革命失敗?
銀色の鎧を着た騎士が前衛となり、魔術師の攻撃は黒い鎧の騎士が防ぐ。
そして、その後方からは弓矢や魔術による攻撃を行う後衛の騎士達が陣取った。イニシダ直属の近衛騎士団である。
僅か数十人の騎士団だが、その場にいる誰よりも高性能の装備に身を包んでおり、王城を攻撃していた筈の兵達もまともに手出し出来ずに後退していく。
その状況にカストール達は冷や汗を流しながら矢継ぎ早に指示を出す。
「押し留めよ! 前に出てきているのだ! 左右より同時に炎の矢を放てば、抗物理甲冑の者は殺せる!」
「なんとしてでも押し戻せ! これが失敗すれば全員処刑されるぞ!」
「ひぃやぁあああっ!? は、は、早く! 早くあの者達を止めろ! 早くせぬかぁああっ!?」
半狂乱になりながら近衛騎士団と戦うカストール達だったが、時間を追うごとに状況は厳しくなっていき、焦る一方だった。
戦争を避けてきたカルルク王国は確かに強い騎士団を有しておらず、金にモノを言わせた傭兵頼りの戦力である。それは間違いではなく、カストール達も心の何処かでそれを認めていた。
つまり、カルルク王国の上級貴族であるカストール達ですらも、カルルク王国の武力を舐めていたのだ。
だが、ことイニシダ国王直属の近衛騎士団については別であった。ブラウ帝国のお陰で戦争に負けた国からの敗残兵は大勢おり、全て戦争捕虜の奴隷としてイニシダの前に並ぶ。
その中には、歴戦の猛者、高名な剣士、小国の士官などもいた。それらをイニシダは奴隷として契約し、自らの近衛騎士団を増強していたのだ。
そして、少数精鋭の近衛騎士団には高価な装備を与え、魔術の武具なども揃えた。その戦力は並みの国の一軍と戦えるほどであり、ブラウ帝国の宮廷魔術師やゴーレムとも渡り合えるほどである。
逆に、カストール達は評判通りの実戦経験の足りない騎士団や魔術師隊しか組織しておらず、その戦力差は人数の差には比例しないものであった。
結果、カストール達は物量で挑むも押し負け、後退を余儀無くされていく。
城門前に隙間が出来たと見るや、今度は衛兵達がすぐに城門前広場を確保し、領土を広げるようにして安全圏をつくっていった。
「はっはっはっは! 見たか、宰相! これが本当の我の力である! 剣も魔術も効かぬ最強の騎士団よ! 流石に装備の数に限りがあるからな。あれ以上の数には出来ぬが、十分過ぎる力だろう?」
「ほ、本当ですな……しかし、あまり近衛騎士団を此処から離して大丈夫ですかな? もし、今第二陣、第三陣などと準備があったら……」
不安そうな宰相に、イニシダは舌打ちをしてバルコニーからの景色を顎でしゃくる。
「まったく、度胸の無い! あれを見よ! 最早、カストールの命もあと僅か! ふ、ふふふ、はははっ! 王の血を少しでも受け継いでおりながら謀叛などと……愚か者には正に相応しい末路であろう!」
イニシダが上機嫌にそう叫び、遠く、王城前の大広間の奥に押し込められていくカストール達を指し示す。
近衛騎士団は瞬く間に兵士達を制圧していき、相対する兵士達にも戦う気概など残されていない。
そうこうしている内に、近衛騎士団の剣はカストール達の首に届く。
鮮血が舞い、明らかに戦場の空気が変わった。それを確認し、イニシダは両手を広げてバルコニーの先に歩き出した。
「決まりだ。カストール公爵以下、加担した愚か者どもは皆処刑とする。血の連なる者全てだ。若い女は奴隷とし、財産の全ては没収である。馬鹿なことをすればこうなるということを他の者共にも見せつけてやらねばならん」
滔々と語りながら兵士が入り乱れる王都の景色を眺め、振り返る。
同時に、白い光が目の前を横切った。
イニシダが目を瞬かせ、生暖かい液体が自らの身体を濡らしたことに気が付いた時、正面に立っている宰相が震える手で剣を構えていることを知った。
宰相は目を丸くするイニシダを怯えた目で見て、悲鳴をあげる。
「ひ、ひぃっ! わ、私は、やりたくなかった……! こんなことはしたくなかったんだ! で、でも、カストール閣下も死んで、ほかに手が……」
言い訳めいたことを口走りながら、宰相は一歩後ずさる。反対にイニシダは宰相に一歩詰め寄り、切られた首から血が滴るのも気にせずに口を開いた。
「……な、何故、だ……貴様、は、貴様、が、こんな……」
イニシダが問いただしながら近づこうとすると、恐怖に駆られた宰相が剣を振り回しながら声を荒げた。
「う、うわぁあっ!? し、仕方ないんだ! 陛下が、あの天空の国と敵対するなんて馬鹿なことをするから……! カストール閣下らは隣国にもその情報を流した! つまり、もうこの国は終わりなんだ! これまでは帝国の影があった! だが、今はもうない! 天空の国と敵対したと知れば、どの国が一番に攻めてくるか……!?」
早口にまくし立てながら、宰相は下手な剣の使い方でイニシダの手や肩を斬りつける。
斬られる痛みから顔を顰めつつ後退していくイニシダは
やがてバルコニーの端に追い詰められた。そして、反射的にあげた顔に刃を受けた。
「つ……っ!? こ、んな……」
仰け反り、イニシダはバルコニーの塀を乗り越えてしまい、頭から空中に放り出される。
傷だらけで血を撒き散らしながら堕ちてくるカルルク王の姿に、敵味方入り乱れていた筈の兵士達が揃って同じ方向を見上げ、動きを止めた。
奇しくも、カルルク王国の王都は街の中でさえあれば、何処からでも見上げる形で王城が見える。
カルルク王の死の瞬間は、貴族も民も商人も奴隷も平等に見て、そして知ることとなった。
戦いの音が止み、静寂の中に、重い布袋が落ちるような音が響き渡る。
勝利の声も、敗北を嘆く声も聞こえない。
そんな中、震えながら剣を握ったままの宰相の涙声だけが響いていた。




