アイファの実力
「嫌ですよ。争いごとは好きじゃないですから」
危ない人に絡まれた一般人のような気持ちでそう言うと、アイファの長い髪が揺れた。
「力づくでという手もある」
「ありませんよ、そんな手は」
思い切り顔を顰めて言い返すと、ヴィオレットが呆れたような顔をアイファに向ける。
「……どうしたのですか、アイファ。いつになく強引な気がします。強行手段に出るにしても、流石にこの状況は不利に……」
ヴィオレットはここにきて初めて表情を曇らせたが、アイファは片手を上げて言葉を止めた。
「これは私の我儘だ。ヴィオレット将軍には迷惑はかけない。それに、私も殺し合いを望んでいるわけでは無い。どちらかが負けを認めればそこで終わりだ」
言いながら、アイファの視線は縫い付けたように俺から離れなかった。
これは絶対に引かないだろうな。
目を見て、何となくそう思った。
俺は細く長い溜め息を吐き、頷く。
「……わかりました。やりましょう」
承諾すると、皆の目が見開かれた。
「タイキ様が、魔術で勝負!?」
「お、おぉ……! ついにその力の一部が見られるのか……!」
驚愕するエイラやユーリ、ディツェンらに対し、アイファとヴィオレットは硬い表情でこちらを睨んでいる。
その二人を真正面から見据え、俺は人差し指を立てた。
「ただし、まずはこちらの先鋒と戦ってもらいます。見事勝利したなら、その時は俺も本気を出すとしましょう」
そう告げると、アイファは静かに頷く。
「……この国でも上位の魔術師か。望むところだ」
やる気を見せるアイファに、俺は軽く首を左右に振った。
「いや、A1という名の、俺の一番の友達ですよ」
外に出て、北の温水プールに皆で移動する。広いプールならば障害物は少ないし、炎を使われても周囲に燃えるものは存在しない。
横長の階段状に広がる温水プールは段と段の境にそれぞれ広めの通路がある。その通路の真ん中にアイファとA1が並び立っていた。
俺たちはそれを最上段から眺めている。周りに立つ他のロボット達に警戒しながら、ヴィオレットは眉根を寄せてこちらを見た。
「……私達をそこにいる皇国の魔術師らと一緒に考えているのなら、それは甘い考えと言わざるを得ませんねぇ。ゴーレムは戦争では確かに千人の兵にも匹敵するでしょう。しかし、一流の魔術師を相手にするならば話は別です。平地や攻城戦で無類の強さを発揮するゴーレムも、素早く動きながら強力な攻撃手段を持つ魔術師とは相性が悪いのです」
ヴィオレットの解説に、エイラが険しい顔を見せる。
「そんなこと、大魔導士であるタイキ様は百も承知です。そちらこそタイキ様のゴーレムをその辺りのゴーレムと同じように考えているなら後悔することになりますよ?」
そう言ってそっぽを向くエイラを、ヴィオレットは憎々しげに睨み据えた。そんな二人のやりとりに、ユーリとディツェンは怯えながら密談する。
「何かピリピリした空気を感じますね」
「し、静かにしておきましょう。我々は無関係ですから……それよりも、帝国の宮廷魔術師とタイキ様のゴーレムの戦いのほうが気になります」
と、やいやいと野次馬が喋る中、俺は咳払いを一つして口を開いた。
「さて、それではそろそろ始めようかと思いますが、立ち位置はそこで大丈夫ですか? もっと離れた方が有利かと思いますが」
A1とアイファは三メートルほどの距離を置いて向き合っていた。その為、遠距離攻撃が可能なアイファにそう提案したのだが、アイファは表情一つ変えずに否定する。
「問題ない」
どうやらこのままで良いらしい。下手にこれ以上言うと自尊心を傷つけてしまいそうだし、仕方がないか。
せめて、アイファが瞬殺されないことを祈るばかりである。
そんなことを考えながら、俺は片手を上げ、下ろした。
「それでは……始め!」
合図を発した瞬間、アイファが素早く動いた。地を蹴って空高く舞い上がる姿に、思わず感嘆の声が漏れる。
「おぉ……飛び過ぎでしょ」
棒高跳びでもここまで高くは跳べないだろうという高さまで舞い上がったアイファに、表情には出さないようにしたが内心かなり驚いていた。
