第一村人
【村人?】
崖の上に追い詰められた女は腰に差していた短剣を抜き、背後を振り返った。
視線の先には馬から降りた三人の騎士達。
剣を構えた騎士達は、少しずつ女に近付いていく。
「諦めて大人しく捕まれ!」
一人がそう怒鳴ると、女は剣を自らの首筋に押し当て、口を開いた。
「近付いたら死にます!」
女がそう叫ぶと、騎士達は顔を見合わせて笑う。
「死んだら死んだで構わない。貴様の死体を持って帰って裸にして吊るすだけだ」
騎士が嘲笑うように笑いながらそう言うと、女は眉根を寄せて肩を震わせた。
「こ、此処から落ちてしまえば、私の身体は海に帰ります!」
女が震えた声でそう言うと、騎士の一人が剣を下げて静かに語りかける。
「……大人しく捕まるなら、出来るだけの温情を頂けるように話をしてやろう。お前の話が本当なら、罪になんて問われる筈が無いだろう?」
優しい声音で言われたその言葉に、女は目に涙を滲ませて声を上げた。
「嘘! 嘘です! 私の話なんて誰も……!」
女が叫ぶと、それを聞いた騎士が歩み寄りながら首を傾げる。
「嘘なのか?」
騎士のその一言の問いは、女を硬直させた。情けなく歪む表情を見て、騎士達は少しずつ距離を詰めていく。
「う、嘘なんて……私は嘘なんて、吐いてない……」
嗚咽交じりに何か呟く女を睨み、騎士達はもう残り五メートルほどの距離にまで近付いていた。
正気に戻った女が顔を上げ、剣を持つ両手に力を込める。
「こ、来ないで……!」
刃先に血が滲み、女の首に赤い線が入った。
騎士達が腰を落として飛びかかろうとしたその瞬間、三人の騎士達は女の向こう側を見て動きを止めた。
「……な、なんだ、アレは……」
誰かがそう言った。
騎士達の呆然とした顔を見て、女は横顔を海に向けて後ろを見る。
「…………え?」
そんな声を上げて、女は目を丸くした。
海と空の境界を背に、巨大な何かが空を飛んで迫って来ていた。近付くにつれて、巨大な何かを目で追う女と騎士達は顔を上に向けていく。
「し、島が、飛んでる……」
騎士達は後ろに後退りながらそう口にした。馬がいななき、森へと逃げ出すと、森の方角からも鳥や獣の鳴き声が響き渡る。
「ほ、報告に戻る……!」
一番奥にいた騎士がそう叫んで逃げ出すと、もう一人も慌てて踵を返した。
「ず、狡いぞ!」
逃げ出した二人を見て舌打ちし、残った一人の騎士は腰に差した小さなナイフを手にする。
「……勿体無いが、殺しておくしかない!」
騎士は自分に言い聞かせるようにそう叫び、女に向かってナイフを放った。
騎士の声に反射的に振り向いた女の胸に向かってナイフが迫る。
「きゃ……!」
女の悲鳴と、ナイフが発した甲高い金属音が重なった。
「な、何!?」
騎士が驚愕の声を上げる中、ナイフをその身に受けて弾き飛ばした巨大な人影は、地面から数センチ浮いた状態からふわりと着地する。
騎士はその巨大な人影を見上げ、後方へ尻餅をついた。
「……アイアンゴーレム、か? だ、だが、見たことが無い形……」
騎士は慌てて立ち上がりながらそう言うと、剣を構える。
「ご、ゴーレム? ゴーレムが、空から……?」
女は完全に腰を抜かしたのか、その場にへたり込んでその人影を仰ぎ見た。
ゴーレムと呼ばれた人影は女を見下ろすように腰を曲げると、長い両腕を広げ、女の身体を抱きしめた。
「ひっ!? い、嫌……!」
息を飲み、両足をバタつかせて抵抗する女を抱えて上半身を起こし、ゴーレムは上を向く。
上空には巨大な島が静かに浮いていた。
「こ、このアイアンゴーレム如きが……!」
騎士が怒声をあげながらゴーレムの背に斬りかかるが、剣が触れた瞬間、刀身が半ばからへし折れて刃先が地面に刺さった。
「ば、馬鹿な……」
目を剥いて驚愕し、折れた剣を見る騎士。
その目の前で、ゴーレムはまるで風船のように軽く空へと浮かび上がり始める。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!? 嫌!」
恐怖に泣き叫ぶ女を抱え、ゴーレムはふわふわと空へと飛んで行く。
騎士は目も口も丸く開け、その光景をただ眺めていることしか出来なかった。
【天空の城】
スクリーンを眺めていた俺は、救出された女性の姿を確認してホッと胸を撫で下ろす。
「いやぁ、危なかった。危機一髪。ブルースも真っ青だわ」
俺はそう呟き、椅子の背もたれに体重を預けた。
ロボットへの指示が口頭で出来るのは嬉しい誤算だったが、かなりギリギリだった。
タッチパネルの画面に触れ、ロボットA1の項目を押す。
「とりあえず、その調子でゆっくりと城の前に降ろしてくれ。くれぐれも怪我はさせないようにな」
そう言うと、画面に俺の出した指示が青い色の文字で表示され、白い色に変わる。
どうやら受理されたらしい。
画面の中からロボットと女性の姿が消えたので、カメラを城外東西南北全てを押した。
四方のスクリーンに各方角の映像が映し出され、俺はキョロキョロと落ち着きなくスクリーンを見て回る。
「真下だったからな。どこから上がって来るかな?」
そんなことを呟いて暫く眺めていると、ようやく南の庭園の方にロボットの姿が映った。
ゆったりと空を飛ぶロボットに抱かれ、女性はぐったりと身動き一つしない。
「ち、力加減とか出来るんだよ、ね……?」
俺は不安になりながらロボットの飛行を眺め、エレベーターを振り返った。
もし死んでたらどうしよう。
嫌な想像に身体を震わし、俺はエレベーターに乗り込んだ。
ロボットの目から破壊光線は出ません。
手が翼になって飛んだりもしません。