猛獣女の異世界転生恋愛譚 〜行く手を阻むものはブチのめす〜
投稿第5弾となります。本作もよろしくお願い致します。
今回はダブル主人公、ダブルモフモフでお送りします。
ゴッ……ゴッ……ゴッ……
ダンッ!!
(あ〜ぁ、ホント嫌になるわ)
毎日、毎日代わり映えのしない日々。
朝起きて、ご飯作って食べて、会社行って仕事して。
帰り道時々通りすがりにトンネルの壁殴って、家帰って、寝て。
仕事と言っても、ひたすら向こうのデザイン通りの注文品を作って納めて。そうしたら、今度は向こうの中でチェックする担当の人が、ココが気に入らないからああしろ、こうしろって。何度もやり直しさせられた結果デザインと全然違うものを作らされて、挙句の果てに
「オーダー頂いたお客様から、『出来上がってみたらデザインと全く違ってる上に気持ち悪い』って返されたから作り直しよろしく。今度はデザイン通りで良いってさ」
「(ふっざけてんじゃねぇぞ! あの薄らハゲ!!
こっちの会社に来る度、床の上に髪の毛ハゲ散らかしまくりやがって……掃除するコッチの身にもなりやがれ! ってんだ、こんの)くそボケがぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドゴンッ!!!
「おー、荒れてんねー?」
「ぁ!?(荒れてるって分かってんなら気安く話しかけてんじゃねーぞ、このクソボケがぁ。毎度毎度歯チラつかせやがって……パスタみたいにへし折るぞ、ゴルァ!!)」
誰かが付いて来てることには気付いていた。イライラしてるところに話しかけて来た空気を読まないアホ男に、母音1文字に全怨念を込めて返答する。
「ちょ、待って。待って! 目が怖い!!」
分かってんなら話しかけんな。
「…………」
「せめて何か言って!?」
ハァ……
「で、何の用?」
クダラナイ内容だったらこいつのブランド財布の口を全部マジックテープに変えてやる。
「ぅわ、今ゾクッとした」
「それだけ?」
よし、ヤろう。
「いやいや待って! ガチで待って!? ねぇ、何で手にマジックテープ持ってるの?? あと、それ俺の財布! 俺の大事なお財布様に何する気!?」
「バリバリ言わせてやんよ」
「ヤメテ!!」
ふぅ、ちょっとスッキリした。それにしてもお金払ってジム行ったり、バッティングセンター行ったりするよりもスッキリするって何。……ん? それよりこいつ、いつまで蹲って泣いてんの?
「ちょ、そのゴツいブーツで蹴るのやめぃ!」
なんだ、泣いてないのか。ウジウジしてんのが悪い。結局さっきは何もしないであげたじゃんか。
「んで?結局、用件何よ?」
結局そこに戻る。無駄な時間使わされた。
「あ……その冷たい視線ちょっとイイ」
「死ね(死ね)」
「え、ちょ。冗談、ちょ、ま!」
ギャァァァァァァァァァ!!!
〜〜しばらくお待ち下さい〜〜
ふはぁ〜、完璧。スッキリしたわぁ〜。
これで明日からまた、しばらくは頑張れそう。たまには役に立つよねー。
「うっ、うっぅぅ……もうお婿に行けない……」
「嫁さん貰え、長男」
「あ、そっか」
心底納得したような顔でキョトンとしているこいつは私の同僚だ。ちなみに中学校からの腐れ縁。中学、高校と一緒で、大学で離れたと思ったら就職でまた一緒になったという。
新入社員研修初日に精魂尽き果てて、地面に落ちていたのに気付かず私が思いっきり背中を踏んだのが再会。
ちなみに再開後の初会話は「あ、お久」「お、グブォッ、久ー」ココだけならまぁ、よくある会話なんだけど。片方は 背中踏みながら、もう片方は踏まれながら。色々ヒドイ。
が、何故か昔から懐かれてる。社内で珍猛コンビと言ったら私とこいつだ。ちなみに私は猛獣ね。コレは珍獣。
「なんか、ヒドイこと言われてる気がする!」
「気のせいじゃないよ」
「あ、うん。そうだよね! 気のせいか……じゃないの!?」
サラッと流しかけてから、ズバッ! と音を立てそうな位勢い良く振り返る。なかなか良いキレしてるじゃないの。
だから珍獣言われるんだよ。本人が気に入ってるから救いようがないケド。
***
結局こいつの用件とやらは飲みのお誘いだった。ほほぅ、奢りか? よろしい、飲むのは私にまかせろ。お前会計な。その大事な財布を空にしてやる。
「ん?」
「どうした?」
「ん、んー? なんかゾクッとしたけど気のせいっぽい?」
残念、それはきっと気のせいじゃない。
3時間後に、悪寒を流した自分を悔やんで涙するが良いわ……!
