ディツェンの感動
「分かるか、ヤヌアル」
「せめて殿を付けろ、ディツェン。幼き頃より知っているからとはいえ、誰かに聞かれたら処罰せねばならんぞ」
「いいから聞いてくれ、ヤヌアル様この野郎」
興奮した様子で暴言を吐くディツェンに顔を顰め、ヤヌアルはフワフワとしたシフォンケーキを口にした。
「む……やはり美味い。なんなのだ、この食感は」
「美味しいですねぇ、ヤヌアル兄様」
二人は生クリームの乗ったシフォンケーキを口に含んでは感嘆の息を吐き、同じ感想を口にする。
そんな二人を見てディツェンはテーブルの上を手のひらで叩きながら文句を言う。
「確かにこれも凄いけど! それよりそこのゴーレムとか! いや、これも目玉が飛び出るほど美味しいけど!」
「うむ、美味いな。僕としてはゴーレムよりもこの甘いパンが衝撃だったのだが」
「そうですね。食事を食べればその国がどれだけ発展しているか分かりますよ?」
ヤヌアルとユーリに反論され、ディツェンは口を尖らせた。
「そんなものはゴーレムを見たら分かるだろうに」
ディツェンがそう言うと、ヤヌアルは鼻で笑って目を細める。
「ふん。ゴーレムやこの城で分かるのは技術力、食事や生活風景で分かるのは文化度だ。優れた文化を形成した国は衣食住などの基本的な部分が高い水準となる」
「いやいやいや! そんなのはどうせ他国だからそのまま真似なんて出来ないことが殆どだよ! それよりも、この空飛ぶゴーレム! なんでゴーレムが飛ぶの!?」
二人が論争を始めると、ユーリは静かにティーカップを口に運び、中の液体を口に含んで味わった。
そして、ホッと息を吐く。
「あぁ、美味しい。こんな美味しいお茶の前で争う人々の気持ちが分かりませんねぇ。美味しいお茶に失礼じゃありませんか」
ユーリがボソリとそう呟くと、二人は動きを止めて睨み合った。無言で椅子に座りなおす二人にユーリがにっこりと微笑む。
三人の力関係が微妙に透けて見えたところで、俺は口を開いた。
「それでは、もし時間が許すのでしたら今日はこの城を案内したいと思います。もちろん、お忙しい身の上なのは承知していますので、早めに帰ると言われるなら……」
「何日でも滞在するぞ」
「永住させてください!」
ヤヌアルとディツェンが同時に声を発した。
君達、皇国の要人ではないのかね。
そんなことを思いながらメーアと顔を見合わせて苦笑していると、ユーリが口を開いた。
「ヤヌアル兄様? 明日は大兄様が城へ来るというお話では?」
不思議そうに首を傾げるユーリに、ヤヌアルは短く息を吐くように笑った。
「兄上の顔などもう何度も見たわ! この空飛ぶ島とどっちが珍しい!?」
そんなヤヌアルの言葉に、ユーリは目を丸くする。
「まぁ、本当ですね。大兄様には何度も会ったことがありますし、今回のご訪問は無かったことに……」
ユーリがそう言うと、ヤヌアルとディツェンは揃って頷いた。
え? 家族とはいえ王を相手にそんなノリで良いの?
俺は意外なほど緩い皇国の文化に衝撃を受けて目を瞬かせたのだった。
食事を終え、まずは一階の両側に並ぶ扉から塔に向かい、塔の頂上へと案内する。
塔の上から城の上部や島の眺め、更にどこまでも広がる大空を見せた。
「なんと雄大な……」
「素晴らしい景色ですね。空の色も下から見るのとは全く違うようです」
二人は静かに景色を楽しみ、ディツェンはソワソワしながら歩き回っていた。
そんなディツェンを視界に入れずに、ヤヌアルが口を開く。
「いや、本当に素晴らしい景色だ。ここで是非先程の茶を飲みたいな。夕焼けの中で酒を嗜むのも良い」
「まぁ、素敵。その時は私も是非ご一緒致します」
そう言って景色をゆったりと眺める二人にエイラは好感を持ったのか、嬉しそうに微笑みながら頷いた。
「私も大好きです。時折、タイキ様に連れてきてもらって一緒にお茶を飲む機会を設けてもらっていますが、本当に最高の時間を過ごすことが出来ますよ」
「おお、やはりそうか。この景色を眺めての一時は贅沢な時間だろう」
「私もこちらに住みたくなりました。地上にはお兄様だけ帰っていただきましょうか?」
「なんだと? はっはっは、私も此処にずっと居たくなったのだ。ユーリこそ下に送ってもらうとしようか」
じゃれ合うように笑い合い、王族の二名が優雅に談笑する中、挙動不審気味になってきたディツェンがこちらに歩み寄ってきた。
「た、タイキ様。そろそろ次の場所も見てみたいなぁ、なんて……」
「ああ、これは申し訳ありません。それでは、そろそろ次の場所へ行きましょうか」
そう答えると、ディツェンの顔にまるで花が咲いたように華やかな笑顔が浮かんだ。
それを嫌そうに見て、ヤヌアルが横から口を出す。
「ゆとりが無さすぎるぞ、ディツェン。今日はこの塔の景色を知れたことで充分楽しめた。ゆっくりとここで景色を堪能し、また明日になって次の場所を案内してもらおうではないか」
「明日!?」
ヤヌアルのゆとりがあり過ぎる言葉に、ディツェンの華やかな笑顔が一瞬で崩れ去った。
泣きそうな顔でこちらを見つめるディツェンに思わず吹き出しながら、俺は口を開く。
「いや、確かにディツェン殿の言う通り、時間は有限でしょう。まずはざっと案内をしてしまい、それから一つずつ楽しんでみては如何です?」
そう告げると、ヤヌアルはディツェンをゴミを見るような目で見た。
「ほら見ろ、ディツェン。タイキ殿に気を遣わせてしまった。タイキ殿の落ち着きぶりを見れば、本当は塔の上で一日を過ごしたかったと分かるだろうに」
ヤヌアルはそう言うと、こちらを見てまた口を開く。
「我が国の術師は殆どがこのような粗忽者でな。すまなく思う」
そう言って笑うヤヌアルに、曖昧な笑みを返しておく。
いや、俺も塔の上で一日中は嫌ですよ。
次回、ディツェン失神




