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天空の城を貰ったので異世界で楽しく遊びたい  作者: 井上みつる/乳酸菌/赤池宗


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行商人誘拐事件

幕間的なお話です。

【アツール王国王都】


「聞いたか、おい」


 そう言ってターバンを巻いた男が顔を寄せると、馬車の荷台の荷物を確認していた白髪の男が神妙な顔で頷いた。


「ああ、フンダートの野郎だろ? 馬車ごと空に飛んで行ったっていう……」


「そう、その馬鹿みたいな噂だ」


 ターバンの男が同意すると、白髪の男は顔を顰める。


「眉唾と分かってるんなら何でそんな話をするんだ?」


「眉唾じゃ無いからだよ」


 ターバンの男はそう言い切ると、興奮したように腰に下げた皮袋から何かを取り出した。


「これ、何だと思う?」


 そう言われて白髪の男が見ると、その手のひらの上には葉っぱがチョコンと乗っている。


「……何の葉だ?」


「匂い嗅いでみろよ」


「……不思議な香りだな。これがどうかしたのか?」


 手のひらに鼻を近づけていた男が顔を上げてそう尋ねると、ターバンの男は葉っぱを摘んで持ち上げた。


「ミント、という葉だそうだ。匂いが強く、料理などにも使えるらしい。他にも色んな珍しい物を持ってたって話だ」


 ターバンの男がそう言うと、白髪の男が目の色を変えてミントの葉を見た。


「……つまり、噂の空飛ぶ島で手に入れた代物ってことかよ。そいつは金になるな。だが、本当か?」


「嘘じゃねぇだろうさ。どっかの辺境で珍しいものを集めて来たにしては葉やらも新鮮過ぎる。それに、つい三日前に王都でフンダートの野郎を見たばかりだ。仕入れる時間も金も無いだろうぜ」


「……空飛ぶ島に行ったかどうかは別にしても、他では手に入らない品ってのが魅力的だな。気を付けないと、フンダートみたいな貧弱野郎じゃ根こそぎやられちまうぞ」


 白髪の男が含みのある笑みを浮かべてそう口にすると、ターバンの男は溜め息を吐いて苦笑する。


「残念ながら、その心配は無いだろうぜ。残念ながらな」






【フンダート】


 王都から帝国軍が手を引いた二日後。


 街の外へと馬車を走らせる男の姿があった。背中が大きく丸まった猫背が特徴的な細身の男だ。歳は四十代ほどだが、疲れた表情が男を年齢よりもずっと老けて見せていた。少し薄いペッタリとした黒い髪に茶色の目という見た目もあり、全体的にぼんやりとした印象を持たせる男である。


「フンダート。やるしかないんだ。王都で売れなかったなら、次は別の大きな街で売れば良いだけだ。商品には問題は無いさ。むしろ、最高級品なんだから、少し田舎の町の領主なんかが飛び付いてくるに違いないぞ」


 その男、フンダートは自らに言い聞かせるようにそう呟き、街道を馬車で進んでいた。


 フンダートは周りを気にしながら進み、時折馬車の荷台へと目を向ける。


「帝国軍の残党なんていないよな? いやいや、あの黒いゴーレムを見たなら皆逃げ帰ってるに決まってるさ。なにせ、行商人仲間も皆街から出ないくらい怖がっているんだから……」