クフフフフフ……
「ぅわぁ」
「何」
「いや、悪い顔で笑ってると思って」
「自覚はある」
「あるんかい!?」
うん、こいつはヘタレで珍獣だけど一緒に居るのは気が楽なんだよね。会話とか。居酒屋で会話してると時々拍手貰う。何でだ。
恋愛感情は皆無だが。大事なことなのでもう1度言おう。恋愛感情は、皆無である。
「ぅーわー、今度は凄い顔ー」
「知ってる」
ブハッ
「うわ、汚なっ」
「いやー、だってもったいないじゃん。せっかく顔立ちは美人なのにー」
「鏡貸そうか?」
「何でだよ」
「顔だけならモテるのに口を開くと残念臭が隠しきれなくてすぐフラれる上にヘタレで腕力弱くて女に押し倒されて恐怖のあまりガチ悲鳴あげた経験ありな珍獣が目の前にいるからだよ」
「まさかのワンブレスッ!?」
***
「飲んだ」
「超飲まれた……」
自腹だとほとんど飲まないけれど、奢りなら底なしで飲めるぞ私は。大学時代にはこの顔に釣られて来た男に奢らせて、たらふく飲んで涙目にしたのは数知れず。
ちなみに大学時代の裏のあだ名は『黒田節』ちなみに表のあだ名は『猛獣』
カツ、ゴツ、カツ、ゴツ
「なー?」
「ん?」
「もしかして、会社辞めんの?」
「ん」
「会社でなんかあった?」
「んーん」
「俺の事好き?」
「それはない」
「ひでぇ!」
当たり前だ。つか、何だ? この会話。
「……マジで辞めんの?」
「ま、ね。そろそろ潮時かなって。私も、もうすぐ35だし」
実際、いい加減そろそろ結婚しろって両親が、特に母親がうるさいんだよね。
ずっと仕事でやって来たから、今更相手探せってのも憂鬱なんだけど。姉ちゃんいるから良いじゃんよ。
「そう思うよね?」
「ぇ? いきなり何?」
「チッ、使えない」
「からの理不尽な罵倒!!」
ジッ、ジジッ……
うわ、この道嫌いなんだよね。ココで6回位変質者に会ってるからさ。なんであいつら、ぶちのめしても、ぶちのめしても出て来るん?
溜め息を吐きながら歩道橋を登り始める。
……何なんだ、この沈黙は。なんか
「不気味」
「おおぅ!? 今度はなんだよ!」
「いや、今の沈黙があまりにも不気味だったんで、つい」
「あー、うん。確かにこの道ってなんか気味「イラっとしたから殴りたい。反省をする気はない」唐突な謎の犯行予告」
…………!
ん?
「何か言った?」
「ん? いや、俺は何も言ってないけど」
「気のせい? ……いや、私の野生の勘は超警戒しろって言ってんだけど」
「お前何者?」
「猛獣」
「知ってた」
ゴヅッ
「いってぇ! いちいち蹴るなっての。落ちんだろーが!」
「イラっとした」
「本当のこと言っただけじゃ……っ!」
ぅん? 虫でも飲んだ??
って……。う、わ!? 急に引っ張るなって!
「……ぇが……るか……!!」
何、は? 何あの人。なんでユラユラ、ブツブツしてんの。っつうか。うわぁ……、あれ、ガチでやばい方の人じゃないの?
何を仁王立ちしてんだ、このヘタレ! さっさと逃げろって……!?
「早く、走れ!!」
「お前がいるからぁぁぁぁっぁぁぁ!!!」
なんのことだよ!?
いきなり叫んで掴みかかって来た知らない女。
グラ、とバランスを崩した私は、そのまま仰向けに……落ち……!
