エイラの抱えているもの
【天空の城・食堂にて】
「美味しい!」
「あ、ほら、メーア。ゆっくり食べなさい。でも、本当に美味しいですね、これも」
そんな会話をしながら皆で朝食を食べていると、ふと、ラントが口を開いた。
「そういえば、エイラ様はアツール王国の王家に縁のある方なのですか?」
そんな一言に、皆の目がエイラに向く。
芋の皮剥きが上手く出来たと喜んで俺に報告していたエイラの顔が、ラントの一言で凍り付いたような表情へと変化した。
一瞬の沈黙が続き、シュネーが慌てて口を開く。
「こら、ラント……いや、エイラさんの髪が、昔聞いたことがあるアツール王家の特徴の赤い髪と一緒だったから、もしかしてって話をしていたんですよ。ただ、濃さは違いますが赤い髪は他でも見ますからね」
シュネーがラントの頭を片手で押さえながらそう説明すると、不意にエイラが自分の口元を手で押さえて立ち上がった。
「ご、ごめんなさい……!」
早口に謝罪の言葉を口にして食堂から飛び出していくエイラ。その顔は一瞬で血の気が引いたように土気色となっていた。
通路を走っていく音が遠去かり、食堂の入り口にいたA1が顔だけをエイラの背中に向けている。
「……ちょっと探しに行って来ますね」
俺がそう言うと、トレーネ達も慌てて立ち上がった。
「私達も行きます」
「あ、いや、まだ動揺してたらアレなんで、皆さんはゆっくり食事しててください」
トレーネ達の申し出を苦笑しながらやんわり断り、エイラの走って行った方向へ向かう。
エレベーターの方だ。走って向かう途中、後方でラントが怒られている声がしたので振り返ると、A1が大股歩きでずんずんとこちらへ向かって来ていた。
エレベーターに乗り、一階を選んだ。一瞬迷ったが、恐らく外へ向かう気がしたのだ。
「心配だな、A1」
それだけ言って後は無言になり、エレベーターが開くと同時にフロアへ飛び出た。
予想どおり、正門は開いていく最中であり、人一人分が通れる隙間から外へと走っていくエイラの姿があった。
「エイラ!」
大きな声で名を呼びながら後を追う。外へと飛び出したエイラは、並木道に向かう坂の前で立ち止まった。
坂は途中で折り返しているからなだらかに見えるが、左右は腰の高さほどの塀があるだけで、もし飛び越えたら大怪我は免れないだろう。
エイラが目の前で怪我をする光景を想像してしまい、背中に冷たい汗が流れた。
「エイラ……その、俺は何も気にしないから、何も聞かないから、一緒にお城へ戻ろう? トレーネ達も心配してるよ?」
優しくそう言うと、エイラはこちらを振り向く。目からは涙が溢れ、泣き声を発さないようにしているのか、口は固く閉じられていた。
こちらを見たままボロボロと涙を流すエイラに、俺はそっと手を差し出す。
だが、何を躊躇っているのか、エイラは中々こちらへ来る気配が無かった。
と、突然隣に立っていたA1が歩き出す。まさか、俺が戻ろうと口にしたことで、それを指示と判断したんじゃないだろうか。
いきなり動き出したA1に反応が遅れ、その間にもA1はずんずんとエイラに近付いていく。
「あ、こ、来ないで……」
A1の接近にエイラが咄嗟に後退りをしながら声を漏らした。
「きゃ……!?」
もうあと僅かでA1の手が届くといった距離で、エイラのお尻が坂道の塀に当たり、のけ反るような格好となってしまう。
危ない!