しかし、ディツェンやユーリはそこまででも無かったらしい。
「おぉ、いつの間に飛翔魔術を……」
「魔術の発動が自然でしたね。まさに、呼吸をするように魔術を使われています」
二人のそんな感想を聞き、納得する。やはりただのジャンプじゃなかったか。魔術師だもんな。
「背は高くとも鈍重なゴーレムは空から潰す。定石でしょう?」
勝ち誇った顔のヴィオレットがそう言った。
それに対し、俺は素朴な疑問を口にする。
「空だから有利というのは理解が出来ませんが……」
質問すると、ヴィオレットは呆れ顔で前方を指差した。
「見て分からないのですか。それで大魔導士など大それた肩書きを名乗るとは……ゴーレムは空を飛べない。常識でしょう?」
「……えっと、ヴィオレットさんはどうやってこの国に来たか、覚えてませんか?」
そう聞き返すと、ヴィオレットはたっぷり一秒か二秒は固まった。
そして、アイファに勢い良く顔を向ける。
「アイファ! そのゴーレムは空を飛びます!」
そんな今更なアドバイスに、空に浮かんだまま何かしらの詠唱を終えたアイファが小さく答えた。
「知っている」
アイファがそう呟いた瞬間、両手に小さな炎の球が浮かび上がる。
暗い紫色の炎が火の粉を散らしながら揺れた。
見上げるA1を確認するように見返し、アイファは腕を振り下ろす。二つの炎は短く紫色の帯を残して飛来し、異なる軌道を描いてA1に向かった。
矢のような速度で飛ぶ炎の球は、A1に当たる前に破裂し、更に細かな炎の破片となって広がった。
瞬く間に数十にもなる炎の破片がA1に迫ったが、A1は動かなかった。
僅かにA1の上半身が霞んだように見えた次の瞬間、炎の破片はそれぞれ更に細かな火の粉となって散ってしまう。
水面に落下した火の粉が小さくくぐもった爆発音を連続して響かせる中、A1はゆっくりと空に浮かび上がり始めた。
大量の水蒸気による靄に、A1の巨大な影が映し出される。
「ふっ」
鋭く息を吐くような声と共に、アイファは空中を素早く移動していった。そして、弧を描くように飛翔したアイファは何かしらの詠唱を終え、次の魔術を展開する。
小さくモゴモゴと口を動かすと、A1の周囲を覆い隠している水蒸気が瞬く間に凝固し、プールの水が一瞬で巨大な氷柱へと変化した。
まるで肉食獣の牙のように凶悪な形状の氷柱が十数本、A1を貫かんと出現する。
だが、その氷柱は全て無数の破片となって散り、それを見たアイファは片方の眉を上げた。
一拍の間が空いた後、まだ濃くなった靄を振り払い、A1が飛び出す。これまでの動きが嘘のような速さで空に浮かぶアイファへと迫るA1に、アイファは舌打ちをして左右にジグザグと動きながら炎や氷の魔術を放つ。
素早い動きで逃げながら無数の魔術を展開するアイファに対し、まるでトレースしたように後を追うA1。恐るべきは全ての魔術を両腕で破壊していることである。
大気を伝い身体に響く衝撃が連続して鳴り響き、炎や氷が派手に弾けて消える。空で花火によるショーでもあっているかのような光景だ。
「おぉー、綺麗だねぇ」
笑いながら感想を述べ、エイラを振り返る。
すると、エイラだけでなくヴィオレットやディツェンも俺を見ていた。ユーリだけは笑いながら「本当ですね」なんて言っているが、他の三名は信じられないモノを見るような目をこちらに向けている。
やはり、A1の戦いぶりはゴーレムの常識を破壊してしまっているのだろう。
まぁ、天使からの贈り物なので想定内だが。
逆に、その神話級の兵器と短時間でも戦えているアイファが異常と思う。
と、そんなことを考えている内に、アイファはA1に追いつかれてしまい、ハエ叩きのような形で温水プールへとはたき落とされた。
「それまで! A1ストップ!」
俺が慌てて声を掛けるとA1は空の上で直立し、プールに浮かぶアイファを見下ろしたまま動かなくなった。
ピクリとも動かずに水面に浮かぶアイファに、自然と額から冷や汗が流れたのだった。