「……っ! させるか!」
倒れかけた私の左手を、グッと引っ張り、引き寄せようとするヘタレ。
だけど
…………お前、腕力ないじゃん
グラリ
***
ぅ、いっつ、ぅ〜……。あの女マジで許さねぇ。今すぐぶちのめしに行ってやるからそこで
「グルゥオォォォォォ!!!(首洗って待ってろぉぉぉぉぉ!!!)」
お、おぉ? ……ぉん?
いやいやいや、一体全体ココはどこよ。どこを見ても木しかないって。森かココは。歩道橋は一体どこに消えた。
気付けばあの女もいないし。チッ……ぶちのめしそびれた。
何気に首筋を掻こうとした時、気が付いた。
この手、何よ。
黒い毛がびっしり生えた手の平。そこから伸びる鋭く頑丈そうな爪。名前の響きのわりには可愛らしさのカケラもない、存在感があり過ぎるほどの真っ黒い肉球。試しに手をにぎにぎしてみたら、ゴツい手がわぎわぎ動く。
子供の時に動物園で見たクマがこんな掌をしてた気がする。
そのまま自分の体を見下ろすと、真っ黒い毛がびっしり生えた胴体と、掌と同じく鋭く尖った爪を持った足。胴の長さに比べると、脚の長さは短く、二足歩行では素早く走れないであろうことを推定させる……
「ガゥ(てか、クマだね)」
猛獣が猛獣にクラスチェンジしたってか。いつから人間は獣に進化するようになった。ダーウィンもビックリだ。途中の過程完全スキップかい。
……ねぇわ、ボケェ!
……うー、あー、チクショ。あのヘタレがいないとボケても張り合いないわ。っつか、ヘタレどこよ? 一緒に落ちたんじゃなかったっけ??
キョロキョロと周りを見回すも自分以外に、他に動くものの影はなし。
「グゥゥ……(一応、探してみるか)」
テクテクと……いや、ザスザスと適当な方向に歩き出す。足音が重い。最初は上手く四つ足では歩けないか? と思ったが違和感のカケラもなく普通に歩ける。何故普通に歩けるのか、釈然としないものはあるが……まぁ、よしとしよう。
「ガゥ、グゥゥ(しっかしクマか。私に似合うっちゃ似合うけど、一応生物学的には人科・メスだったのに突然のクマ科・メスとは)」
ピタ、と足が止まる。
……メス、だよね? 一応、確認のため、四つん這いのままググっと脚の間から覗き込んでみる。良し、ナイ。何がナイのか。言わせんな恥ずかしい。
…………。
「グゥ……(つまらん)」
再びザスザスと歩き出す。最初に居た、森の中にぽっかり開けた場所を抜けて、茂みを抜けて、無言で歩く。
そのまま歩いていたらふと、地面に倒れた倒木が目に入った。……ふむ。
倒木の前に立ち止まる。グワッと片腕を振りかぶると、勢い良く振り下ろす! ……うおぉぅ、これがホントの木っ端微塵かい。
バキャァッ! と耳障りな音を立てて倒木が簡単に砕け散った。
「……グフ(圧倒的ではないか、我が力は)」
ちょっと気分が良い。それにしても、人間の時にこの力があればなー、あんのムカつく薄らハゲとかをミンチに出来たのに。物理的な意味で。やったら犯罪者待ったなしだけど。
……ん?
何かがキラリと光った。
まさか猟銃の銃口じゃないだろうな。今の私の姿だと、害獣駆除待ったなしなんじゃない?
いつでも走り出せるように、ジリ、ジリ、と足を動かす。
視界に入る光は注意して見つめる毎、少しずつその角度を変えて輝いている。
「ガゥ(なんだ、ただの池か)」
びっくりさせんなし。ちょうど良いから、水分補給しとこう。
のっしりと体の向きを変えて、ザスザスと地面を抉りながら歩き出す。フンワリ生えた草が足の裏に心地イイ。段々と足下に湿り気を感じて来た頃、池に辿り着く。
水を飲むためグッ、と池に身を乗り出して
「…………(なんぞ、コレ)」
水面に映った私の体には肩口から生えた3対の腕があった。
もう1度言おう。……なんぞ、コレ。
***
状況を順番に整理してみよう。
まずは、普通にいつも通りの帰り道だった。コレは良し。
次にヘタレの奢りで飲みに行って、ヘタレの財布を空にする。コレも良し。
飲みに行った帰りに変な女に襲われた……まぁ、たまにはそんなこともある。良し。
階段から落ちて、気が付いたら見知らぬ場所に居てクマになっていた。ないわ。
そのクマには腕が6本生えてた。
そうそう、今時のクマなら6本は腕生えてなきゃねー! えー? ウッソ、ヤダー。アンタ2本しかないの? ヤダ、かっこわるぅーい。
あってたまるか!!
