天空の城
不意に肌を撫でるような風を感じ、目を開けた。
地面に仰向けで寝転がっているみたいだ。手には短い草が触れているような感触がある。
両手を地面につき、上半身を上げてみた。目を開けたばかりでぼんやりとしか見えないが、奥に明かりが見える。どうやら今は日陰にいるらしい。
左右を見ると、幹の太い大木が等間隔に生えている。改めて上を見上げ、大木の枝と青々とした葉が日陰を作っていたのだと気が付いた。
ゆっくりと立ち上がり、正面に目を向ける。
木々が並んで道を作る先には、雲が幾つか浮かぶ青空が広がっていた。
何かに引っ張られるように自然と歩き出し、木々に挟まれた道を進む。
左右の木々が途切れた瞬間、俺の目の前に大空が広がった。
左右、どこまでも広がる大空だ。雲は目線の高さであり、自分が空の上であると認識できる。
程よい風が吹き、何処かから鳥の鳴き声が聞こえた。
「……すっげぇな」
余りにも雄大な景色にそんな感想しか出ない。一頻り空を眺めてから視線を下げると、そこには段々畑のような階段状の庭園が広がっていた。
所々に建物が見える庭園だが、一つ一つの段が広い。感覚が麻痺してそうだが、一つの段差ごとにかなりの広さがあるように見える。
そして、庭園の奥はもう空だ。端に立つと切り立った崖のようになっていそうで怖い。
今度は来た道を振り返り、木々の隙間から左右を眺めてみる。すると、左右には真っ白な建物がこれまた傾斜にそって立っているのが目に入った。建物の数はちょっとパッと見では数えられそうも無い。
自分のいる場所が一番高い場所なのだろうか。
そう思った俺は、来た道をズンズンと戻っていく。少々と言わず木がデカすぎるか、並木道のような道はしばらく続いた。
多分、二百メートルはあるだろう。
それだけ歩くと、ようやく並木道は終わりを迎え、目の前に景色が広がった。
「おお……!」
現れたのは白い壁の大きな城である。屋根は少し赤い茶色だ。壁は遠目からでも継ぎ目が見える石造りで、大きな縦長の窓が幾つもある。
屋根は一つでは無いのか、はたまた独立した塔が隣接しているのか。大きな広い屋根とは別に尖った屋根が何箇所か出ていた。
城は並木道から見てもまだ高い場所にあり、どうやら何度か折り返す坂道を登って行かなければならないらしい。
距離はありそうだが、見上げれば巨大な城があるのだ。
「よっしゃ、行くぞ」
そう呟くと自然と口の端も上がり、俺は意気揚々と城に向かって歩き出す。
それなりの勾配の坂道を登りきり城の目の前に立った俺は、改めて城の大きさに目を見張った。
城自体も大きいが、門も大きい。鋼鉄製にも見える頑丈そうな両開きの門だ。見事な紋様が形付けられており、縁は金色である。
豪華過ぎるほど豪華な扉だが、問題は人力では開けられそうに無いことだ。
俺は門を見上げて数秒考え、周囲に目を移した。シミ一つ無い真っ白な城の外壁が左右に伸びている。やはり近くに門はこれ一つしかなさそうだ。
もう一度門を観察し、ふと、丸い取っ手のような物があることに気が付いた。金属製の大きな取っ手だ。
「……これを引け、と……?」
動くわけがない。そう思って取っ手を調べてみると、取っ手では無いことに気が付いた。
まさかのドアノッカーである。
半信半疑ながらも取っ手を持ち上げ、門に付けられた金属のプレートに打ち付ける。
低く重い音が響き、振動が手に伝わった。
「……開かないよな」
俺がそう呟いた瞬間、門は左右同時にゆっくりと城の内側に向けて開き始めた。
徐々に開いていく門を眺めながら城の中に足を踏み入れると、門の近くから順番に灯りがついていく。壁や天井、柱などに付けられたオイルランプだ。
「う、お……」
明るくなった城内の景色に、俺は言葉を失った。
城内は広く、天井は見上げるほど高い。丸いアーチ状の天井には、白い翼を持つ人間や鎧を着た人間、ライオンに似た動物やドラゴンなどの絵が描かれており、不思議な雰囲気を醸し出している。
