奴隷売買への怒り
空を飛ぶ。それは、一部の魔術師や権力者を除けば一生叶うことのない夢である。
だが、その夢が僅か金貨十枚で叶う。
その事実は、瞬く間にカルルク王国の貴族や大商人の間に話題となった。
結果、連日のように店に最上級奴隷を買い求めに来る者達は、その金貨十枚を払うことの出来る上流階級の者達ばかりとなった。
その噂が今度は奴隷商人達の間で広がり、店には毎日新たな奴隷達が売られていく。
反対に、カルルク王国内の奴隷の数は瞬く間に減っていっているということでもあった。本来なら国王とコシュマール商会を介してでなければ奴隷は販売出来なかったが、タイキに奴隷売買の権利を与えたせいで王国は手出し出来ない状況となっていた。
直接交渉が出来る上に、高い通行料を払って王都に入らずとも売ることが出来る。銅貨一枚たりとも損をしたくない商人にとっては極めて重要なポイントである。
そうして、人通りの少ない街道沿いという立地でありながら、タイキの奴隷店は異常とも言うべき客入りとなった。
だが、タイキの思惑通りの好循環となったが、それは一部の者達からすれば決して見逃すことの出来ない事だった。
「どういうことだ……!」
レジニシオン商会の本店で、グレイが怒りを押し殺したような声で怒鳴る。
それに、店長であるジーグが眉を片方だけ上げた。
「……どういうこと、とは?」
「レジニシオン商会が他国と手を組み、奴隷を国外に売り飛ばしていると聞いた」
グレイがそう告げると、ジーグは相好を崩して口を開いた。
「ああ、そのことでしたか。我々レジニシオン商会は、かの天空の国と共同で奴隷売買の店舗を経営させていただく運びとなりました。いや、本当に思いがけないほどの幸運に巡り会いました。売り先を聞けば貴方も驚きますよ? なんと、上級貴族ばかりでなく、他国の王族までもが買い求めに来ているのです。先日なぞ、あのブラウ帝国の皇帝が……」
上機嫌に語るジーグの言葉に、グレイは奥歯を嚙み鳴らしてテーブルを叩いた。
激しい音が室内に響き渡り、ジーグが口をつぐむ。
「……奴隷をどう扱うかも分からない輩に、王族や貴族なんぞに喜んで売ったのか」
底冷えする冷たい声がグレイの口から漏れた。それを冷めた目で眺めて、ジーグは溜め息を吐く。
「売った相手は貴方が憎む貴族とは違います。それに、奴隷契約の内容も明らかに奴隷とは思えないような高待遇で売買されています。売られた奴隷達は皆幸せになることでしょう」
そう告げると、グレイは目を刃物のように鋭く細めた。
「……その保証は誰がする? ジーグ。お前も他の奴隷商人と同じように、金さえ貰えれば良いのか? 何故、奴隷を減らそうとしない? 何故、奴隷が増えるような商売に加担する……」
「そのようなことはありません。今は何も言わず、我々に協力してください。このままいければ、すぐにでもコシュマール商会を潰すことが出来ます。そして、カルルク王国の王族も後を追う事になるでしょう。そうすれば、王国が築いてきた経済基盤は天空の国のものとなります。そこまでいけたなら、後はどうとでもなるのです。遥か遠くの国まで販路を広げることも出来ます。ああ、まるで夢のような未来が、そこに……!」
グレイの問い掛けに興奮して答えていたジーグの目の前で、ナイフがテーブルに突き立った。
「……今すぐ、奴隷の売買を止めろ」
低い声でそう言われ、ジーグは目を細める。
「……落ち付いてください。なんなら、私が店へお連れしましょう。そこで、実際に自分の目で見て、感じてください。そうすれば、貴方もきっと理解することでしょう」
一切引かず、ジーグはグレイの目を見てそう告げた。
王都を出て、最初に目に入ったのは街道を闊歩する人々の姿だった。普段ならば人気の少ない寂れた街道の一つなのだが、今は行商人はもちろんのこと、馬車を引いた民や兵士などの姿もある。
その人々の向こう側に、店はあった。
「あれがそうです。あの、大きな……?」
案内しようと進行方向を指差して口を開いたジーグのセリフが途中で止まる。
そして、二度三度目を瞬かせ、首を傾げた。
「なんだ。どうした」
グレイに声を掛けられ、ジーグは唸る。
「いや……前は、もっと小さかったような……」
そう言って、一ヶ月前よりも三倍近く大きくなった店を眺め、疑問符を浮かべる。
「何を言っているのかわからんが、先に行くぞ」
店の元の状態を知らないグレイは、呆然とするジーグを置いて店へと向かった。
「いらっしゃいませ!」
店の前に立ってすぐに声を掛けられ、声がした方を見る。すると、そこには清潔感のある白い衣装を見にまとった少女の姿があった。
「奴隷をお買い求めですか? それともお売りになりますか?」
明るい声でそんなことを言われ、グレイは思わずたじろぐが、その少女の首の付け根に僅かに奴隷の印が見え、険しい表情を浮かべた。
「……働かされているのか。お前のような年若い奴隷に、奴隷を売らせるとは……」
怒りの滲むグレイの声を聞き、十五歳ほどに見える少女は自身の首を片手でなぞるように触れる。
「あ、奴隷印のことですか? 私はその、実は逃亡奴隷でして……内緒で働かせてもらってるんですよ。本当は店の裏にいないといけないんですけど、お客さんがいっぱいで大変そうだから、ちょっとだけお手伝いに……」
照れたように笑いながらそう言う少女に、グレイは毒気を抜かれたような顔で眉を顰める。
「無理矢理働かされているのではないのか」
「え? いやですね、お客さん。この店で嫌々働いてる人なんていませんよ。三食食事があってベッドで寝られて、今は従業員が増えたからって七日に一度お休みの日まで頂けるんですよ? すごいですよね」
輝くような笑顔で、少女はそう語った。予想外のその姿にグレイは酷く動揺しながら一歩後退し、周りを見ながら口を開く。
「……だが、売られる奴隷に同情するだろう? 下手をすれば同じ境遇だったなら、なおさらだ」
そう尋ねると、少女はキョトンとした顔で首を傾げ、何かに気付いたように「あ」と声をあげた。
「もしかして、おじさんもリヒトさんと同じで奴隷解放とかしてた人ですか?」
少女が声のトーンを落としてそう聞くと、グレイの眉根が寄った。
「……リヒト。聞いた名だ。確か、元奴隷の者達が集まる組織に属していたはずだが……」
「あ、その人です。リヒトさんも最初は半信半疑だったんですけど、実際に売られた先の奴隷の待遇を確認に行って、すぐに店をお手伝いするようになったんですよ? 今じゃ、王都で売られてる奴隷を買ってくるみたいなことも……」
少女がリヒトの現状を伝えようとすると、グレイの目が見開かれる。
「なんだと!?」
グレイの怒鳴り声が店内に響き渡り、客や店員の目が二人に集まった。
「あ、わわ……! ちょ、ちょっとこちらへ!」
慌てた少女は、グレイの腕を掴んで店の奥へと引きずり込んでいく。
あれよあれよと言う間に店内を引っ張り回され、グレイは裏口から外へと連れ出されてしまった。
突然外へ連れ出されたことに警戒するグレイだったが、すぐに周囲に広がる光景に気が付き、目を丸くした。