結論。『超・非現実的』
いやいやいや、クマになるまでは良いよ? クマ強いし格好良いし。けどその後がないわ。なんぞ6本腕って。阿修羅像か! 顔も3面あったら完璧だなって、ないのか。良かった。
「グルゥ……(うーぬ?)」
どうすべ、と考えかけて。ふと、鼻をヒクつかせる。
もしかして、私、臭くない?
鼻を自分の体の至る所に押し当てて嗅いでみる。うっわ、臭っ! 脂くっさ! あの、クソムカつくハゲみたいな臭いがする!!
臭いに気が付いたら、とてもじゃないけど我慢出来ない。迷わず水に飛び込む。……物凄い水飛沫が上がった。ドッパーン言うたぞ。
水に浸かったまま、6本の腕を駆使して体中をゴッシゴシ洗う。うぅ……すっごいゴワゴワ、ベトベトしてるぅ……。
ん? なんか普通に腕全部使えてるし……とりあえず、まぁ良いか、今は。便利だし。
体をひねってあちこち確認しながら、ひたすら全身を洗う。洗って、洗って、洗う。くそぅ、石鹸が欲しい。と思いながら洗う。もちろん頭も洗う。目に爪が刺さらないようにしないと。
体をこする度に出ていた得体の知れない汚れが、爪が引っかからず毛を梳けるようになる頃には全く出なくなっていた。……そろそろ良いか。
ザバァッ! と音を立てながら水から上がる。濡れたらホッソリしてるかな、と思ったけどガッチリしてた。おぉぅ、自分の体ながら筋肉凄い、半端ない。
ダバダバ全身から垂れる水を力いっぱい、体を揺すって飛ばす。
何これ、凄い気持ちいい!!
水気を飛ばしたら凄く気分がスッキリした——代わりに周囲が大惨事だけど——おぉぅ、水浸し。ぅわ、地面びっちゃびちゃ。
せっかく綺麗に洗った体に泥が付かないよう、注意して歩く。
「グフゥ(サッパリ)」
ドライヤー欲しい。まだ全身がじっとりしてる。池から少し離れたところに転がってる岩に、人間のように座る。
「フゥ……(あったかー)」
陽射しぬくー。体が黒いから熱を良く吸収するみたい。凄いホコホコする。……これ、もしかしたら真夏死ぬんじゃなかろうか。そういえば、今の季節なんだろ。とりあえず、冬ではないのは確実。そういえばヘタレどうなったんだろ。それにしてもぬくい。眠くなりそう……。ほわー。
体を乾かしてる間は何もやる事がなく、思考が流れるままに取り止めのないことを考える。
ボヘー、と両脚を投げ出したまま、グデッと力を抜く。きっと今の私、公園によくいる疲れ果てたおっちゃんみたいな体勢になってる。
ふぅ、やっと乾いた。
のそのそと岩から降りる。短足がゆえに、岩から降りるのも一苦労だ。
……うわぁ。洗った結果、某ビフォーアフターみたいになった。毛、フワッフワ。最初のゴワゴワが嘘のようにフワッフワ。むしろ、モッファモファだぞ、これ。
水面をもう1度覗き込んで確認する。さっき見た時と比べて、全身の膨張率が凄い。どんだけベッタリしてたんだ。おぞましさに軽く身震いした。ら、フワサラァッと柔らかく毛が靡いた。……ホント、どんだけ汚れてたのよ。
まるで、ゆるキャラにありそうなフワモフ具合である。中身は猛獣だけど。ちびっ子らは近付くなよ? 泣くぞ。お前らが。
んー、で。これから何するんだっけ? あまりの臭さで記憶飛んだ気がする。
……あれ、マジで何する予定だったんだっけ?