太く巨大な柱にも一つ一つに彫像が施され、金や銀を使った装飾も豪華絢爛である。床は天井が反射しそうな磨き上げられた綺麗な石で出来ており、門から奥に向かって赤い絨毯が敷かれていた。
まるで映画の中に迷い込んだようだ。
と、そんなことを思いながら城の中を見回していると、無意識に開かれた門の内側の部分に気がつく。
「うぉ!?」
大きな人型の機械みたいなものが門の裏側に立っていた。高さは二メートル半から三メートルほどだろうか。ずんぐりとした体型はどこか愛嬌があるようにも見える。
「お前が開けてくれたのか」
試しに話し掛けてみたが、反応は無かった。
「ありがとよ」
とりあえず、それだけ言っておいて城内の探索に戻ることにする。
赤い絨毯に沿って歩いて行くと、左右には扉が三つずつあり、正面には大きな円柱があった。
天井にまで伸びた円柱には扉らしき四角い線があり、俺が近付くと独りでに左右に割れた。
「自動ドア」
何と無く口に出してそう言うと、円柱の中へ入ってみる。白い床に白い壁で構成された丸い部屋だ。
真ん中くらいまで歩いて背後を振り返ると、自動ドアの横にパネルがあることに気がつく。銀色のパネルには白いボタンで一から五までの数字が書かれていた。
もろエレベーターである。
「やっぱり最上階でしょう」
そう言って迷う事なく五を押すと、自動ドアが閉まり、床がせり上がった。
音も無く上昇していく床に乗っていると、突然壁が透明になり、外の景色が見えるようになる。
高級ホテルのような廊下が伸び、左右にドアが続くフロアー。
薄暗いだだっ広い空間に、あのロボットが無数に並び立つ異様なフロアー。
四方に沢山の窓があり、陽の光に包まれた明るい広間のあるフロアー。
と、十数秒程度の間に次々に途中の階の景色が流れていき、最後の階で床の上昇は止まった。
自動ドアが開くと、今までよりもかなり狭くなった空間が姿を現わす。薄暗くてイマイチはっきりしないが、ゴチャゴチャと色々な物がある部屋のようである。
エレベーターから降りると、自動で部屋の中に光が満ちた。
壁には巨大なスクリーンが四方合わせて四つあり、その下には謎の計器が幾つも並んでいる。手前から順番に机と椅子が二つ並び、それが四方合わせて八セットあるようだ。
「……あれ? 想像してたのと違う……」
俺は首を傾げながら手前の椅子に座り、机の上を見た。机の表面は画面になっているようで、黒くなっている。
指を触れるとフォンという音が鳴り、黒い画面に文字が並んだ。
その中に気になる文字を見つける。
「下界カメラ……?」
文字を読みながら指を置いてみる。
次の瞬間、四方の壁にある巨大なスクリーンが青く染まった。
良く見れば青はうねっており、それが深い海を映し出しているのだと理解出来た。
四方のスクリーンはそれぞれの方向を映し出しているのだろう。
つまり、この城は大海のど真ん中に浮かんでいるのだ。
「海の上かぁ。面白い物は無さそうだなぁ」
俺がそんな独り言を呟いた直後、ちょうど正面のスクリーンに、黒い影が映った。
いや、魚影だ。
時折白い鳥らしき姿も見られる為、その魚影が異常な大きさだと分かる。
見たことが無いけれど、鯨とかだとこれくらい巨大なんだろうか。
そんなことを考えながら興味津々で観察していると、その魚影は丸くなり、突如として水飛沫を上げて水面を突き破った。
水を割って出てきたのは鋭い歯が不規則に生えたおぞましい見た目の口である。
その巨大な口はスクリーン一杯に広がり、目の前でバクンと閉じられた。
口を閉じた格好は、大きな丸い目が沢山あるアンコウのような姿だった。
「……なんか、ごめんなさい」
面白く無いと言ったことに腹を立てたアンコウがアピールしたようにも見えて、俺は一応スクリーンに向かって謝っておいたのだった。
これは天空の城ラプター
軍事用空中要塞である。
嘘です。