2no.1
「っ…、」
眠りに就こうとすると雪崩れ込む予言の幻聴。
月はその度に抗い飛び起きた。
そうすれば予言は視ずに済んだから。
だが、いくら17年寝ていたからと言っても、ずっと起き続けていることもできず、睡魔に揺れる脳と闘う日々が続いた。
「いつから壁と同化する様になったんです?」
ふらついて持たれ掛かった壁に「いっその事、壁になりたい…」と身を預けていると、背後から聞こえる低音ヴォイス。
「ウォルターさん……」
振り向くと、仏頂面の彼が立っていた。
「……顔色が良くない」
「ただの寝不足です。その、……あまり眠りたくなくて」
前に回り込んだウォルターに、言いにくさをへらりと笑う事で隠す。
意外にも良くしてくれる彼。
夢に視た彼は、黒衣の辛辣不器用捻くれ者だった気がして、今とのギャップに月は翻弄されてばかりだった。
「クマができてる」
今もこうしてクマに触れながら目の前で心配をしてくれる彼に、顔が赤くなる。
「……睡眠薬でも作れればいいんですが」
「その発言が重症ですね。……どのくらい寝てないんです?」
「えっと……、起きてから、数えられるくらいには寝ました……」
「………。これから、スコルが隊の説明する予定ですが……」
「え! あ、大丈夫です。むしろ、構っていただいてた方が、意識が朦朧としないので、……助かります」
余程眠りたくない彼女の難儀に、ウォルターの顔が険しくなる。
「………予言を視るのか」
確信的を突かざるおえない彼の物言いに、甘え過ぎたかと月が反省する。
「御名答。……それが仕事の筈なんですが、あまりいい気分にならない物で……なんて甘え過ぎましたね。今さらですが、本当に大丈夫です。」
本当に今さら言っても意味がないと、自分でも思いつつも言ってることに既に後悔。
眠気で回らない頭に苛立ちでいっぱいだ。
「酷くなるなら倒れる前に私の部屋に来なさい。……薬を煮て差し上げます」
素っ気なくも、月をリードする様にウォルターが先を歩き出す。
彼の優しさに唖然としながらも、『彼はこういう人だった……』と滲み出る温かい気持ちにふふふ、と微笑みながらも遅れない様にパタパタと小さな足音を立てついて行く。
「なるほどね。取り敢えず君は、なるべく壁と一体化する禁断症状をなんとかする様に考えよう。王政派もそろそろ黙っていないだろうし」
月が寝不足な事をウォルターが言うと、クスクスとスコルは人懐っこい笑みを浮かべる。
だからこそ、その後に引き出された真面目な瞳に疑問が押し寄せる。
「……ん? 王政…派? ここには派閥があるんですか?」
茶化される原因になったウォルターに少し不貞腐れながらも、驚いた様子で彼を見上げる。
「あぁ。王がいて、2種類の軍があります。……てっきり視てるかと思ってましたが…」
ウォルターが驚きに目を見開く。
「闇の帝王に関連する事なら視てますが、あまりこの国の事は視てなかったんです」
何も知らない自分に、申し訳なさが滲み出た月。
「……そうでしたか。では、説明するので覚えて下さい」
徐々に聞き慣れた彼の声に、月は一文字も聞き逃すまいと意識を向けた。
この国には2つの軍がある。
王を守る為の、王政軍。
外部の敵と闘う、精鋭軍。
「聞こえはいいけど、中身は行政派と原則派のただの派閥だよ。王政軍は行政派、ウォルターと私は原則派」
「行政派は自分達の金儲けと自分の命しか考えない。敵が攻めて来ても反撃はするなだの、死人が出ても見て見ぬ振りです。……自分さえ生きてればそれでいいんでしょうね」
「まあ、基本闇側と戦っているのは原則派の私達だよ」
「……で、その行政派の王政軍があなたを巡ってこれからやって来るって話です」
息の合いすぎる2人の説明リレーに瞼をしばかせた。
「……要するに、スコルさん達は闇だけではなく、国内でも戦ってると? ……しかも立場は悪い」