***
あれれ〜、おかしいぞ〜?
うん、ネタやってる場合じゃないわ。んーと、こういう時のお約束は、と?
頭部への衝撃だったっけか?うむ。えーと……。うん。
岩で良いか。
ゴッシャァッ!!
…………。
ぉぅ。ジーザス。
あ、ありのままに今、起こったコトを話すぜ!——中略——何を言ってるのかわからねーと思うが、私も何を言ってるのか分かりません。
私の頭は岩より堅いんかいっ!! あー、もう!
「グルゥオアァァぁぁぁぁぁぁ!!!(非常識いい加減にしろぉぉぉぉぉ!!!)」
「ピィッ!!(ひぃっ!!)」
……ぁん?
視線を向けた先には、全身でガクブルしている、耳の垂れたちんまい茶色いウサギ。角生えとる。
……なんぞ、これ。
じーっ、と。じ——っと……なんかこいつ見た事ある気がする。
思い出しそうで思い出せないモヤモヤ感に襲われながら、じーっと見る。
ひたすら無言でじ——っと見てたら
「ピ、ピュイッ(さ、さっきぶり?)」
て、おい。まさかとは思うが
「グルァァァァァァ!!(お前かぁぁぁぁ!!)「ピギャァァァァ!?(きゃぁぁぁぁぁぁぁ!?)」」
カオス空間の出来上がりである。
「ピ、キュィ?(落ち着きましたでしょうか?)」
「グルゥ、ガゥフッ(なんで敬語だし)」
「ピィ(や、なんとなく)」
「グゥ?(ほーん?)」
「キュ、ピ、ピピャ(だって前より怖くなってんだもん)」
前より、ねぇ? ほほぅ、良い度胸をしてるではありませんか。
「ガゥッ(食ったろか)」
「ピッピャ————!?(冗談にならないからヤメテ!?)」
ハハッ、冗談だとイイネ。
「ガル、ガウガウ(それにしてもどっから沸いて来たん)」
「ぎゅぴ。ピピッ(人をボウフラみたいに言うのやめて下さい。あっちから来た)」
ほーん? なるほどー。ま、そんなどうでもいいことは置いといて……と。
あー、落ち着く。コレよ、コレ。
しっかし、まぁ
「ガゥ(小さい)」
「ピ!?(いきなり何!?)」
「ガゥ、グゥラゥ(や、随分と縮んだなーって思った)」
軽くプチってなりそうじゃない? 多分手乗りサイズ?
「キュピイ! ピィ、ピピッ!(縮んでねーし!他のウサギも同じくらいだっての!)」
「ガゥ? ガゥ、ガフッ(そうなの? つか、なんで知ってるの。他のウサギ見たん?)」
「…………(…………)」
ぉ?
「グルゥ(何か言えし)」
「……ピィ(……襲われた)」
「ガウ?(何て言われました?)」
「キィ! キュ、キュイピピッ! ピギィィィィィ!!!(だから! 襲われたって言ったの! ちくしょう、なんでおればっかりぃぃぃぃぃ!!)」
お、おぅ。正直すまんかった。ちなみに
「ガル?(メス、オスどっちに?)」
「……きゅ(……オス)」
…………。
涙、拭けよ……。
ただでさえ垂れた耳が、完全に地面引きずってるわ。……すまん。ちょっと弄りすぎた。今は反省している。
「ピ—(反省してねーだろ)」
「ガフ、ガゥン(いや、してる。なんか無性に安心したせいで言い過ぎた)」
…………。ちょっと。何よ、その顔。
「ぴ、ぴぴぃ? キュイキュ、ピ……!(ちょ、マジで? 安心したとか。ぅわ、恥ずかしいんだけど……!)」
あ、じわじわ耳立ち上がって来た。おおぅ、何これ面白ー。
ぉ? あ、ごめん。何か言った?
「ぴ……(だよな……)」
あ、今度は凄い勢いで垂れた。いや、ごめん。マジで聞き逃したんだ。ちゃんと聞くからもっかい言って?
