帝国の意思は?
城に入ったりエレベーターに乗ったりする度に辺りを警戒する帝国の二人に対し、既に我が城に慣れたディツェンは景色を楽しむ余裕があった。
四階に着くや否や、窓の方へ歩きだして歓声を上げる。
「雲一つない青空と美しい空飛ぶ島! 夢にまで見た天空の国に、私は帰ってきた!」
両手を広げてそう叫び、高笑いを始めたディツェンに、椅子に座って待機していたユーリが優しげに微笑んだ。
「ディツェン様、落ち着いてくださいね?」
「うぉ!? ユーリ殿下!?」
「広間の真ん中にいましたのに、今私に気付かれたのですね。それにしても、私はヤヌアル兄様に手紙を出した筈なのですが……」
ユーリがそう呟くと、ディツェンは神妙な顔で頷いた。
「それが……どうも問題が生じたらしく……ヤヌアル殿下は泣く泣く城に残られました。その際、私に代役として頼む、と……」
ディツェンがそう答えると、ユーリは眉をハの字にして口元に手を添える。
「まぁ……ヤヌアル兄様がそんな真面目なことを?」
心底驚いた様子のユーリにディツェンの目が泳ぐ。明らかに怪しい態度だったが、ユーリは気が付かなかったらしい。十人はゆっくり座れる丸いテーブルの奥で物憂げに息を吐いている。
そんな二人を見据え、アイファとヴィオレットは窓へと向かって歩いた。窓から外を眺めると、ヴィオレットが怪訝な顔で口を開く。
「……思ったより広い島ですが、人の姿が全く見えませんね」
「やはり、我々を警戒して外に出ないよう厳命しているのだろう。あれだけ手入れの行き届いた庭園だ。少なくない人が必要に違いない」
と、何やら深読みする二人の背中を見て苦笑し、俺はユーリのいるテーブルを指し示した。
「さ、どうぞ皆さん。空の旅でお疲れでしょうから一先ず椅子に座って下さい」
そう告げると、アイファとヴィオレットは顔を見合わせて頷き、ユーリと向かい合うように椅子に座した。ディツェンはユーリの隣に座る。
テーブルは丸い為、必然的に俺は両者の間に座るような形となった。ちなみに、俺の周囲を守らせているロボット達は自分の左右に二体、テーブルを囲むように六体配置している。残りはエレベーターとユーリ、メーアの隣だ。
そして、A1は広間の柱の裏に隠れているエイラの護衛である。
せっかく華やかな広間が少々重苦しい雰囲気になってしまったが、安全の為と思えば仕方がない。
全員が席につくと、示し合わせたようにメーアとトレーネが配膳台を押し、一人一人に紅茶の入ったティーカップを並べていく。
トレーネがユーリにその辺りの所作を習ったらしく、ティーカップを並べるだけなのに二人とも何処か優雅な動きになっていた。
「あ、いただきます!」
ディツェンが一番乗りでカップに手をつけると、ユーリもこちらに一礼してカップを手に取った。
「うん、美味しい」
「美味しいですね、本当に」
紅茶を口にした二人がそう感想を述べると、アイファとヴィオレットもカップを手にして口に運んだ。
毒などの心配はしていないようである。
まぁ、他国の使者を用件も聞かずに毒殺するなんて馬鹿なことはしないけれども。
そんなことを考えながら、俺は顔に笑みを貼り付けてアイファ達を見た。
「さて、早速本題に入って申し訳ないのですが、アイファさん達はこの国を調べに来たと聞きました。なので、その先について聞かせて下さい」
曖昧な言い方で尋ねると、ヴィオレットが薄く笑みを浮かべた。
「……この国を調べた後で、帝国はどんな対応をとるのか知りたい、と? 空の上にいても、帝国の力は無視出来ないということでしょうか」
ぞくりとする妖艶な笑みを浮かべるヴィオレットに、アイファが深く溜め息を吐いて口を開く。
「牽制など不要だ、ヴィオレット将軍。はっきり言って、この国が帝国を相手にしなければ我々には手出しする術もない」
「あ、アイファ……! 貴方……!?」
アイファの正直過ぎる台詞にヴィオレットは血相を変えて立ち上がった。反論しようとするが、アイファはそれをひと睨みで黙らせる。
そして、静かに口を開いた。
「……正直に言わせていただくが、帝国……いや、皇帝はこの国を奪い取ろうとしている。これまでも自分の欲しい物は必ず手にしてきた強欲な男だ。どんな国か見聞きしただけで引き退るはずがない」