「理解が早くて助かるね。つまりはそうゆう事だよ」
「……私はどうすれば?」
スコルが言いにくそうに口を開く。
「すまないが、君には牢屋に入ってもらう。」
「! 牢屋……私、死罪ですか?」
確かに武器庫を壊した挙句、滅んだ筈の脅威な一族の末裔。ましては当主で特殊能力まで持ってしまっている。
グルグルと回る不安に、月に焦りが浮かぶ。
「そこで君に提案なんだが……精鋭軍に入らないか?」
月は空いた口が塞がらなかった。
「はは、予想通りの反応だね。」
「あなたは、もうちょっと違う誘い方がないのですか……」
ウォルターの意見に同意したい気持ちでいっぱいだ。
「はは、すまないすまない。……それで、どうかな?」
「……話しはMr.ダンから伺ったかと思っていたんですが……この世界で私に拒否権は無い筈です。それに、私の身柄はそちらで管理される筈です。そっちの方が動きやすいですし……」
少し苦笑いにも当たり前に言われる月の台詞に、スコルは胸を押しつぶされた。
「……あぁ。ダンのご意見番には君の入隊は私達の隊だと言われてはいるんだが……そう言うのではなく、正式に君をウチに勧誘したい」
「?」
「つまり、ダンさんのシナリオ通りなんですが、もっと人間的な話がしたいってことです」
スコルを見てウォルターを見て、と忙しなく首を振る。
「……人間的?」
「私達は君とはシナリオどうこうではなく、人として関わりたい。……君が戦うなら、一緒に戦いたい。君のその能力に私達も力を添えることは出来ないかい?」
余りにも唐突な提案に、月の反応が遅れる。
ウォルターを見ると、彼が頷いた。
「……ええ、喜んで。私の力をあなた達に」
戸惑いながらも真っ直ぐスコルを見据えていると、後ろで微かにウォルターに笑われた気がした。
「話は纏まりましたね 」
「ああ、よかった。私達精鋭軍は君を歓迎しよう。ゆえ、と呼んでも?」
「もちろんです!」
「「ようこそ精鋭軍に」」
ニッコリとスコルが人懐っこい笑みを浮かべる。
だが、ウォルターの一言によってそれは苦笑いに変わった。
「……まずは牢屋行きですがね」
呟かれたウォルターの言葉に、月の動きが止まりスコルは困った。
そんなことが数時間前に……。
「確かに牢屋行きも承諾したけど……、ここ寒いし、…怖いし…、泣く。誰も会話してくれないし……。本当に泣く」
時計もない窓もない地下牢。
不気味な音を立てて、階段上から扉が鳴る。
ギィー
「!」
牢屋の扉が開き、顔を出した如何にも威厳のある男。
「貴様だな、出てこい」
「うわっ、ちょ!」
言われるや直ぐに手錠を捕まれ引っ張り出される。
「こけるっっ!」
引っ張られる体勢に身体は悲鳴を上げるが、男は気にもしなかった。
「入れ」
地下牢から出て、見慣れない廊下を歩けば、一つの大きな扉の前に立たされる。
「失礼します……!」
中に入るとウォルターの顔が見え安堵するが、それは直ぐに緊張に切り替わった。
長テーブルのサイドに座る10人。
ウォルターの隣にスコルもいる。
「(何より真っ正面先に座る3人……)」
右側に座っているのはダンで、真ん中に座っているのは見るからに王様。
「っ!」
「進め」
ドンッと背中を押される。
王とテーブルを挟んで立てば、背中を押した男は王の背後に立つ。
「特殊能力を持っているとやらか……」
「っ……!」
重く、重く、のしかかる声。
「名を月。家系はあのシノムン一家の末裔。それ以外は精鋭軍が報告します」
王の背後に立つ男が静かに話すと、テーブルを挟んだ王と目線が絡まった。
その隣のダンとも目が合うが、この前と違う渋い表情の彼に、やっぱりただの老いた狸かと思うばかり。
「(いや、狐か……?)」
「さぁ、シノムンの末裔よ。君の未来を決めようか」