「ギュピ—(ぜったい、いわねぇ)」
***
あの後、何言っても返事してくれなくなって超焦った。
必死に謝って、声掛けて、無理やり視界に入ってみたりしても完全無視で。そうこうしていたら急にブワッと涙目になった。ら、逆に超謝られたけど。
今ではすっかりいつも通りである。うん。良かった。
「ピ。ピュィ、ピ?(それにしてもさ。モフモフ具合がハンパなくね??)」
「ガゥガゥ、グフン(羨ましかろう。私の渾身の努力の結果です)」
ふふん、とドヤ顔。苦労して洗ったんですよ?
「キュ(まじか)」
まじです。
「ガゥー(そう言えばさ)」
「ピ?(何ー?)」
「ガルゥー、ガフン(あの変な女何だったんだろうね)」
おぉっとぉ? 何故、いきなりガクガク震え出しやがりましたか。……目が合わない。
動揺しすぎでしょ。何か知ってるの?
「ぴぃ?(怒らねぇ?)」
「グゥ?(何をよ)」
「ぴ、きゅぎゅ……きゅぃ(今の俺達がこうなってる原因……俺のせいだ)」
はい?
いきなり何言い出したの、このウサギさんは。あの変な女のせいだろうに。
「ピピ、ピピュイ。きゅ、ピィ……(直接はあの女のせいだろうだけど。元々の原因は、あの女、俺実は知ってるんだ……)」
うん、掻い摘んで話すと。
いつの間にか勝手に一目惚れされた挙句に付き纏われて。迷惑だと断ったら諦めた、と思っていたのに実は全然諦めていなくて。あの女の「お前のせいで」発言は、普段私がよく話したり、飲みに行ったり、会社でもセット扱いされてるから私と付き合ってると思い込み、私を排除しようとして強行に及んだ、と。
長いわ。軽く2時間は過ぎてるんじゃないだろうか。
つうかさ。
「ガフ(ただの逆恨みかい)」
「キュ……(ごめん……)」
はぁ……
思わず、溜め息をビクッと震える耳垂れウサギ。なんでびびんのよ。
「ガルゥ、グゥ、ガウガフ。グフン(あんたが謝ることないでしょ。こんなヘタレに勝手に惚れたのは向こう、勘違いしたのも向こう。人を殺そうとしたのも向こうでしょうが)」
なんで私らがクマとウサギになってるのかは知らんけど。ヘタレにはぴったりやね。
「ピギュ(さらっと俺のことディスらなかった?)」
「グフ(気のせいじゃないよ)」
「ぴゅぃ、ピィ……キュイ!?(そっか、気のせいか……じゃないの!?)」
ぶっは、耳がぶるんっ! てしたぞ、今。そのままの勢いで顔にベシってなったけど大丈夫?
「キュ……(鼻に当たった……)」
ご愁傷様。元気出せ。
のすのす、ぴっこぴっこ
とりあえず、落ち込んだヘタレを慰めて、元気になった後は2人並んで適当な方に向かって歩きだす。クマとウサギが仲良く並んで歩いてるとか、何そのメルヘン。
ただし、クマには6本の腕が生えていて、ウサギには頭に角が生えてます。何そのふぁんたじー。
ん?
急にぴたっと止まったウサギが、途端に忙しなく耳を動かす。
「……グルゥ(……ひょっとして何かいんの?)」
「ピ、キュピピッ(うん、何か聞こえた。気のせいじゃない)」
……チッ。忘れてた。
そりゃ、そうだよね。他に何も生き物がいないわけないじゃん。姿が見えなかっただけで鳥の鳴き声とかはしてたわけだし。
うーわぁ、イヤな予感してきたぞー?
「グゥゥ(ちょい下がって、そこの小動物)」
「ビ(小動物言うな)」
(がさがさっ)
相変わらず警戒して耳をぴこぴこ動かしてるウサギに声を掛けると、私の耳にも何か聞こえてきた。
……明らかに何かの生き物だね。音から察するに結構大きい。……チッ、ご丁寧に、わざわざこっちに向かって来てるとか。
「キィッ!(来るよ!)」
ガルァァァァァァァァ!!!
がさがさと、藪を掻き分けて来たのは6本の腕を持った灰色のクマ。まさかのお仲間かい。
私達をと言うか、私を視界に入れると立ち止まり威嚇の咆哮を上げる。……うっわ、耳がビリビリする。ひょっとして私よりデカいんじゃね?
