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後衛都市への道行き





シルファはリコを連れて外に出る。

怪物たちが出現する谷はこの場所からもっと奥の場所で、険しい山道を辿っていかなければたどり着けないようなところだ。

何故かその場所以外では出現しないと、シルファから聞かされたリコは胸をなでおろしながら、自分よりも小さな少女に先導されアンミラルを目指して歩きだした。


来るときは大きな車に仲間と共に乗せられてきたから分からなかったが、結構な距離があるとリコは思う。しかし何も言わずに自分の前を早足で歩くシルファに意見できるはずもなく全力の早足で後を付いて行くしか出来ない。

やがて息が切れてきたリコは足が重くなり、シルファが振り向くとリコははるか後方で膝に手を着いて喋れないほどの荒い息を吐いていた。


「どうした?」


その不思議そうな声が恨めしい。

もう早足で二時間近く歩いているのだ。何処かで休ませてほしいとリコは思っているが、口にはできない。喋れないからだ。


「…座って休むか。これを飲め」


シルファが自分のカバンから出した水筒をリコに渡し近くの岩に腰掛けると、よろよろとリコも隣に座り貰った水筒から水分を補給する。


「酸っぱい」

「柑橘の果汁も入っているからな」


少し顔をしかめたリコを見ながらシルファは笑って足をぶらぶらと上下させる。リコの足はかろうじて地面に掠っているがシルファの足は完全に空中に浮いていた。

リコは隣でゆらゆらと揺れているシルファの髪を眺める。キラキラと陽の光を反射していて絹糸のようだと思う。


「ん?」

「…どうして僕を連れて行くんだ?」


リコの顔を見ながらシルファは少し笑った。


「どうして分かっている事を聞いているのだ?」

「えっ」


笑っているシルファにリコは少し驚かされる。


「お前はすぐ顔に出て分かり易いな」

「う」


自分の顔を触るリコに、シルファは笑いを深める。


「…お前がいると都合が悪い」

「どうして、戦う相手が怪物だって伝えてはいけないんだ?」

「死ぬために来いとは、さすがに言いにくいのだろう」

「誰が!?」


リコは岩から降りてシルファに抗議する。

座ったままのシルファはまだ足をぶらぶらとさせている。じっとリコの顔を見ながら何も言わずに足を揺らすだけだ。


「なあ、一体誰が!?誰が僕達に死ねって言ってるんだよ!?」

「…考えれば分かるだろう?」


シルファが困ったように笑ったまま言った。


リコは乾いた道の上でシルファを見ながら考える。肌をじりじりと強い日差しが焼いてゆくが気にしない。岩の横には大きな木が立っているのでシルファにその日差しは届いておらず、さわさわと葉擦れの音がする。


木陰の下で足を揺らしながらシルファはリコを見上げている。

少しだけ視線を下げたままリコは考えてみる。


単純な話なのだ。

あの大勢の人間を何処から集めてきたのか。衣食住を与えて訓練を受けさせて戦士に仕立ててから谷へ送る。

その金銭が何処から出ているのか、考えれば分かることなのだ。


「…国王が?」


シルファは肩を竦めた。


「どうして?僕達は国民じゃないって事なのか?」


リコの声が震える。

確かに貧民街に生まれたリコは学もなく技術も無い。教わる場所も機会も無かったからだ。そんな子供たちに何かを施してやろうなどという酔狂な領主はいなかった。


「自国の民だから使い捨てるのだろう」

「な」

「奴隷をよそから買い付けるよりは忠誠心が強い。自分の国なら守ろうという気になるだろうからな」


リコは乾いた道の上で、此処が砂漠にでもなってしまったのではないかと思えるほど日差しの熱を感じた。頭がくらくらして喉もひりついた気がする。


「まあ、落ち着け。お前にはもう関係ない事だ」

「…え?」


シルファは岩から飛び降りて、おしりの埃をぱっと払う。


「お前が再びあの谷に行く事はないだろうし、他の者は事実を知らないまま消えたのだ。今更掘り返す話でもあるまい」

「そ、んな」


シルファは普通の顔でリコを見上げている。

リコは足ががくがくと震えたまま近づいたシルファを見降ろすことしか出来ない。どうしてこんな小さな少女が恐ろしい集団殺戮を平然と語っているのかが分からない。


「…行くぞ」

「アンミラルに帰っても僕には行く所が無い」


動き出そうとしないリコを見上げたシルファに、絶望的な顔のままリコは告げる。シルファはリコの前に立ったまま小さく首を傾げた。

それからにっこりと笑って歩き出す。


「いいからボクについて来い。お前がそこに突っ立っていたところで誰かが助けてくれる訳じゃない。アンミラルの先の都市に行くとしても、この道を歩いて辿り着かなければならないのは一緒だろう?」

「…っ」


言われた事は間違いなく真実だ。

何処に行くにもアンミラルを通らなければならないし、ここに居たところで誰が来るわけでもない。この道はアンミラルと怪物の谷とを繋ぐためだけに作られた道なのだから。


リコはどんどん先を歩いていくシルファを見送っていたが、やがて見失う前にその後を追って歩き出した。

自分がどういう扱いを受けるか、想像するのは恐ろしい。

リコは暑い日差しが射しているカラカラに乾いた道で、小さくなりつつある少女の姿を追いながら、泣く事にも疲れた心で足を引き摺るように歩いて行った。







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