子供達とレティシアの生活
肉の串を持つ俺たちを見て子供達は口の端からよだれを垂らしている。中には腹が大きな鳴き声を上げる子もいる。
だが、肉を持つ者は目つきの悪いエルフの魔術師とゴーレム2体を引き連れている。
おいそれと近づけばどんな目に合うか……。
と、その場にいる皆がそんな目で俺達を見ているのが何となく分かった。周辺でこちらの様子を窺う者達の気配を気にしつつ、俺は子供達を庇うように立つ女性を見て微笑む。
「さっきも言いましたが、危害を加えるつもりはありません。とりあえず、警戒を解いてもらえますか?」
そう告げると、女性はそれまで視線を奪われていた肉からハッとした様子で目を離し、こちらを見た。
「そ、そんな言葉を信じろと? 私達は、皆それぞれが辛い何かから逃れてここに来ました。そう簡単に初対面のあなた達を信じるなんて……」
険しい表情で語っていたが、台詞の途中でこちらにまで聞こえるような音で腹が鳴った。
ぐぅぅ……という分かりやすい音に、一瞬時が止まったかのような錯覚を覚える。
暫く女性は無言を貫いたが、やがてまた口を開いた。
「……私達に声を掛けた理由はなんですか。何故、あの子にパンを恵んだのですか?」
と、女性は何事もなかったかのように話を続けた。
鋼のメンタルをお持ちのようだ。
心の中で女性のことを賞賛していると、エイラが一歩前に出て口を開いた。
「あ、あの……良かったら、貴女もお肉、食べませんか? 毒などを疑いなら、私が先に食べますので」
エイラが恐る恐るそう言うと、女性はウッと呻いて顎を引く。
真摯なエイラの言葉が女性の心に罪悪感を生ませたのかもしれない。戸惑いつつ、女性はエイラからユーリ、俺へと目を向けた。
「……貴方達は、いったい……」
世界一小さな国の王様です。他にもアツール王国の王女とフリーダー皇国の王族とブラウ帝国の元宮廷魔術師もいます。
なんてことを言える筈も無く、俺は曖昧に笑って肩を竦める。
「旅の者ですが」
そう答えると、女性は難しい顔で目を細めた。
「……護衛にゴーレムを操れる魔術師を連れて、ですか? どう見てもそれなり以上の身分の方ですが……」
と、言いつつも女性の表情は僅かに緩む。
疑惑の目が無くなることはなかったが、とりあえず女性は話を聞いてくれる気になったようだ。
「う、旨い……」
「美味しいねぇ……」
子供達は染み染みと肉を噛み締めながら感想を呟く。中には泣いてしまって上手く食べられない子供もいた。
その様子に切なそうな顔を向け、女性が浅く息を吐いた。
俺たちは場所を移し、隅の掘っ建て小屋へと移動していた。ちなみに、シスター風の女性、名前はレティシアというらしい。
レティシアが案内してくれた掘っ建て小屋は後から増改築されたのか、不恰好な長屋のような形だった。地面には板を並べて床代わりにし、壁や天井も似たように不揃いの板を張り合わせたものである。
家畜小屋よりも酷い出来だが、余分な物が無いことと、レティシアの掃除が行き届いている為か、室内は思いのほか綺麗だ。
さほど広くは見えないが、ここに子供達と寝泊まりしているのだろうか。
そんなことを思っていると、レティシアは恥ずかしそうに口を開いた。
「……汚いところで申し訳ありません。ただ、あそこではあまりに人目につきますので」
レティシアがそう言って儚げに笑うと、エイラが慌てて首を左右に振る。
「い、いえ、汚いなんてそんな……」
何とか言葉を選んでフォローしようとするエイラに、レティシアが苦笑を返した。
「事実ですから……ただ、この家を見てもらったらお分かりでしょうが、私達には食事のお礼をすることも出来ません。感謝を言葉にするくらいしか……」
何処か不安そうにそう口にしたレティシアに、俺は腕を組んで考える。
別にお礼なんてどうでも良いが、この居住環境を見ると何かしてあげたくなる。
だが、そんな傲慢なことを口にするのも憚られる。
「あ、あの……?」
とはいえ、黙考している間に、レティシアはどんどん不安そうな表情になっていく。
仕方なく、俺は口を開いた。
「いや、お礼はいりません。その代わり、一つ質問をしても良いですか?」
「え? あ、は、はい……その、答えられることなら……」
戸惑うレティシアを見つつ、質問を口にする。
「もし、貴女と子供達がこの壁の向こうに、街の中に入れるとしたら、貴女はどうしますか?」
「ここに残ります。子供達も、中には入れません」
レティシアは即答した。その答えは予想外にも此処に留まるというものだったが、やはりという気持ちにもなった。
だが、明確な理由があるなら聞きたい。
「……それはどうして?」
尋ねると、レティシアは僅かに表情を緩める。
「……やはり、あなた方は何処か別の国から来られた貴族様ですね。そんな気がしていました」
そう言って自嘲気味に微笑むと、レティシアは一度深く呼吸し、この国の一面について語り始めた。
「この国は、世界中の商人が集まり、様々な品物が売買されています。その税金だけでもこの国の王侯貴族は信じられないほど豊かな生活をすることが出来ます。大変な数の行商人や旅人、傭兵を相手に商売する商人や、護衛を請け負う冒険者や傭兵も同様に財を成しているでしょう。しかし、そんな中で、お金を稼げなかった人も現れます。そういった人々に待ち受ける未来は、犯罪奴隷か借金奴隷かのどちらかです」
レティシアはそう言うと、ローブをはだけて両肩を露出させた。
ほっそりとし過ぎた肩や首に思わず視線がいくが、それよりも目を引いたのは首の後ろから両肩にかけて広がる大きな奴隷印だった。
同じく奴隷印を持つエイラは両手で口を隠すような姿勢をとって息を呑み、アイファは眉間に深い皺をつくる。
ユーリは眉をハの字にして押し黙っていたが、その目は憐憫に揺れていた。
「……私は、この街のカリストー教会の修道女でした。カリストー教の教え通り、その街ごとで納められる寄付金により、孤児達に食事を与えていました」
そこで言葉を切ると、レティシアは俯いて細く息を吐く。
「しかし、どんなに工夫しても足りませんでした。寄付金に対して、孤児達の数が多過ぎたのです。最初は司祭様に諭され、無理やり自分を納得させていましたが、一人、また一人と孤児の子達が餓死していく姿を見て、ひもじさのあまり食べ物を盗み奴隷となる姿を見て、我慢ができなくなりました」
「……じゃあ、食べ物を盗んで?」
そう聞くと、レティシアはまた儚げに笑った。そして、信じられない言葉を口にする。
「いいえ。物を盗むということはどうしても出来なかったので、自分を奴隷として売って、自ら教会に寄付をしました」
めちゃくちゃ重い話だった。




