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あずさ号の小さなお客

作者: ねずみの涙

 

 発車を告げるベルが鳴りやみ、新宿行きの特急あずさ号が松本駅を出発した。

 指定席に、小さなリュックサックをしょったまますわったアツシは、そわそわと、落ち着かなかった。いごごちが悪かった。


「窓がわで、となりにだれもいない席じゃないといやだ!」


 と、松本駅で、見送りのおかあさんにごねたが、どうにもならなかった。


(このひと、やっぱりおっかなそうだな)


 二人がけの座席の右どなりには、黒っぽいスーツを着た若い男が座っている。出発前のあずさ号に乗り込んだおかあさんが、はちきれそうに大きくなったおなかをさすりながら、


「この子、立川駅で降ります。ひとりなんです。よろしくおねがいします」


 って、たのんだ。先に座っていた若い男の顔を見たとたん、アツシは、やばい!とおもった。

 面長な顔のまゆ毛はそったようにうすく、細い目が少しつりあがっていて、目つきがするどい。キツネのような顔をした男は、お母さんとアツシの顔を交互にちらりと見ただけで、迷惑そうに、マンガの週刊誌を読みはじめてしまった。そして、今も読みつづけている。


 カタッコトッ。カタッコトッ。


 あずさ号は、ぐんぐんスピードを上げていく、

 アツシは、外の景色が見たいのだけれど、日よけのブラインドがおろされている。右の窓がわの席にすわったお客の全員が、ブラインドをさげている。

 キツネ男がとくにいじわるをしているわけではなさそうだ。


 松本駅をでたときは、この車両のお客は半分くらいだった。それが、ひとつ駅にとまるたび、すこしずつお客が増えてくる。車内が、にぎやかになってきた。小声でなにかおしゃべりしていて、みんな楽しそうだ。

 ちょっぴりさびしくなったアツシは、リュックサックをひざの上におき、中からアメを一つつまみ出した。


 急に、となりのキツネ男がムフフッと、肩をゆすって笑った。アツシはおどろいて、ふりむいた。上の前歯が一本抜けた口をあけて、マンガ本に夢中のキツネ男が、にやにや笑っている。


(へんなおじさんだなぁ)


 と思っていると、目と目があった。キツネ男は、ちょっとはずかしそうな顔になり、ゴホッ、ゴホンとせきばらいをした。


「アメ、あるよ。みかん味だよ」


 アツシの小さな手が、アメをさしだした。一瞬、キツネ男はとまどったような表情になった。でも、うんうんとうなずきながら、アツシからアメをもらい、ぽいっと口に放りこんだ。


「きみ、いくつだ?」

「六歳。こんど、一年生なんだ」

「ふーん。今、春休みかい?」

「うん。おかあさん、長野で赤ちゃんをうむんだ。だから、ぼく、ひとりで立川まで帰るんだよ」


 キツネ男はまた、ふーんと言うと、マンガ本に目をもどし、それ以上は話さなかった。


 カタッコトッ。カタッコトッ。


 あずさ号は、快調に甲府盆地を走っていく。

 甲府駅に着くと、お客がたくさん乗ってきて、席はほどんど埋まってしまった。甲府駅を出てからしばらくすると、車掌さんがやってきて、お客の切符を見てまわった。おかあさんに言われたとおり、アツシは、リュックサックのポケットから切符をだし、車掌さんにスタンプをおしてもらった。

 おしっこがしたくなって、アツシはトイレにいった。切符を調べにきたら困ると思い、ずっとがまんしていたのだ。

 おしっこをすませ、席にもどると、となりのキツネ男はうでをくんで、ねむっていた。グーグーと、いびきのような寝息がきこえてくる。車内はぽかぽかとあたたかい。アツシも、ねむくなってきた。

 目を大きくあけてがまんしようとしても、ついには、まぶたがひっついてしまう。車内のざわめきが、だんだんと遠くなっていく......。


 カタッコトッ。カタッコトッ。カタッコトッ......。


 だれかが、肩をツンツンとつついた。はっとして、アツシは目を覚ました。リュックサックをしょったまま座席からずりおちそうな格好で、ねむりこけていた。


「もうすぐ、立川駅に着くぞ。わすれものするなよ」


 となりから、声がきこえた。


 あずさ号の重いとびらが、ゴーッとあいた。アツシは、立川駅のプラットホームに気を付けながらおりた。

 顔を上げると、目の前に、アツシのおとうさんが立っていた。大きな手で、らんぼうにアツシの頭をなでた。

 発車のベルが、鳴った。去っていくあずさ号をふり返り、アツシは、小さく手をふった。


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