 広い王都近くの街道。普段なら様々な職の人々が行き交う賑やかな街道だが、何処を見ても人の気配も馬車の姿も無かった。


 いるのはフンダートとその馬車だけである。不安から挙動不審な動きをするフンダートは、前後左右にばかり気を取られ、上から近づく影に気が付かなかった。


 突然、フワリと馬車が浮かび上がり、フンダートは目を瞬かせて地面を見下ろす。


「え?」


 馬と馬車を繋ぐロープが張っていき、フンダートが混乱してワタワタと手足をばたつかせる中、もう一つの影が舞い降りて馬を横から抱き抱えた。


「うわぁっ!?」


 突然の来訪者にフンダートは悲鳴を上げて仰け反り、荷台の方へ逃げようと振り返る。


 そして、馬車の後ろにいた巨大な人影に気が付いて絶叫した。


「ご、ご、ゴーレム、ゴーレムだぁああっ!?」


 大空へと浮かび上がっていく馬車から響いたフンダートの絶叫は、遠く王都の門にまで届いたという。






 何の因果か出来たばかりの空飛ぶ天空の国へと辿り着いたフンダートは、気を失った馬を馬車の上から放心状態で見下ろしていた。


「こ、ここは……」


 ぼんやりとした様子で周囲を見回すが、近くに立つ二体のロボットも気にしなくなっており、代わりに大きな背丈の木々に目が向いていた。


 だが、島の最も高い場所にある城を見上げて、フンダートの目に力が戻る。


「……な、なんて城だろう。ここは天国なのか……いや、雲が真横にある……それに、このゴーレムは……」


 震える声で呟き、フンダートは馬車から降り立った。


 改めて周りの景色に目を向けて、口を開く。


「まさか、王国が公表した同盟国……」


「いやぁ、申し訳ありません。怖かったでしょう?」


 いきなり声を掛けられ、フンダートは間の抜けた声を発してその場に尻餅をついた。


 顔を上げると、そこには地味だが優しそうな顔の青年の姿があった。青年はフンダートと馬車を眺め、口を開く。


「戦争の直後だからか、全く商人さんがいなくて困っていたんですよ。商人さんですよね?」


 そう言われて、フンダートは慌てて立ち上がりながら返事をした。


「は、はい! ふ、フンダートと申します……! もしや、大魔術師様のお一人で……?」


 変わった服装の青年を上から下まで眺めながら、フンダートはそう尋ねる。それに青年は苦笑し、首を傾げてみせた。


「噂ですか。いったいどんな噂になっているんです?」


「あ、えっと、空を舞う島には天空の国と呼ばれる国があり、そこは十人の伝説の大魔術師様とその弟子である二百人以上の魔術師達がいる、と……」


「お、おお……そんな凄い話になってたんですか」


 フンダートの台詞に驚いた様子の青年は困ったように笑い、自分を指差した。


「俺はタイキといいます。よろしくお願いしますね、フンダートさん」


 青年が名乗りながら片手を出し、フンダートが思わず両手を出して手を握り返そうとした瞬間、タイキの背後に複数の人影が姿勢を低くして身を潜めていることが分かった。


 息を呑んで硬直するフンダートに、タイキが「あぁ」と言って後ろを振り向く。


「皆さん、あんまり睨まないであげて下さいね。それでなくても空の上にまで連れて来られて怖いでしょうし」


「はい、分かりました」


 タイキの言葉に返事をし、猫獣人の若い男女が立ち上がった。すっかり怯えてしまったフンダートは猫獣人達をチラチラと見ながら口を開く。


「あ、あの、何の用で私を……?」


「あぁ、そうですね。まだ言っていませんでした」


 そう言って、タイキはフンダートの所有する馬車を指差した。


「下界の商品が色々と欲しくてですね」


 タイキのその答えに、フンダートは目を何度か瞬かせて頷く。


「わ、私の品を買いたい、ということですか? それは有難いお話で……」


 フンダートが喋っている途中でタイキが片手を上げて首を左右に振った。


「申し訳ないのですが、お金が無くて……」


 本当に申し訳無さそうに言われたタイキの言葉に、フンダートはギョッとしてロボット二体に目を向ける。


 今にも泣きそうなフンダートの顔を見て、タイキは慌てて両手を振った。


「あ、いやいや! もちろん、タダで貰おうなんて思っていませんよ! どうやら、下界には無い珍しい物もこの島にはあるようですので、良かったら物々交換という形でどうにか出来ないかな、と……」


 説明を聞き、フンダートは胸を撫で下ろして息を吐く。


「そ、そうですか……! それでしたら、是非ともお願いします! 都会では珍しい物が良く売れますからね。こちらとしても有難いですよ!」


 話を理解したフンダートは嬉々としてそう言うと、急いで馬車の方へと走っていったのだった。


「よし。それではこちらもお願いします」


「はい」


 タイキの指示を聞き、二人の猫獣人が大きなカゴを持って前に出た。


 二人はてきぱきと地面に布を敷き、その上に野菜や植物などを並べていく。


「こちらがかの有名な仕立て屋で特別に作った衣装でして、材料にもこだわり抜いて作ったものの、王都に持っていっても高過ぎて貴族しか買えないと門前払いを受けてしまいました。しかし、貴族のツテなどあるわけが無いので、どうしたものかと……」


 ぺらぺらと下手な口上を述べながら商品を持ってくるフンダートだったが、タイキの前に並べられていく物を見て足を止めた。


 明らかにガッカリと落ち込んだフンダートに苦笑し、タイキは足元に並ぶ物を指差す。


「フンダートさん。その服も見事なものでしょうが、こちらも捨てたものではありませんよ?」


 タイキがそう告げると、フンダートは慌てて首を左右に振った。


「い、いやいや、滅相も無い! なにもガッカリなどしておりませんとも! 是非ともその品々を見せていただきたいと思っていたところです!」


「そうですか。では、こちらも商品を説明するとしましょう。まずはこちらから……わさびという薬味でして、強い辛味と風味が特徴的なものです。後で実際にわさびを使って料理も作りますので是非ご試食下さい」


