カルルク王国王都探索1
レティシアの話を聞いてから改めて街の中を観察すると、街の暗い部分に気がつけた。
賑やかな大通りから一歩横に外れた路地裏に行けば飢えた人や孤児らしき子供、更には死体まで転がっている。
「おぉ……裏側は恐ろしいなぁ……」
そう呟いて周りを見回す。薄暗い路地裏には時折怪しい雰囲気の男女がおり、無遠慮にじろじろとこちらを見てくる。
明らかに普通では無い。目つきは荒んでいるし、たまに気色の悪い笑い声まで漏らしている。ついでに言うなら凄く臭い。
「何処にでもいる浮浪者や盗人、人殺しの類だろう。大したことではない」
「大したことあるでしょ、アイファさん」
アイファのとんでもない発言に自然と突っ込んでしまう。なにがあったら人殺しが野犬よりエンカウント率高くなるというのか。
「……ん? そういえば犬とか猫とか見ないな」
ふと、そんなことを呟くと、ユーリが普段ののんびりとした表情のまま答えた。
「多分、食料になったのではありませんか? 貧しい民には肉は狩りぐらいしか手に入れる手段はありませんし」
「狩り……犬を? おかしいな。狩りって鹿とか猪じゃないのか……」
そう呟き、身震いをする。恐ろしい話である。貧富の差はそのまま天国と地獄を別ける境界線なのだろうか。
やはり、表通りの明るい世界に帰ろうか。
そう思って顔を上げると、路地裏の奥が目に入った。
薄暗い路地裏の更に暗い行き止まり。閉められた簡素な扉の前で、二人の男が立っていた。
いや、二人の男が足下にある何かを蹴っていた。
「ひっ、ひぃあ……わ、悪かった。ワシが悪かったから……」
謝る初老の男の頭や腹を蹴りつける、厳つい顔の男たち。軽装の革の鎧を身に付けているが、傍目から見ても騎士や衛兵などには見えない。
盗みを働いた老人に罰を与えている、などでは無さそうである。
「ちょ、ちょっと……!」
思わず声を掛けてしまった。すると、男達は恐ろしい形相で振り向く。
「……あぁ? なんだ、お前?」
「じじいの代わりに死ぬ気かよ」
顔や腕に大きな傷跡が見える凶悪な顔で脅しの言葉を口にする二人。背はそこまで高くないが、筋肉質な分厚い体と恐ろしいほどの強面が合わさり、驚くほど怖い。
だが、困ったことにおばあちゃんっ子だった俺は御老人が酷い目に遭う光景を見ると我慢が出来ない。
勿論、女子供でもそうだが、力の無い存在が虐げられる様は見るに堪えない。
「……そのお爺さんは、何か悪いことでも?」
そう尋ねると、男達は呆れたような顔をして目を細めた。
「……なんだ、こいつ」
「まて、何処かの貴族の息子かもしれねぇぞ」
二人は失礼な態度でこちらを盗み見ながらぶつぶつと何かやりとりをし、改めて振り返る。
「こいつは俺の食いもんを横取りしやがったのさ。だから、二度と同じ事が出来ねぇように罰を与えてやってんだよ」
「ち、違……ワシは、あんたが捨てたパンを……」
「黙ってろ、気持ち悪ぃんだよ!」
弁明しようとした老人を、男は思い切り蹴飛ばした。鼻がめり込むような一撃を顔面に受け、血が地面を濡らした。その血が服につき、男は憤怒の形相で再度足を振り上げる。
「え、A1!」
慌てて叫ぶと、ごうっという音を立ててA1が横を通り過ぎた。
直後、老人を蹴ろうとした男がA1に殴られて吹き飛び、壁に叩きつけられて地面に崩れ落ちる。
一瞬の出来事に、もう一人の男は目を瞬かせて固まった。少し遅れて状況を把握し、顔中に冷や汗を流しながら後ずさる。
「ちょ、ちょっと待て! お、俺達はデスペラード伯爵の右腕、エルマー・リッチ子爵の部下だぞ!? こ、この王都で無事に生活したいなら、俺達に手を出せねぇ方が良い!」
「いや、もう手を出しちゃったし……」
困ってそう言うと、男は大きく頷いて同意を示した。
「あ、ああ、分かってる! ちょっとした行き違いってやつさ! アンタは俺達のことなんて知らなかったんだ、仕方がない! 不幸な事故だった! だが、今は違うだろ? もう知っちまったんだからな!?」
「それなら貴様らをここで始末した方が良さそうだが」
