婦人の館へ
2巻とコミカライズ、順調に進行中です。
城の中庭の片隅が突如として崩れ、穴が開いた。その穴からは人間の手らしきものが生え、次にフードを被った頭が出た。
「……兵士や術師らしき者多数。ただ、皆地下牢に向かっているらしく、こちらには気付いていない模様」
ディツェンがそう口にすると、下からアイファの声が響く。
「ならば早く出ろ。早さが成功如何の鍵だ」
「誰のせいでこんな作戦になったと……いや、すみません。すぐに上がります」
何か言われたのか、ディツェンは虫のように手足を駆使して這いずり出てきた。その後をアイファとユーリが飛翔魔術を使って現れる。ちなみにシュバルツは人質にしているユーリの肩を掴んで一緒に上がってきていた。
その様子を見て、ディツェンは眉を顰める。
「術を温存しないと知りませんよ? いざとなった時に使えないと大変なことになりますからね?」
「大丈夫だ」
「私は登れそうにありませんでしたので」
二人の言葉にディツェンは溜め息と共に項垂れ、肩を竦めた。アイファはそんなディツェンを気にも止めず、さっさと城門側へと歩き出す。
「奥の通路を真っ直ぐに行けば婦人の館だ。私は出来るだけ派手に暴れながら最上階を目指す。他の宮廷魔術師と正面から戦わなければ何とかなるだろう」
そう言って歩いていくアイファに、ディツェンが顔を痙攣らせる。
「……それで、我々は?」
「婦人の館に潜入し、私の家族を見つけて連れ出せ」
「む、無茶苦茶な……」
青い顔で唸るディツェンに、アイファは背中越しに「頼むぞ」とだけ言い残し、そのまま城内へと戻っていった。
直後、地響きと共に氷の柱が石造りの壁を突き破り、悲鳴と怒号が響き渡る。
「一階だ!」
「いや、上に行くぞ!」
兵士のそんな声が幾つも聞こえ、更に轟音を鳴り響かせて二階の壁の一部が崩落した。
「は、派手だなぁ……」
そんな感想を口にして唖然とするディツェンは、数秒で正気に戻って背後を振り返った。そこにはシュバルツに首を掴まれたままのユーリが立っている。
「皇太子様、そろそろ解放してもらえませんかね?」
ディツェンがそう尋ねると、シュバルツは目を鋭く細めて首を左右に振った。
「……お前達の目的は分かった。このまま同行した方がお互いの利になるだろうこともな」
「お互いの利?」
疑わしそうに見るディツェンに、シュバルツは険しい顔で頷く。
「とにかく、今は動け。時が全てだ」
「うわ、またこれか」
指示を受け、ディツェンは顔を顰めてそんな台詞を吐いた。だが、そんなディツェンにユーリが苦笑混じりに頷く。
「仕方ありませんよ。とりあえず、私達も行きましょう。急がないとここにも兵士の方々が来られるかもしれませんし」
「許可するんですね、ユーリ様……」
呆れるディツェンに笑い返し、ユーリはシュバルツと共に歩き出した。
「ふふふ。警備の者が多くいると思いますので、バレないようにそっと侵入いたしましょうね」
「バレますよ。無理です。そんな簡単に侵入出来るように作ってませんよ、絶対」
「あら」
納得いっていないような態度でディツェンがそう文句を言うと、ユーリは目を瞬かせ、やがて何処か得意そうな微笑みを浮かべた。
「内緒でしたが、私、足音を立てずに歩くことが出来るのです」
「いや、そういう話じゃ……」
脱力して答えるディツェンの前で、ユーリは本当に音も無く移動し始めた。手足も動かさずに滑るように動いていくユーリにシュバルツが驚いていたが、ディツェンは口を尖らせて文句を言った。
「浮いてるじゃないですか。ズルですよ、そんなの」
「バレてしまいましたね」
指摘されて笑うユーリと目を細めて見返すディツェン。そんな二人のやりとりを見て、シュバルツはハッと顔を上げた。
「……そうだ。壁や窓からの侵入は難しいが、婦人の館の屋上は王族しか知らない入り口がある筈だ。私も使ったことは無いが、そこからならもしかしたらバレずに侵入することも可能だろう」
「ほ、本当ですか?」
シュバルツの言葉にディツェンは目を見開く。
「ああ、その筈だ。婦人の館は王族にとって最後に逃げ込む避難所でもある。門が閉じられた後でも逃げ遅れた者が入れるようにしているのだ」
「それは良い! よし、そうと決まればすぐに上から行きますよ」
歓声を上げるディツェンに、ユーリは表情を曇らせてポツリと小さな声で呟いた。
「……あんまりドキドキしませんねぇ」
【即席エルフ村】
「戦える人は二十人。それにお母さんとラント、タイキ様のゴーレムが二体」
メーアが数を数えながらそう告げると、ラントが深く頷いた。
「こちらは大丈夫だ。メーアとシュネーは急いでタイキ様のゴーレムを連れて帝都に向かってくれ」
「うん」
メーアが頷くと、シュネーは腕を組んで斜め後ろを振り返る。
「ユーリ様達に付いていたゴーレムだけが此処に来たってことは、三人は帝都で何かしてるってことだからね。早く戻らないと危ないかも」
そう呟くと、慣れた様子で自分の後ろに立つロボットの肩に飛び乗った。
「うん、分かってる」
そう言ってメーアも飛び乗ると、ロボット三体がフワリと浮かび上がる。
その光景にトレーネとラントの後ろに並ぶエルフ達から小さな声があがった。
「……タイキという人物はとんでもない魔術師だな。ゴーレムが飛ぶなんて、想像だにしていなかった」
「いや、それもそうだが、このゴーレムの数も恐ろしい。聞けば、どのゴーレムもたった一人で動かしているという話だぞ」
「そんな馬鹿なことがあるか。恐らく、そのタイキという人物が長であり、他の魔術師達を指揮しているのだろう」
「どちらにしても、遥か遠くにいるという魔術師がゴーレムを複数運用しているという事実が恐ろしい。もし、そんな人物が侵略に気を向けたら……」
エルフ達の声が聞こえたのか、メーアは耳をピクピクと動かした。ラントとシュネーも同様に何かしらの反応を示すと、僅かに眉根を寄せる。
三人の反応に気付かず、エルフ達はヒソヒソと小さな声でタイキへの畏怖を口にしていたが、トレーネが振り返るとその囁きは霞んで消えた。
エルフ達を見回し、トレーネは微笑混じりに口を開く。
「未知の存在は怖いでしょうね。でも、タイキ様はお優しい方ですよ?」
それだけ言って、トレーネはエルフ達から視線を外してメーアに向き直る。
「気を付けてね。タイキ様のゴーレムから離れないように」
「うん。行ってくるね」
二人がそんなやり取りをしていると、エルフ達は顔を見合わせて気まずい表情を見せた。
そして、一人の男のエルフが顔を上げてメーア達を見る。
「……恩人を相手に、失礼な物言いをした。どんな力を持っていようが、皆様は我々を解放してくれた大恩ある方々だ」
不器用な謝罪の言葉を述べるエルフに、他のエルフ達も神妙な面持ちとなる。
その様子を見て、メーアはフッと息を漏らすように笑った。
「……最後の一人、助けてくるね」
メーアがそう言い残すと、メーアとシュネーを乗せたロボット達は帝都へと飛んで行った。