「わ、わさび……確かに見たことも聞いたことも無い……」


「後は、ハーブなども種類が無いと聞きました。あ、アツール王国では香茶と呼ぶのでしたね。こちらでは様々な種類がありますので高値で売れると思いますよ」


「香茶ですか! それは確かに魅力的です! 財を成した者の指標などとも言われていますからね。珍しい香茶の葉なら間違い無く売れます!」


 と、気が付けば気分が随分と前向きになったフンダートは、前に乗り出すようにしてタイキの説明に夢中になっていた。






【アツール王国王都】


「あ、あの……」


 フンダートが城門を守る衛兵に声を掛けると、衛兵は胡散臭い者を見るような目を向けた。


「なんだ」


 短く答えた衛兵に、フンダートはタイキから預かった書状を差し出し口を開く。


「て、天空の王より、ドゥケル将軍に書状をお預かり致しました。どうかお受け取り下さい」


 冷や汗をだらだらと流しながらフンダートがそう告げると、衛兵は表情を変えて書状を受け取った。


「……何故、お前がこれを?」


「幸運にも、天空の王の目に止まったらしく……あ、それでは、私は天空の国より仕入れた物を売りに行かねばなりませんので……」


 そう言って立ち去ろうとしたフンダートに、衛兵が血相を変えて口を開く。


「ちょ、ちょっと待て! 天空の国より仕入れた物だと!? すぐにドゥケル将軍に書状を届ける故、そこで暫く待て!」


「へ?」


 疑問符を浮かべるフンダートを残し、衛兵はあっという間に走り去っていった。


 約一時間後、城内に呼ばれたフンダートの前には豪華な鎧を着た壮年の男が立っていた。その後ろには地位の高そうな服装の人々がずらりと並んでいる。


 フンダートは無礼を働いたら極刑になるかもしれないと怯えながら、大きな木製のテーブルの上に並べられた品々を説明していった。


 タイキの説明をメモした紙を読んで説明するフンダートに、豪華な衣装に身を包んだ赤い髪の男が質問をする。


「その品々は幾らで売るつもりだ」


「あ、いえ、まだ値は決めておりません。ただ、世にも珍しい品々ですので、出来たら全部合わせてこれくらいで売ろうかと……」


 おどおどとした態度で出した値段は、王都でもそれなりの家が買える程の額だった。


 商売人としてのいつもの癖で、最初に高い値を提示してから徐々に値を下げるつもりのフンダートだったが、赤い髪の男が表情も変えずに言った言葉に目を剥くこととなった。


「おぉ、安いな。ならば私が買うとしよう。もし次があったならまた王城へ持って来い」


「……へ? す、全てお買い上げで……?」


 目を丸くするフンダートに見向きもせず、男は側にいた兵に声を掛ける。


「金を用意せよ」


「はっ!」


 男の命を受けて走り去って行く兵の背中を見て、フンダートはハッとした顔で男に目を向けた。


「……こ、国王陛下……?」


 フンダートは消え入りそうな声でそう呟き、顔色を変える。


「もし、天空の国へ行く日時が分かる時があったら私に必ず伝えよ。褒美は期待して良い」


「は、ははぁっ!」


 フンダートがその場で倒れ込むようにして跪きながら返事をすると、国王はそれ以降何も言わず去っていった。


 跪いたまま固まったフンダートを見下ろし、ドゥケルが声をかける。


「天空の王はどうだった」


 端的なその言葉に、フンダートは曖昧な顔を向ける。


「は、はい……見た目は間違い無く二十歳前後といった若々しさですが……その物腰は柔らかく、今にして思えば見た目にそぐわない、ゆったりとした落ち着いた雰囲気だったような……」


「なるほど。やはり、天空の王は永い時を生きてきた大魔術師に違いないな。この次に会える時が来たら、それとなく神話の話を振ってみるべきだろうか……」


 ドゥケルは独り言のようにぶつぶつとそんなことを呟きながら、国王の去っていった方向へと歩いて行った。


「……し、神話の大魔術師……」


 残されたフンダートは床に跪いたまま、小さくそう呟いた。


 こうして、タイキの肩書きは更に豪華になっていくのだった。ちなみに、破産目前から大逆転したフンダートはアツール王国一の幸運な男ということで有名になり、後にフンダート商会を立ち上げることになる。



天空の国と接触する可能性があるフンダートはアツール王国から要チェックされております。

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