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顔にバシャッと赤いものが掛かった。

少年は構えた剣を掲げる事すら忘れて、目の前の怪物を見上げた。


赤黒い色をした巨大なミミズが何十匹と集まって蠢いているような頭部にはカメラのレンズのような目と思われる部位があり、それが少年と少年を庇って両断された男とを見降ろしている。

身体は変形した鎧の様なもので覆われていたが皮膚は見えず、たえず蠢いている虫状の物が上へ下へと鎧の中を移動して、その全体を動かしている様だった。


『ゴアァァ…』


そのミミズ状の肉塊の隙間から、水蒸気が漏れて声も漏れた。

確かに顔と呼ぶならその位置に口があるのが普通なのだろう、少年はそんなたわいもない事を考える。

身体を動かさなければならない事は分かっていた。ここから一秒でも早く離脱しなければいけない事も。

だがどこへ逃げればいいのか。

此処へ一緒に来た仲間たちは既に誰一人として残っていないだろう。この怪物が少年の前に現われた時に、仲間たちの断末魔が辺りから一斉に聞こえたのだから。振り返りはしなかったがこれと同時に他にも怪物が出現したとしか思えない。


それならば、生きている人間が自分しかいない場合は、他の怪物はどうするのか。


「…は」


嫌な事を思いついてしまったと少年は力なく笑った。

獲物が一匹しかいなくなったら、そこに殺到するに決まっているじゃないか。

それの証拠のように背後からも何かを引き摺るような大きな生物が近寄って来るような音がした。少年の足ががくがくと震えだす。見上げている怪物にすら勝てやしないのに、あと何体かいるだなんて。

少年は目の前の怪物を見上げたまま、この不条理を作りだした世界を呪う事しか出来なかった。


その時。

見上げていた少年の目の前で、怪物の頭部がバシャッと半分に割れた。

ミミズ状の何かが激しくのたうち回り、割られた部分を修復しようと頭部に殺到する。少年の上に怪物の切られた欠片が体液と共に降り注ぐ。


とっさに声を出しそうになった少年はしかし、怪物の体液を飲み込んではマズいと自分の手で口を塞いでから後ずさった。

赤黒い欠片と真っ黒な体液が、雨のように地面に降り落ちる。得体の知れない匂いがして吐きそうになりながら、少年はそれでもじりじりと後退をしていた。

だが。


「それ以上下がるな、止まれ」


上の方から声を掛けられると、条件反射のように身体が止まった。

少年は今回の集団の中では下っ端だった。所謂新人だったから命令されると自然にいう事を聞いてしまう癖がついていた。

足を止めた後に思わず声のした頭上を見上げる。


怪物の身体が巨大な剣で真っ二つに切り下されるのを、見た。

その剣がギリギリ自分の目の前で地響きを上げて止まったのも分かった。


少年の目の前でその切っ先が地面を抉り、半分に割れた怪物が地鳴りを上げて左右に倒れ込んだその真ん中から、人が飛び出してきたのを信じられない気持ちで眺める。

その人間が再び刀を持ち上げて、少年の背後に迫っていた怪物に切りかかっていくのを目で追った少年は、その後次々と切り捨てられていく怪物たちが放つ臭気に耐えながら、汚い布にくるまれた人間がクルクルと動くさまを半ば自動的に目線で追いかけ続けた。


この最果ての瓦礫しかない場所で、軽やかな動物のように。

その人間はおぞましい怪物たちを簡単に剣で切り倒して回った。

ほんの数分の間に、何体もいた怪物はすべて地面に倒れていた。原形をとどめているものはどれもいない。全ての怪物が綺麗に切り刻まれていた。

最初に少年の前に居た怪物も、跳ねまわっていた人間があの後何度も切っては離れまた切っては離れていったので、最終的には得体の知れない肉の山に変わり果てていた。


「大丈夫か?」


怪物の体液を全身から滴らせた人間が、声を掛けて近づいてきた。

少年は立ったままびくりと身体を硬直させる。自分の剣はまだ握ったままだったが、多分人間だろう目の前の者に、振るう気もなかった。

なにより命の恩人ではないか。

そう思って体液の滴る人物が近寄って来るのをじっと待っていると、少年は不思議な事に気付いた。何故だか遠近法がおかしいのだ。

その人物が近付くにつれて少年は自分の目線が下がっていくことに違和感を覚えた。巨大な剣を引き摺って近付く人物は、なんだかとてつもなく小さい気がしてきたからだ。


いや。ありえないだろう。あんな怪物を倒した人間が自分よりも小さな体をしているなんて。

柄を握ったまま引きずられている剣が、地面に落ちている石に引っかかるたびにガリガリと嫌な音を出している。


やがて少年の前に立った人物は、少年を見上げながら笑った。

もっとも液体に濡れたフードが顔の殆んどを隠していて、少年にはその口元しか見えなかったのだが。


「生き残りがいるのは、珍しい」

「…そうなのか」

「ああ。久しぶりだ」


その声は震えるガラスのように華奢な響きを持っていた。話している内容にはとてもそぐわない音律だった。


「さて。生き残ってしまったのなら仕方ない」


その人物は巨大な剣をグイッと右肩に掛けて構えた。少し体勢を低くして少年を見上げる。構えた剣を振るわれたら自分など四方に飛び散って形などなくなるかもしれない。少年がそう戦慄した時に、はるか後方から何かの足跡が聞こえた。大きな何かが動く音。


少年が振り返ると、すべて倒されたはずの怪物たちが仲間の死体を踏み分けて、こちらを目指して集まって来ていた。


「え、どこから?どうやって?」


焦る少年に、刀を構えた姿勢のまま人間が声を掛ける。


「第二陣が来たようだな。…まあ、最後まで生き延びられたらいいな?」


言い終わった途端に汚れたままで刀を振り下ろす人物は、様々な異形たちを次々と切り倒していく。

少年は戦いに巻き込まれないように必死に逃げながら、本当に生き残れるのだろうかと疑問に思っていた。


全てを片付けると、何処からともなくまた怪物が湧いて出て来る。

三回目の時に眼を凝らしてみたが分からず、六回目の時には体力が尽きていて見ることすら叶わない。その後は気を失ってしまった少年に終わるまでにかかった回数は分からなかった。




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