天空の王は旅に出る
幹の太い樹木に挟まれるように立ち、どこまでも広がる青空を眺める。
緩やかな風が頬を撫でていき、身体を伸ばして声をあげた。
「……今日は良い風が吹くねぇ」
そう口にすると、エイラが手櫛で髪を整えながら頷く。
「はい。気持ちが良いです」
返事をするエイラの美しい赤い髪が風に吹かれて揺れた。今日のエイラはいつもの茶色の地味な服では無く、自ら光を放っているかのような見事な白いドレスを着ている。
まさに王女様のような姿に、正直何度も見惚れてしまっていた。
いや、本当のお姫様なら似合うのも当然だろうか。なにせ、A1もSPのように斜め後ろに立って見守っている。
いや、別に良いけど、お前は俺の後ろに立つのが当たり前じゃなかろうか。
そんなことを考えながらエイラとA1を見比べていると、背後から抗議の声が聞こえてきた。
「……お母さん、タイキ様がまたエイラ様を見てる」
「うーん、困ったわねぇ……何とか側室にメーアとシュネーが入れると良いけど」
「私も!?」
「いき遅れたシュネーには荷が重……ぐはっ」
「ラントだって独身だろうが」
賑やかな声とその内容に苦笑しながら振り返り、トレーネ達に目を向ける。
今日はトレーネ達も普段と違い、肌の露出が多い踊り子のような衣装を着ている。青系の髪に合わせたのか、水色や薄い青紫などの色を選んでいるようだ。一見すると踊り子というか、ベリーダンスっぽい見た目である。
全て昨日の行商人さんから仕入れた品々だが、確かに自慢するだけあって個性的で面白い物が多かった。猫獣人の感性に合っていたのか、トレーネ達はすぐさま今の衣装を手に取った。
服を着てクルクルと回るメーアはとても愛らしい。
そんなことを思いながらメーアを見ると、あちらも少し照れた様子でこちらを見ていた。尻尾は不安そうに下の方で揺れている。俺の顔が向いたことで緊張したのか、何故かシュネーも似たような態度で固まってしまった。
「メーアちゃんもシュネーさんも可愛いですよ」
そう言うと、メーアは嬉しそうに目を細め、シュネーは奇声を上げて仰け反った。
「か、可愛いだなんて、そんな……!?」
手をバタバタと動かしているが、尻尾はメーアと同じように大きく揺れている。凜とした雰囲気のシュネーだが、もしかしたら意外と可愛らしい性格なのかもしれない。
ふりふりと揺れる尻尾を眺めながら、俺は口を開く。
「王国と帝国の戦争を止めた謎の大国、か。住んでる人は王様を除くと五人しかいないんだけど」
そう言うと、トレーネ達は困ったように笑った。エイラまで苦笑している。ちなみに、エイラのドレスは俺が気に入って勧めてみた。王都での流行りよりかなり地味らしいが、個人的には好みである。
そんな美しいドレスを着たエイラがどこまでも広がる大空を眺め、口を開く。
「……それで、どちらへ向かっているのですか?」
エイラがそう言いながらこちらを振り返ると、つられてメーアも顔を向けてきた。
「何処に行くんですか?」
キラキラした目でこちらを見てくるメーア。初めてのお出かけを期待する子供のようだ。
「フリーダー皇国って国を見てみたいなと思って」
「フリーダー皇国?」
俺の言葉にメーアが首を傾げる。すると、俺が答える前にエイラが口を開いた。
「帝国と王国の隣の国ですね。最南端はアツール王国とフリーダー皇国が並んで支配していますから、ある意味ではアツール王国と国力も立場も似た状況の国といったところでしょうか」
エイラは王族らしい考え方で、国としての立ち位置を話して説明していたが、一般庶民の俺としてはもっと別の部分に興味がある。
街並みや、文化、珍しい食べ物などだ。ぶっちゃけ、海外旅行気分以上のものは無い。
アツール王国やブラウ帝国は中世ヨーロッパの雰囲気があった気がするが、やはりフリーダー皇国も同じだろうか。
「どうせなら街並みを歩いてみたいよね」
異国の情緒を肌で感じてみたい。
そんな軽い気持ちで口にした言葉だったが、メーアの奥にいたラントとシュネーの目が鈍く光った。
「お任せください。我々がタイキ様の身を守ります」
「お伴します」
ヤル気に満ち溢れた二人を眺め、笑って首を左右に振る。
「いやいや、冗談ですよ。お気遣い、ありがとうございます」
まぁ、ある意味ではお尋ね者のエイラもいることだし、もっと遠くの国へ行った時にはお願いしてみようか。
そんなことを考えて遠慮したのだが、ラントとシュネーは何故か残念そうである。
「それじゃ、今はどの辺りか確認に行こうかな。夕食も近いし、皆さんもお城に行きますか?」
俺は取り繕うようにそう口にした。
城の五階にある操作室には、トレーネ達はまだ一度しか来ていない為、皆まだ興味津々といった様子で周りを見回している。
スクリーンには広大な森と、こちらに近付いてくるように高く聳える山が映っていた。
「やっぱり、あの山は大きいねぇ」
そう口にすると、隣でエイラが頷く。
「リーラブラス山脈は南部で最大の山ですからね。北部にあるツヴァンツィヒ山脈とどちらが世界一大きいのかと良く比べられています」
「あれ? 初耳。そんな山があるの?」
「はい。どちらも天にまで届く山脈ですから、優劣がつけられなくて」
「へぇ。凄いねぇ」
地球のエベレストみたいな感じだろうか。山登りする人とかあんまりいないのかな。
そんなことを考えながら後ろを振り向くと、立っているのはA1だけで先程まで居たはずのトレーネ達がいなかった。
と思ったら、何故か皆一列に並んで跪いている。両膝をついて跪き、顔の前で両手を組む四人。
「へ? どうしたんですか?」
驚いてそう尋ねると、トレーネが珍しく神妙な顔でこちらを見た。
「……我々にとって、リーラブラス山脈は神々の在わす地です。山々が見えた時は頭を下げなければなりません」
「あ、そうなんですね。いつも朝とか昼とかにお祈りを?」
少々驚いたが、山脈の麓に広がる深い森を守っていた人達ならば納得である。
質問してみると、トレーネは浅く頷いて目を細める。
「はい。普段は山々は霞んでおり、これほどハッキリと見えたことはありません」
そう口にすると、なんと、トレーネの目から一筋の涙が溢れた。
スクリーンに映し出された雄大なリーラブラス山脈の姿を見つめ、微笑む。
「……やはり、神々の在わす地は美しいですね」
白く染まった山頂はナイフのように尖り、最も大きな山を取り囲むように他の山々が列をなしている。今回は運良く雲も少ない為、その景色はまさに絶景だった。
青い空をバックにした雪化粧の山脈。
確かに、神々が住んでいたとしても不思議では無い気がする。
「……山の上を通ろうかと思ったけど、迂回をしようか」
この山には敬意を払うべきだろう。
トレーネ達が崇める山を跨ぐわけにもいかないという理由もあったが、素直に山への敬意も感じていた。
「そうですね。それが良いと思います」
エイラは優しい微笑を浮かべ、そう同意した。
必要かどうか悩みましたが、トレーネ達の一族の背景の為に一話加えました。
なお、次回はきちんと新たな国の姿を描きたいと思います。
※プライベートが忙しくて更新が遅れていますが、何とか三日後には更新したいと思います。申し訳ありません。