そう言って走り出そうとした瞬間、A1は目にも止まらぬ速さで両手を伸ばしていた。
転落しそうになっていたエイラをフワリと支え、そのまま腕の中に抱え込む。
お姫様抱っこ状態でエイラを確保したA1が、何事も無かったかのように無言でこちらへ帰ってきた。
「……流石はA1」
脱力感と共にそう呟き、目を白黒させるエイラの顔を眺める。
結局、美味しいところは全てA1に持っていかれてしまったが、仕方がない。
「お帰り」
二人に向けてそう言うと、エイラは居心地悪そうに眉をハの字にして俯いた。
「ご、ごめんなさい……」
消え入りそうな声でそう言うエイラに微笑み、A1に顔を向ける。
「下ろしてあげて」
A1のお姫様抱っこから解放されたエイラは、深刻な表情で口を開いた。
「……お話を、聞いていただけますか?」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
坂の上から大きな木が並ぶ並木道を見下ろしながら、エイラは口を開いた。
「……私は、アツール王国の王女、です。本当の名を、レティーツィア・エイラ・アツールと申します」
「……本当に王女様だったんだ。確かに、町娘って部分には少し違和感持ってたけど」
エイラの衝撃的な発言に、ある意味で納得しながらそう答える。だって、町娘なのに家事出来ないし。
俺が頷いていると、エイラはこちらを振り返って深く頭を下げた。
「嘘を吐いてしまい、本当に申し訳ありません……タイキ様の優しさと、一緒に過ごす日々の温かさに甘えてしまいました。そして、逆に嘘がバレた時の恐怖心ばかりが育ってしまって……」
「それで言えなかったんだ。王族って口に出来ない理由があるの? まぁ、いきなり王女ですって言われたら焦っただろうけどさ」
苦笑しながらそう答えると、エイラは首を左右に振る。
「……私は罪人なんです。それも、決して赦されることのない大罪人です……」
掠れた声でそう呟くと、エイラは並木道の向こう側に見える空を眺めた。
「……私は、ブラウ帝国の王子の一人に嫁ぐ予定でした。王国が、帝国の属国となる約定を結ぶ為です。ですが……私は帝国兵達に護送される途中で、逃げ出してしまったのです……」
「……その、王子が嫌で?」
そう尋ねると、エイラがまた涙を流し始める。
「……嫌でした。相手はまだ五十歳ですから、若い方でしょう。ですが、十五人いる奥方様の内、既に半数の方は亡くなっていると聞きます。噂でしかありませんが……亡くなった方は本当に凄惨な死に方をなされたようです……」
どうやら、その王子はやばい奴らしい。エイラのように他の国から王族に連なる娘と結婚しているならば、確かに死んだらバレる筈だろう。なにせ、普通なら皇帝の情報とまではいかないまでも、それなりの情報を記載した手紙などのやり取りをするに違いない。
その手紙のやり取りが無くなったり、帝国に行っても会えなかったりすれば、それは何かが起きたと思うのが当たり前だろう。
俺のそんな推測は正しかったらしく、エイラは肩を震わせて顎を引いた。
「生き残った奥方様の中にも、手紙でのやり取りは出来るのに実際に対面することは出来なくなった方がいるらしく……噂では、手足の、い、一本か、二本か、な、無くなったりしてるんじゃない、かって……」
ガタガタと身体を震わせるエイラに、思わず手を伸ばしかけた。だが、エイラは胸の前で自分の両の指を絡めてこちらを振り向く。その顔は涙でぐしゃぐしゃになってしまっていた。
「……怖いです。怖くて怖くて、毎日泣いていました……ですが、私はアツール王国の王女なんです。私が、その王子の下に嫁がねば、王国が……な、なのに……私は……!」
嗚咽が混じり始め、最後にはもう上手く喋れなくなってしまった。
だが、その余りにも苦しい葛藤は伝わった。
こんな、十六歳の少女が、どれだけ重いものを背負わされているというのか。自ら拷問室に行くような気分なのだろうか。
本当の意味でエイラの立場になって考えることは俺には出来ないけれど、その立たされた境遇には心から同情することが出来る。
「……エイラ、良かったら、此処でずっと暮らさないかい? 王女の暮らしぶりには負けるけど、気楽に、楽しくさ」
そう言うと、エイラは口を手で押さえながら首を振る。
「そ、そんな……わ、私は、アツール王国、の……せめ、て、王国民と、皇帝の前で、し、死んで……く、首を晒さなければ……アツール王国は、我が国は……!」
悲痛なエイラのその叫びに、俺はもう我慢が出来ず、エイラの肩に手を回して抱き寄せた。
「大丈夫。俺が何とかするよ。だから、肩の力を抜いて」
そう言った瞬間、エイラはこれまで我慢していたのが嘘のように大きな声をあげて泣き出した。しがみ付いて泣き続けるエイラの頭をもう片方の手で撫でて、A1を見上げる。
空を眺めるA1の目が光を放った気がした。
裏設定。
レティーツィア・エイラ・アツール。
名前がレティーツィア。苗字がアツール。
そして、エイラは母から引き継いだ名前です。
これでエイラさんとこの娘と分かります。
国王の、ライツェント・トルテ・アツールの場合は、トルテさんとアツールさんの息子、となります。
そんなどうでも良い裏設定でした!




