エルフの読心術
階段上から告げられた女エルフの言葉に、エルフの騎士達が顔を上げてアイファに目を向ける。
それに、女エルフは不敵な笑みを浮かべた。
「否、そこのエルフはただの森の民である。本当の天空の王は、そこの黒髪の君であろう?」
そう告げられて、俺はわざと自らを指差して驚いてみせる。だが、それにも誤魔化されずに女エルフは首を左右に降った。
「嘘は通じぬ。我はこの国の女王、エィンツラーク・ルピア・テルツィエール。王家に伝わる心読みの力は我にも健在である」
「心読み? 読心か……そんな力があるとはね」
まさかの読心術の登場に、俺は驚きつつも素直に従うことにする。
「ご慧眼、恐れいりました」
そう言って、アイファの隣にまで移動して軽く会釈をする。
「……改めまして、俺が天空の城の持ち主であり、今は故あって天空の王を名乗らせてもらってます。椎原大希です」
苦笑混じりにそんな挨拶をすると、周囲の騎士達が驚きの声を漏らした。
ざわざわと騒がしくなっていく周囲を見回し、エィンツラークは片手を顔の高さまで上げた。
たったそれだけの動作で、ピタリと場の騒ぎが収まる。
カリスマか、それとも女王への畏敬の念故か。エィンツラークの騎士達は、驚くほど素早く冷静さを取り戻した。
皆の視線を一身に集めながら、エィンツラークの目を見返す。まるで子供のように好奇心を隠していない目だ。何となく、悪いヒトではなさそうという印象を受けた。
「……まずは、形式に沿うとしよう。改めて名乗らせてもらうぞ。我はエィンツラーク・ルピア・テルツィエール。このテルツィエール魔導国の女王である。天空の王タイキ殿、よくぞ我が国に参られた」
そんな口上を口にして、エィンツラークは口を閉じる。しかし、こちらが何か答えようと思ったタイミングで、エィンツラークがにやりと笑い、再び口を開いた。
「さて、それでは質問を一つさせてもらおう。天空の王よ。何故、この魔導国を訪れた? まさか、観光ではあるまい」
「……いえ、観光のつもりでしたが」
真っ先に言おうとしていた回答を潰されて、なんとなく気まずい心持ちで返答する。
しん、と場が静まり返る。
エィンツラークは読心術を使えると言っていた為、今のは冗談のつもりだろうか。
なんにせよ、我々だけでなく他のエルフ達も困惑しているのだから、冗談としては落第点に違いない。
その居た堪れない空気の中、エィンツラークはマイペースに肩を竦めた。
「驚くべきは、今の言葉に嘘はないことか。よし、その言葉は真実であると認めよう」
「話が早くて助かります」
独特な雰囲気に流されそうになりながら、笑顔で謝辞を述べる。
「……面白い。これほど悪意も害意も感じさせない人間が国を治めているとは……この我であっても記憶にない特異性である。ぜひ、場を変えて話をしたいと思うが、いかがか」
エィンツラークは雅さを感じさせるような余裕のある態度と声音でそんな提案をしてきた。だが、目だけはキラキラと輝いていて、まっすぐに俺を見ている。
思わず、貴女の方が面白いですよと言いそうになった。それを咳払いで誤魔化し、首肯をもって応える。
「そうですね。落ち着いて話が出来る場所の方が嬉しいです。ただし、こちらは全員で行動しますが、よろしいですね?」
有無を言わさぬという思いを込めて強めにそう確認すると、周りのエルフ達が眉間に皺を寄せた。女王を相手になんと無礼な……そんな声が聞こえてきそうである。
苦笑いしながら返事を待っていると、エィンツラークは鼻を鳴らして笑い、頷いた。
「構わぬ。ただ、こちらも我の身を守る近衛はつけねばならんのでな。それは了承してもらおう」
「勿論です」
と、そんな緩い流れで、天空の国の王と魔導国の女王の初対面は終わりを告げた。
場所を移動して、青い空が広がる中庭の一角。丸い石のテーブルと木の椅子のセットがあり、その周りには十人と四体のロボットの姿があった。椅子に座っているのは俺とエィンツラークのみ。
若干気不味い気持ちになりながら、ガラスのコップに注がれたお茶を見た。薄いピンク色のお茶だ。香りが豊かで離れていても甘い香りがする。
「魔導国特産の紅茶だ。楽しむが良い」
そう言って、エィンツラークは先にコップを口に運んだ。こくりと僅かに喉を動かして、淡い色合いの液体がエィンツラークの口の中へ流れていく。
一つ一つの動作どれもが優雅だ。所作はどれも女王の肩書きに合うものである。
だが、お茶請けのように置かれた謎の白い葉っぱを手にすると、まるでポテトチップスのようにモリモリ食べ始めた。その姿は見た目の若さも相まって放課後の女子中学生にしか見えない。
「美味いぞ、タイキ殿。食べてみよ? スィートリーフとも呼ばれる蜜入の葉じゃ。甘いぞ?」
「あ、じゃあ、一枚」
薦められて、何となく手を伸ばす。ガラスの皿に盛られた白い綺麗な葉っぱ。綺麗だが、葉っぱである。少し食べるのに抵抗がある。
一枚手に取り、思い切って口に運んだ。噛むと、薄さの割に歯応えがある。プチリという感触を感じてすぐに口の中に甘い蜜が広がっていき、最後に甘い木の香りが鼻を抜けた。
薄味のメイプルシロップといった味覚だろうか。確かに中々美味しい。
クセが少なくて味も濃くない為、飽きずに食べられるだろう。
だが、ホットケーキみたいにメイプルシロップをかける食べ物を想像してしまい、逆に物足りなく感じてしまう。贅沢な話だ。
そう思いつつ、美味しいと感想を口にしようとしたところ、口を開くよりも早く、エィンツラークが立ち上がっていた。
「いま、何か面白いことを考えたであろう? なにか? 我は自身の知識外のものは靄がかかってしまい、よく分からぬ。教えてくれるな?」
と、興奮気味に尋ねられ、苦笑しながら頷く。
「良いですよ。厨房を借りても大丈夫ですか?」
「む? まさか、王自ら料理するつもりか? 出来るのか、料理」
「簡単なものなら」
「凄いではないか。天空の王は料理も出来るのか。魔力はまったく感じられぬが、何でも出来るんだのぅ」
エィンツラークは、本当に感心したようにそう口にした。恐らく、自分は料理ができないのだろう。それにしても、最初の見たイメージからかけ離れた無邪気さだ。
わくわくした様子のエィンツラークに笑いながら席を立とうとして、ふと今の言葉で気になる点に気がつく。
「魔力が、感じられない?」
呟くと、エィンツラークが不敵な笑みを浮かべた。
「気が付かなかったか。我が見えるのは他者の心だけではない。その魔力も、我には色で見える」
「……なるほど。それなら、天空の城に来たら今までで一番驚くかもしれませんね。機会があれば是非遊びにきてください。それで、厨房は?」
「むむ、嘘を吐いていないとは……気になるぞ! ああ、とはいえ先に厨房か。我もいくぞ! よく考えたら、料理するところなどあまり見たことがないからの!」
「じゃあ、一緒に行きますか」
「うむ!」
そんなやり取りをして、仲良く歩き出した俺とエィンツラークに、エイラ達が慌てて付いてくる。
「ちょ、ちょっと!?」
「いま、すごい会話が聞こえた気が……!?」
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