噂のドローン
【フリーダー皇国】
東の城に黒い物体が襲来して一週間、既に謎の黒い飛行物体の噂は住民の間で周知のものとなっていた。
破竹の勢いで勢力を伸ばすブラウ帝国ですら攻めるのを躊躇う強国、フリーダー皇国。事実がどうであれその自負があるからこそ、新型のゴーレムという話も出ているドローンに対して誰もが興味を持ってはいても、大きな危機感までは持っていない。
だが、そんな謎の飛行物体だが、あまりにも頻繁に訪れ過ぎた為、住民の持つ多少の危機感すらも消滅の危機にあった。
そして、いつものようにドローンが空から舞い降りると、それを合図に十人近くの兵士達とターバンを巻いた黒い衣装の男が駆け付けて来る。
「今日も来やがった」
「あぁ、また一日中コイツの監視か……」
一週間の間にやる気の多くを失った兵士達がボヤく中、黒い衣装の男だけがフワフワと空中に浮かんで黒い物体を観察する。
「うぅむ、不思議だ。四つある羽根のような物で飛んでるんだろうが、羽根っぽくない動きなんだよなぁ」
黒い物体と黒い衣装の男が仲良く空を飛んでいると、地上ではそれを追いかける子供達の姿があった。
「今日は城壁に行くみたい!」
「先に着いた人が勝ちね!」
謎の飛行物体を遊び道具と決めた子供達は楽しそうに走り回り、その様子を大半の大人達が微笑ましく眺めている。
危機感を持つ住民や兵もいるにはいたが、その緩い雰囲気の中ではあまり長く警戒を訴えかけることは出来なかった。
ドローンを間近で観察し続ける術師とて、最初の二日間だけは様々なアプローチを試していたが、やがて諦めた。
やる事といえば木の棒を手にして、ドローンの周囲を守る半透明な球体を突っついたりする程度である。
「……不思議だ。意思があるような動きをするのに、どう見ても生物では無い。やはり、新手のゴーレムなのだろうか」
頭を大きく捻りながら唸る術師。
と、そこへやけに豪華絢爛な馬車が二台向かって来た。その周りには馬に乗った兵達の姿もある。
「止まれぃ!」
先頭のマントを付けた騎兵が号令を発し、馬車や馬が足を止めた。
その光景に、周囲にいた住民達も慌てて地面に両膝をついて頭を下げ、ドローンを監視していた兵達も地べたに片膝を立てて座る。
瞬く間に場に静寂が訪れると、止まった馬車の戸を兵の一人がゆっくりと開けた。すると、一人を除いた皆が一様に視線を地面に向ける。
「皇弟殿下の御前である! 頭を下げよ!」
馬から降りた騎兵が声を上げると、馬車の中から一人の男が姿を見せた。
はっきりとした目鼻立ちの二十代ほどの男だ。布を巻き付けたような形状の帽子からは黒い髪が覗いている。濃い橙色の衣装と汚れ一つない白い革の靴が派手な印象を与えている。
男は馬車から降りると空に顔を向け、フワフワと浮かぶドローンに気が付いた。
「へぇ! あれが空飛ぶ小型ゴーレムか!」
男は感嘆の声を上げ、そのドローンの背後に浮かぶ別の黒い人影を発見した。
「ディツェン!」
男がそう言うと、ドローンの背後に浮かぶ術師が片手をヒラヒラと振る。術師のつれない態度に男は不機嫌そうに眉根を寄せて腕を組んだ。
「ディツェン! 狡いぞ! 僕は空を飛べないんだ! 僕にも間近でそれを見せてくれ!」
子供のような内容の怒鳴り声だったが、その言葉を聞いた兵士の一人が慌ててディツェンと呼ばれた術師の男を見上げた。
「じゅ、術師殿!」
二人から呼ばれたディツェンは、面倒臭そうに目を細めて地上を見下ろし、溜め息を吐く。
「殿下……そのような危険なことをしてはなりません……こんな得体の知れない存在に近付くのは命を捨てるようなもの……故に、犠牲になるなら私一人で……」
