入国2名
空を飛び、二人は分厚い雲の中を突き抜け、やがて空に浮かぶ島を見つけた。
突然目の前に広がった空飛ぶ島と白い家々、そして美しくも荘厳な城の姿に、二人は声も出せず魅入ってしまう。
「……信じられない」
無意識に、カテリーナの口から感嘆の声が漏れた。声を発しさえしないが、グレイの表情も似たようなものである。
二人が放心したまま天空の島に降り立つと、周りには十を超えるロボットとトレーネ、ラント、シュネーの三人が現れた。
「ようこそ、天空の国へ」
トレーネが頭を下げてそう告げ、二人は無意識にトレーネ達の頭の上に生えた耳と尻尾を目で追いながら挨拶を返す。
「あ、ああ。これは、どうも……」
グレイが生返事をすると、トレーネは微笑を浮かべて頷いた。
「こちらへどうぞ。王がお待ちです」
そう言われてグレイは唾を嚥下し、カテリーナは目を細める。
二人が緊張しているのを確認したラントが「どうぞ、気楽に」と笑いながら声を掛け、その背中をシュネーが肘で突く。
「私たちは必要な時以外喋らないの。ユーリ様から言われたでしょ?」
「あ、そうだった」
と、緊張する二人の横で気が抜ける会話が行われ、グレイとカテリーナの顔がわずかに緩んだ。
だが、城に入ると同時に元に戻ってしまう。門を開けるロボットに驚愕し、城内の景色に息を呑み、エレベーターに乗って広間に着く頃にはもう声すら失った。
「な、なぜ巨大な窓に、王都の景色が……」
「こっちには空の景色と、山の景色……?」
操作室の四方にある巨大なスクリーンを窓と勘違いした二人がキョロキョロとスクリーンを見回す。
そこへ、二人の様子を眺めていたタイキが愛想笑いをしつつ声を掛けた。
「初めまして。この城の持ち主で、椎原大希と申します。ようこそ、天空の城へ」
簡単な挨拶をしたタイキに、二人が振り返る。
カテリーナはすぐさまその場で跪き、頭を下げて口を開いた。
「……カテリーナ・ハーフェンと申します。お招きいただき、感謝いたします」
震える声音でそう返事をしたカテリーナに、遅れてグレイも跪き、頭を下げる。
「ぐ、グレイです。お招きいただき感謝します」
「ああ、いやいや……お二人とも、お立ちください」
二人の畏まった態度にタイキが困り顔でそう告げると、二人は恐る恐る顔を上げた。
「……貴方様が、天空の国の……?」
「若い……だが、見た目通りの年齢では無い、か……」
二人は小さくそんな呟きをしながらタイキをマジマジと眺め、その後ろにロボットが立っていることに気付き、息を呑んだ。
動かない二人を横目に見つつ、タイキは操作盤を操作し、スクリーンの画面を変える。
正面のスクリーンの映像がカルルク王国の上空からの景色からタイキの奴隷店に変わった。
「え?」
「な、何が……」
二人の理解が追いつく前に、タイキは左手のスクリーンの映像もちょちょいと変える。映し出されたのはグレイの仲間達が隠れる古びた建物だ。
その光景に何を思ったのか、グレイは眉間に皺を寄せて険しい顔でタイキを睨んだ。
「……脅し、か」
怒りの滲む声が響いたが、タイキはそれに答えずに今度は右手のスクリーンの映像を変える。
その映し出された光景に、今度はカテリーナが目を見開いた。
「……カルルク王……」
スクリーンにはマントを付けた兵士を怒鳴り散らすカルルク王国の王、イニシダ・デル・カルルクが映っていた。
その言葉と映像に、グレイも驚きの表情となる。
操作盤から離れて振り返ったタイキは、二人がスクリーンの映像を見比べる姿を眺めながら口を開いた。
「さて、まずは情報共有をしましょう。その結果、お二人が良いと判断したなら、こちらに協力していただきたい」
タイキがそう口にすると、二人は怪訝そうに首を傾げる。
「協力?」
聞き返された言葉に頷き、タイキは不敵に笑った。
「いや、ちょっと奴隷の在り方を変えようと思いまして……」
そう切り出し、タイキはこれまでの経緯を語ったのだった。
その日の夕食。食堂にはタイキやエイラ、ユーリ達だけでなく、グレイとカテリーナの姿もあった。
長いテーブルをタイキとエイラ、ユーリ、そしてグレイとカテリーナが囲むように座っている。
メーアやアイファ達は隣のテーブルである。
料理も飲み物も既にある程度済んでおり、グレイ達はようやく落ち着いたといった様子でタイキを見ていた。
「……なるほど。この国が本気を出して侵略しようとしたなら、カルルク王国なぞ吹いて飛ぶような存在でしょう」
そう切り出し、グレイはタイキの目を射抜くように睨む。
「その上で、何故俺たちに協力を……?」
疑念でできたような視線を受けながら、タイキは苦笑して頷く。
「正直に話すと、グレイさん達はこの国の中枢を担う王侯貴族と最大規模の商会に恨まれていますから、順当に奴隷売買をしていくつもりなら、関わりたくないところです。事実、一部の上級貴族には既にマークされてますし、恐らく数日中に動き出すことでしょう」
「な、なんだと!?」
タイキの言葉に、グレイは椅子を倒しながら立ち上がり、叫んだ。
その形相にタイキは苦笑いしつつ背を引かせ、周りの者達がグレイに体の正面を向ける。
瞬く間に緩んでいた空気が張り詰め、タイキは乾いた笑い声をあげながら肩を竦める。
「まぁ、それだけ派手にやれば何処かで目撃者も出ますし、貴族が金をばら撒いて捜索すればいずれはバレてしまうものですよ」
「そ、そんな……いや、待て。俺たちは必ず後をつけられないように複雑な経路で隠れ家に戻っている。それに、隠れ家は一つじゃないんだ。誰かが違和感を持てば、すぐさまその隠れ家は捨ててきている。そう簡単にバレるものでは……」
狼狽するグレイはタイキの台詞を疑う。しかし、タイキは残念そうに首を左右に振った。
「申し訳ありませんが、事実です」
改めてそう答えると、グレイはどう答えて良いかわからないといった顔をした後、悔しそうな顔でカテリーナを見た。
目を向けられたカテリーナは一度嘆息すると、目を細めてタイキを見る。
「……勝手に口を開く無礼をお許しください、陛下。先程申されました貴族の動き……陛下はどのようにして知り得たのでしょうか」
「ん? こちらに取り入りたい貴族が持ち込んだ情報と、これからうちと取引して儲けたい奴隷商人からの情報ですよ」
淀みなくそう答えると、カテリーナは浅く顎を引いた。
「……それだけの情報を、一人や二人の協力者が手にしたとは思えません。相当な人数の貴族や商人が陛下の下についたということでしょうか」
「協力者はかなり増えましたね。ただ、商人はともかく貴族の方の地位を保障することは出来ないので、別の形で協力するということで、同盟といった感じでお願いしています」
そう告げられ、カテリーナは数秒考えるように俯く。
そして、顔を上げた。
「……別の形、とは何でしょうか?」
カテリーナの疑問に、タイキは初めて言い淀んだ。だが、僅かな逡巡の後、答える。
「……一部の貴族が結託して革命を起こすらしくてね。まぁ、その間、邪魔をしないという約束、かな。万が一天空の国がカルルク王側に付いたら革命が難しくなるからね」
タイキのその答えに、グレイは硬直した。