を残して逃げる男に、ディエゴと呼ばれた商人は苦笑いを浮かべる。
「……まったく、なんと厚顔無恥な輩だ。いや、本当に助かりました。旦那のお陰です。あんな逆恨みで殺されていたら堪りませんよ」
そう言って笑えるあたり、ディエゴも修羅場慣れしているようだった。
「だいたい、安いからと犯罪奴隷を買っておいて、おざなりに管理すれば逃げられることくらい分かりそうなものです。素行が悪い奴隷には追加で制約を掛けて備えておくのが常識なのに、金が無いから最低限で良いなんて……」
ぶつぶつと怒りの言葉を口にするディエゴに苦笑し、片手を上げる。
「それでは、これで」
そう言って立ち去ろうとすると、ディエゴはハッとした顔になって両手を広げた。
「あ、ちょっとお待ちを! もしお時間がありましたら是非とも我が商会へ寄ってください! 心ばかりですが、何かお礼をと思いまして……」
「商会、ですか?」
奴隷商人と仲良くなるのも気が進まない。
そう思い、やんわり断ろうとすると、ディエゴは商人らしい柔和な笑みを浮かべた。
「えぇ、奴隷以外にも様々な商品を取り扱っておりますよ! なにせ、私が所属しているのは国で一、二を争う大商会、レジニシオン商会です。私はそこの支店長代理補佐ですぞ!」
ディエゴは自慢げにそう言った。
支店長代理補佐がヒラとどれほど違うのかは知らないが、とても大きな商会なのは間違いないらしい。奴隷以外にも商品があるのなら確かに見てみたい気もする。
「そこまで言っていただけるなら、ちょっとだけ顔を出させていただきます」
そう答えると、ディエゴは喜びの声を上げて通りの先を指差した。
「おぉ! では、どうぞこちらに! 私が勤める商会をご案内致しましょう!」
そう言って足取り軽く先を歩き出すディエゴに、エイラがなんとも言えない顔で唸る。
「……奴隷印があっても大丈夫でしょうか。私とアイファさんが商品と間違われたり……」
「そんなことは無いよ。でも、もし間違われたら俺の奴隷だって言って誤魔化そうか」
思わずそんなブラックジョークを口にして振り向くと、頬を薄っすらと赤く染めて俯くエイラの姿があった。
「た、タイキ様の奴隷……それはそれで良いかも……」
何かブツブツと呟くエイラと、力強く頷くアイファの姿が……。
「じょ、冗談だからね? ね? あ、ほら! ディエゴさんが先に行っちゃうよ?」
変なスイッチを押してしまったような気がして、俺は慌ててディエゴの後を追うように歩き出した。
その後も、エイラは頬を両手で押さえて頭をぐりんぐりん動かしたりして挙動不審気味だったが、ユーリはその様子をとても微笑ましそうに眺めていたりした。
怪しい集団である。その怪しい集団がディエゴ先導の元、奴隷店の並ぶ通りと一般の商店が並ぶ通りの交わる交差点に立った。
その大きな交差点の角地にある最も立派な建物を指し示し、ディエゴが口を開く。
「さぁさ、着きましたぞ! ここがレジニシオン商会の王都第二支店! この私の働く支店です!」
「おぉ……」
店を見上げて、俺も思わず声が漏れる。
この街ではまだあまり見られなかった三階建ての建物。それも一階一階の高さが高い為、実質四階建てほどの高さがある巨大な石造りの店だ。
一階には入り口の前にも商品が並び、客足も良い。二階のベランダのようにせり出した部分では露出の多い服を着た女性が手を振っているのが気になるが、傍目から見ても本当に立派な建物だった。
「店長! ラービア店長!」
ディエゴが大きな声を出して店長を呼ぶと、程無くして店内から背の高い、ひょろっとした痩躯の男が現れた。
男は眉をハの字にして陰気な顔を作っており、早足でこちらに向かって来る。
そして、ディエゴの頭を叩いた。
「お客様の前で騒ぐな、ディエゴ。商会の品が問われるんだぞ、ディエゴ。何度言えばお前は理解するんだ、ディエゴ」
ぶちぶちと叱りながら、ラービアはディエゴの頭を両手で掴んでぐらぐらと揺らす。
と、ディエゴの公開折檻の最中にこちらに気がつき、A1やアイファを見て目を見開いた。
「……これはお恥ずかしいところを。わたくし、この支店を任されておりますラービアと申します。ディエゴ、紹介を」
そんな挨拶をしてディエゴを解放するラービア。一方、解放されたディエゴは快活に笑って胸を叩く。
「この私の危ないところを助けてくださった貴族の皆様です! あ、そういえばお名前も伺っておりませんでした! 皆さま、お名前をお聞きしても?」
ディエゴの紹介にもならない紹介を聞き、ラービアはこちらに微笑を浮かべたままディエゴの頭を拳で殴った。