うん、間違っても友好的な雰囲気はない。
って、ちょ。オイ待て、そこの小動物。何前出てんだ。
「ピィ! キュ……キュイ!(早く逃げろ! 今度こそ……絶対守るから!)」
……いきなり漢見せんじゃねーし。だいたい
ガルァァァァァァァァ!!!
「ギャンッ!!」
勝てる訳ねーべ。つーか、さぁ?
「グルァァアアアアオオオ!!!(何してくれてんだテメェェェェェェ!!!)」
立ち向かおうとして、アッサリなぎ飛ばされたウサギの姿に
ぶちぃっ!!! と
ブチ切れちゃいましたよ? 私。
さぁ、狩りの時間だ。
***
ゴルァァァァァァ!!
ガァァァァアアアア!!!
野獣の咆哮が響く。互いの顔を殴り、噛みつき、体全体でぶつかる。何度も、何度も。
転げ回っている内に体は汚れ、至る所から血が滲み出して来る。時折ぐらりと意識が途切れそうになるものの、視界の隅に倒れたままの小さな姿を見る度、足を踏みしめ直す。
このクソグマ。絶対泣かす。
後ろ足だけで立ち上がり、上からのしかかろうとする。決してマウントは取らせない。取らせてたまるか。体格は私の方が小さい。
6本の腕は自分の思い通りに動くけど、何故そんな事が出来るのか。
ガヅッ!!
ほんの僅か、意識が逸れた瞬間に、敵の爪が額を抉る。
クッソ、流れて来る血が邪魔だ。頭部の出血は怪我の大きさのわりに、多い。
思わず悪態を吐きたくもなる。
手応えを感じたのか、ニヤリと笑っているように見えた。その姿に殺意が漏れる。
意識を逸らした自分が悪い。気合いを入れろ。
「ゴァァアアアアアアア!!!(人間なめてんじゃねーぞ、クソがぁぁぁぁぁ!!!)」
横腹に頭突きをかます。敵の足元が揺らいだ、と同時に頭もフラつく。
あまり、長く保ちそうにない。
少し離れ、息を整える。注視しろ。こっちの中身は人間だ。頭を使え。
人間が、獣に負けて、たまるか。
ガラァァァァァァァ!!
敵の咆哮。瞬時に駆け出す。クマが走るのは意外と速い。大きく開けたままの口。牙を剥き出しにして吠えさかるその口の端からよだれが滴り落ちる。
きたねぇな、おい。
頭の隅でそんな思いが浮かぶも、勢いに乗った体は一気に敵の鼻先へと食らい付く。
余裕ぶって吠えてるからだ、アホウ。
咆哮を上げている時は、体が硬直している。さっき自分でやって気付いたからな。
鼻先に噛み付いたまま、自由な腕を振り上げ、振り下ろす。爪が、深く肉を抉った感触がした。
瞬間、吹き飛ばされる。
グルアァァァァァァァ!!
クソ、しくじった!
横倒しになった体を慌てて起こす。力が抜けそうになる四肢を無理矢理踏みしめて、歯を剥き出しに、唸る。足元で、ザリ、と音がした。
敵の、足元からも音がする。
次の瞬間、身を翻すと一気に駆け出した。敵が段々遠ざかって行く。
は?
何? 逃げたの?
息を荒げながら警戒するも、藪を掻き分ける音は遠ざかるばかりだ。
そのまま、十分な時間が過ぎるまで警戒したまま動かない。戻って来る、音はしない。
ふうぅ……
深く息を吐く。体中が痛い。戦ってる間は気にならなかったのに、今になって急に痛みだした。
ズキズキと、あちこち疼き、熱い。クソ痛ぇ。ちくしょうが。
途端にさっきの光景が思い出される。
ヘタレどうなった!?