「嘘を吐け! 一週間もそうやっていると聞いたぞ!? 独り占めしたいだけだろう!?」
「いえ、単純に二人分の飛行術は疲れるだけです」
「なんという男だ! この無礼者め!」
ディツェンの正直過ぎる言い分に男は呆れたような顔を浮かべた。
だが、すぐに表情を変えて破顔する。
「おお、良いことを思い付いた! 僕を背負って飛べば良いんじゃないか!? そうすれば一人分の飛行術で良い! 我ながら素晴らしい案ではないか?」
男が上機嫌でそう言うと、ディツェンは難しい顔で首を左右に振った。
「ダメです」
「何でだ!」
一言で切って捨てられ、男は愕然と叫ぶ。それを見下ろし、ディツェンは舌打ちをした。
「舌打ちをしたな、貴様!?」
「いえ、滅相も無い」
「くそ、空を飛んでるからと強気になっているな……ん、そうだ!」
男はそう言って奥に並ぶ馬車を振り返る。
「ユーリ!」
男が名を呼ぶと、奥の馬車の戸が開かれ、中から黒く長い髪の女が現れた。縦に繊細な刺繍の施された朱色の衣装を着ていて、腰には帯が巻かれている。女性らしい身体つきがハッキリと服越しにも分かるようなプロポーションの美女だが、その表情はおっとりとした雰囲気だった。
「何か用ごとですか、ヤヌアル兄様?」
ユーリと呼ばれた女は優しげな声音でそう呟く。その柔らかな雰囲気と色気の漂う見た目に、頭を下げた格好の周囲の兵や住民達も下から覗くようにユーリを盗み見ていた。
何故か、ドローンすら動きを止めている。
「ユーリ。僕をあそこに飛ばしてくれ。間近で見たい」
ヤヌアルがそう答えると、ユーリは指し示された方向を眺めた。
「あの黒い物のところですね? あら、あんなところにディツェン様が……同じ黒っぽい色で気付きませんでした。ディツェン様、ご機嫌いかがですか?」
のんびりとした様子のユーリに、ヤヌアルは仏頂面で鼻を鳴らす。
「ふん。あんな無礼者は無視しろ。後でスネを蹴ってやる。ほら、それよりも僕を空に」
「まぁ、スネを蹴るだなんて酷いことを……あ、飛びたいとご所望でしたね。それでは、失礼致します」
マイペースなユーリはそう言ってから目を瞑った。小さく口の中で何か呟き、目を開く。
「はい、お飛び下さい」
「お、お……」
気の抜けた合図と共に、ヤヌアルは空に浮かび上がった。
ただし、ユーリの緩い雰囲気とは真逆に、空を舞うヤヌアルは弾丸のような速度でドローンの周囲を飛んだ。
「む、むむむ……! ど、どうだ、ディツェン! 僕の妹は凄いだろう!?」
グルグルとドローンと自分の周囲を飛び回るヤヌアルに、ディツェンは半眼で溜め息を吐いた。
「……天然ボケ兄妹め」
【タイキ】
スクリーンに映し出された映像に、俺とエイラ、そして偶々お掃除に来ていたメーアが呆然と動きを止める。
「……フリーダー皇国って変わった国なんだね」
感想を述べると、メーアが小刻みに頷く。
「変」
一言でそう評したメーアに苦笑していると、エイラは困惑したように首を傾げた。
「……フリーダー皇国とはあまり関わって来なかったので詳細は知りませんでしたが、関わらなくて正解だったかもしれませんね」
エイラから予想外の毒舌が飛び出し、メーアが目を丸くして顔を向けている。
スクリーンの中でどんどん顔色を青くしていく黒髪の男を眺めながら、俺は浅く顎を引く。
「平和な国なのは間違い無さそうだね。特に、この兄妹とは話をしてみたいな」
そう呟くと、エイラとメーアの目が細くなった。
「女性らしい身体の方でしたね」
「おっぱいが大きかった」
どうやら大変な誤解を与えてしまったらしい。
俺は冷や汗を流しながらA1に助けを求めた。だが、A1はこっちを見ようともしなかった。
次回、天然ボケ兄妹が天空の城を知る!?