「怖いこと言うんじゃねぇよ、エルフの兄さん!?」
アイファの一言に怯える男を眺めつつ、俺はユーリを呼ぶ。
「悪いんだけどあのお爺さんの怪我、治せないかな」
「お任せくださいませー」
軽い調子で返事をし、ユーリはいそいそと老人の下へ歩いて行った。
ユーリが老人の怪我を治療する様子を見て、機を狙っていた男が一人で逃げ出そうと踵を返す。
直後、アイファが背中を見せた男の後頭部に向かって土の魔術を発動。こぶし大の岩がぶち当たり、男はあっさりと昏倒した。
走っていたせいで派手に地面を転がってから気を失った男を尻目に、俺はユーリに怪我を治してもらった老人の側で片膝をつく。
「大丈夫ですか?」
そう尋ねると、老人は怯え半分の表情ながら地面に這いつくばって礼を言った。
「あ、ありがとうございます……ありがとうございます……」
「いや、お気になさらず……大丈夫なら良いんですよ」
そう言って笑い、立ち上がる。老人は何か言いたそうにしていたが、A1とアイファが倒した男達は失神しているし、問題は無いだろう。
老人を残して表通りに出ると、曇天だった空が急に晴れ渡ったかのように明るくなる。
路地裏での風景や出来事が嘘のように楽しそうな雰囲気に、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。
「こうなったら貴族街も見てみたいね」
そう口にすると、エイラが微妙な顔をした。
「貴族街は嫌?」
尋ねると、首を左右に振って違うと言う。
「いえ、その、奴隷を売る店を見つけてしまって……」
「奴隷の店?」
エイラの視線の先を見ると、確かに通りの奥、城壁間近に異彩を放つ店舗があった。壁や雨戸には原色で濃い色の布が飾り付けられており、入り口にも暖簾っぽいものが掛けられているから店には違いない。
だが、店の外には何も置いておらず、ただ入り口のすぐ横に首輪と鎖をモチーフにした看板があるのみである。
「あれがそうか。あまり流行っているようには見えないね」
確か、奴隷はこの国では主力の商品ではなかったか。そう思って口にしたのだが、エイラは残念そうに首を振った。
「先程から、多くの奴隷を乗せた馬車が行き来しています。恐らく、ここから奥は奴隷の店が軒を連ねているのでしょう」
「なるほど。王都の正面入り口から奥に行けば行くほど奴隷の店が多くなるのか。それにしても、馬車ってさっきから何度も見てるけど、まさか今までの全部?」
「全部ではありせんが、半分以上は……」
半分以上って、もう二十といわず馬車とすれ違ったぞ。
驚きを隠せない俺は、大通りから盗み見るように奴隷の店の中を覗いた。
中は少し薄暗く、大きな檻が並び、ずらっと並んでいるようだった。
「……老いた人間や明らかに病気の人間ばかりだな。立地的にも、安い奴隷ばかり売っているのだろう」
アイファの言葉に自然と眉間にシワが出来る。
わざわざ中に入る気にもならず、俺達はそのまま通りの奥へと向かった。
エイラの予想通り、奥に行けば行くほど奴隷の店は増えていき、強そうな男や女ばかりを集めた店や、見目の良い若い男女ばかり並べた店なども出てきた。
中には獣の耳や尻尾の生えた人間ばかりの店や、美しいエルフばかりの店まである。
数多の奴隷店や多種多様な商品、そしてその商品に群がる人々を見て、エイラだけでなくユーリとアイファの表情も歪んでいく。
流石に辟易してきたな。
そう思いながら通りを歩いて行くと、突き当たりに一際大きな建物が現れた。通りを完全に塞いで建つその建物を訝しげに見ていると、そこへ入って行く豪奢な身なりの男達の声が聞こえた。
「さぁ、そろそろ時間ですぞ」
「この前はレジーム商会にやられましたからな。今回は我々が勝ち取らねば」
「ええ、勿論ですとも。なにせ、今回の目玉は亡国の王女という噂です。競り落とせば我が商会の名が広く広まりますからな」
意気揚々と、そんなやりとりが耳に入る。
「……奴隷オークションの会場、ね」
俺は口の中でそう呟き、領主の館のようにも見える立派な建物を見上げた。