慌てて振り向くと、乙女座りをして、ポカンと口を開けたままのウサギがいた。
え、何そのアホ面。
じっと見ていると、段々プルプル震えて来る。えぇぇ、マジでなに。
「ぴぴぃ……(ガチの猛獣バトルを見た……)」
「がう(最初の一言がそれかい)」
あー、気ぃ抜けた。
ぺったり座ったまま動かない小動物に、のすのすと近付く。
ちょっとだけ離れて、隣に座る。
「ガゥ?(大丈夫? 怪我は)」
「ぴ。キュ、キュイキュイ! ピピィッ!(え、何この距離感。そんなことより、お前の方が大怪我だろうが! 血だらけじゃねぇか!!)」
血だらけだから、近付いたら汚れるんじゃんよ。
そんなことを考えてると、目の前のウサギの目からボロボロと涙が溢れ出す。えーと……どうすべ。
ぼろぼろ泣きまくるウサギを前に、ワタワタしてる血だらけのデカゴツいクマ。シュールである。
「ピ、キィ(ボロボロじゃんか。なんで、だよ)」
いや、ナゼと言われても。
「ガゥ(何よ)」
「キュイ! ピピッ、キュィ。キィッ!!(何じゃねーだろ! 何でこんなボロボロになってんだよ。何で俺じゃねーんだよ!)」
「……グゥ(いや、なんでもなにも)」
「ピギュィ!!(何で好きなやつのことも守れねぇんだよ!!)」
突然の告白である。…………。はぃ?
思わず目がかっぴらく。……瞳孔まで開いてんじゃないか、今。
えー……と、何だ。その、まぁ。
「ガゥ、グルゥ(私だって、好きな相手守りたいと思って何が悪い)」
そう返したら、今度はウサギの瞳孔が大きくなっていった。
息まで止めてない?
プルプル震えながら、固まったまま動かなくなったので、ツンツンと爪先でつつく。あ、プスッと刺さった。
「ピ!(痛ぇ!)」
ごめ。だって急に動かなくなったし。
「ピイ! ピピィ!(ちょ、おま! お前が急に変な事言うからだろうが!)」
変な事って何よ。そもそも先に言ったのはそっちじゃんか。
「キュイ。ピピキュィ!(俺は良いんだよ、ずっと好きだったんだから。お前今まで一言もそんなこと言ったことねーだろぅが!)」
当たり前じゃん、言ってないし。
「ギィ!(そういうことじゃねぇ!)」
好きなものは好きで仕方ないじゃんか。けど、あんたも知ってるように、私、猛獣だし。まぁ、今はガチ猛獣だけど。性格がこんなだから、言っても迷惑かなって。
「ギギッ!(勝手に決め付けんな!)」
うん、それはゴメン。けど、恥ずかしかったのもあるし。
「……ピ(……羞恥心あったのか)」
咬み殺すぞ。
「ぴゅい。ピ、ピュピ(土下座するから許して下さい。けど、え、マジで?)」
うん。マジで。数々の暴言、暴力は恥ずかしさを隠すためでした。
「ピィ……。ピ、ピュルピ(照れ隠しってレベルじゃねーぞ、あれ……。まぁ、それは、そうとして)」
ん?
「ピイ(改めて俺と付き合って下さい)」
私猛獣よ?
「ピ(俺なんか小動物だよ)」
本気で??
「ピ。ピイ(しつけぇ。ガチで本気だから。だからさ)」
……ぉぅ。
「ピュイ(これからも、よろしく)」
「……ガウ(……こちらこそ、よろしく)」
小さなウサギが片足を上げて横に出す。それを見た私も、ズキズキと痛む腕を持ち上げて同じように横に出す。
小さなウサギの手と、ゴツいクマの手がゆっくりとぶつかる。
「ピィ!(何でだよ!)」
いきなりキレ始める小動物。そのままポックリ逝くなよ?
「がう?(何が?)」
「ピピィッ!!(そこは手を握るところだろうが!!)」
「グフッ(それは物理的に無理だと思います)」
「ピピィッ! ビュイッ、ピイ!(諦めんなよ! 諦めたら、そこで試合終了だろうが!)」
某バスケ漫画に帰れ。
あー……こんくらいがちょうど良いね。うん。
「グルゥ(そういえばさ)」
「ピ?(何だよ?)」
「ガゥ、グルガゥ(額の角、ポッキリ折れてるよ)」
「ピギィィィィィィィ!!!(俺のアイデンティティぃぃぃぃぃ!!!)」
ま、私らだとコレがお似合いやね。
ジャンルを変えて投稿すること5作目です。
今回はダブル主人公での、恋愛あり、バトルありに挑戦してみました。
会話の相手がいるって動かしやすい。
最後までお読み頂きありがとうございました。
感想等ございましたら頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します。