「ちょ、ちょっとアイファ……」
戸惑うヴィオレット。怒るというよりは驚いたという色の方が強そうだ。アイファの言葉はあまりにも批判的な内容だったが、それに対して怒っている訳では無いらしい。
アイファはヴィオレットを一瞥すると、首を軽く左右に振った。
「隠しても仕方がない話だ。アツール王国と同盟を結んだという話が本当ならすぐに噂を耳にするだろう」
そう言われ、成る程と頷く。
「アツール王国とは確かに同盟を結んでいますよ。皇帝には、是非ともアツール王国と平和的な関係を築いてもらいたいのですが……皇帝がアツール王国を欲しいと思っているなら説得は難しいのかな?」
苦笑交じりにそう言うと、アイファは眉間に皺を寄せた。
「いや……皇帝は既にアツール王国への興味を失っている。皇帝の狙いはこの天空の国一つだろう。もし他の国に攻め込むことがあるとしたら、それはこの国を奪う為に必要だからだ」
そう断言するアイファに、俺は思わず唸って背もたれに体を預ける。
思ったよりも皇帝は厄介な人物のようだ。まぁ、見る限りご年配のようだったから空の旅を楽しんでいる内に皇帝は代替わりする可能性もあるが。
「今もっとも勢いに乗っている帝国の街並みとかも見てみたかったけど、近付いたら挑発になってしまいそうですね。下手に刺激してアツール王国にまた攻め込むなんて話になっても嫌ですし」
暫くは帝国に近付かないのが無難か。
そう口にすると、ユーリが首を傾げる。
「同盟国を攻めて、天空の国を誘き出すということですか? しかし、いくらブラウ帝国でも天空の国と戦うことなどするでしょうか。相手は空の上にいるというのに」
そんな至極当たり前な疑問に、ヴィオレットは鼻を鳴らして口の端を上げた。
「陛下を甘く見ないほうが良いでしょうねぇ。この国を諦めるくらいなら、アツール王国も帝国の属国も、そして帝国自体すら滅ぼすことも厭わないでしょう」
ヴィオレットはそう言って何故か愉悦を噛みしめるように笑った。なんと性格の悪い将軍とタチの悪い皇帝だろうか。
俺は眉根を寄せてヴィオレットの笑みを眺め、ふとアイファに視線を移した。
「……もしかして、皇帝からは二人で島を制圧するように命令されたりしてます?」
そう尋ねると、アイファは無言で目を閉じ、ティーカップを手にした。
答えなかったがどうやら正解のようである。
小国であったとしても、たった二人で奪い取るなんて、地球ならば考えられないことである。しかし、個人が強大な力を持つことがあり得るこの世界ならば、もしかしたらそれも可能なのかもしれない。
しかし、同盟国が戦争をしていた相手国とはいえ、使者として現れた人物を邪険にするのも野蛮である。
この城にまで招いた以上、きちんとそれなりの応待をするとしよう。
そう決めた俺は、トレーネとメーアに顔を向けた。
「すみません。食事の用意をお願いします」
「えっ!?」
俺の言葉にメーアが思わず大きな声を上げる。その表情に笑い、言葉を続けた。
「あ、お酒もお願いします」
「え、あ、は、はい……それでは、すぐにお持ち致します」
混乱しながらもメーアは丁寧に一礼し、トレーネと一緒にエレベーターへと戻っていった。
まぁ、混乱するだろうな。
そう思いながら振り返ると、アイファとヴィオレットも奇妙な物を見るような目でこちらを見ていた。
「……まさに今この瞬間戦争が始まるかもしれない。そうは思わないのか」
アイファがそう言うと、俺が答える前にヴィオレットが頷き、口を開く。
「狂気の沙汰としか思えませんねぇ……暗殺者かもしれない相手と食事を共にする気ですか」
そんなことを言う二人に、俺は明るく笑って頷いた。
「お二人は帝国の使者でしょう? たとえ皇帝から宣戦布告して来いと言われているとしても、実際に宣戦布告を受けるまではお客様として扱いましょう。なので、もし戦争になるとしても美味しい食事を食べてからにしませんか? 食べないと後悔するくらい美味しいですよ?」
そう告げると、二人は唖然とした顔で固まった。
どうやら、この世界に戦時国際法は無いらしい。当たり前か。




