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紳士の年の差と魔法と私  作者: 一条 いちか
時は満ちた。
7/20

no.6

別室に行くまでの道のりは、針の絨毯を歩いてる心地だった。

階段は随分と長く暗く感じ、初めて触れる現実世界は月にとっては全てが不安だらけだ。




ギイ……と扉が開くと、先程までいた優しい青の部屋とは違い、暖かい光が零れた。





「おぉ、見間違えましたぞ月! もう体調はいいかのぉ?」



穏やかな笑みを浮かべ待っていたダンとスコル。



「……彼が煎じて下さった薬が効いたみたいです」



月も同じ様に柔らかな笑みを浮かべる。

精一杯の虚勢だ。




「それは良かった。ウォルターの腕は儂がもっとも信頼しておるからな。……して、君は長い間夢を見てきた」



微笑みと裏腹にダンは早々に迫った。


「え、えぇ、そのようですね……」


「内容を話して欲しいのじゃ」


「え?」



シワシワな目の奥から出る威圧感。

月は威圧感に押されつつも困った笑みを続けた。




「……それがお応えできないんです。私、夢の記憶と言っても家族の事しか覚えてないんです」


「! ……まだお主を守るかの様にリミッターがかけられておるのか……幼子の時にかけられたリミッターは全て外した……と、すると先程かけられたのじゃな……まだ能力は機能してない……ふむ」




月の言葉に喫驚し腕を組みながら、独り言の様に左に行っては右に行くダン。




「ウォルターが渡した薬は、全て飲んだか?」



じっと見つめられる目に恐怖を感じ、月の体が強張る。




「え、え……」


「ならよい……ウォルター、儂が言った材料で作ったかのぉ?」


「……もちろんです」



ダンの問いに怪しみながらもウォルターが答えた。



「なら、大丈夫なはずじゃ……」



細く呟き背を向けるダン。

何事かと奇怪に思った月が、ダンへ一歩近かづいたその時。




「ッ!?」


勢い良く振り向いたダンは、月の頭部目掛けて手を伸ばした。



「ッツ!!」



触れた瞬間にキンっ!と高音が響き、弾かれた反動でダンが後方へ吹き飛ぶ。

壁に当たる既でウォルターが受け止めた。




「ッ!? っ、なにッ!?」



脳に流れ込む気持ち悪さから蹲る月に、次々と鮮明に映る記憶。

微かに覚えていた断片的な記憶ではない。

3歳からの事細かな記憶が、1秒も欠けずに脳内を早送りで映し出される。




「あ、…ッ、」



目の回る光景から頭を抱えるように蹲くまり続け、零れる小さな悲痛な声。


苦しむ月にスコルが駆け寄るが、彼女の言葉に動きを止めた。




「寄るなッッ!! ……今、……私に、……寄らないでッ!!! ……殺しちゃ、う」




くぐもった声。

浅い呼吸が続き次第に落ち着く。




「、随分手荒ね……Mr.ダン・ウェルジン」



殺伐な物言い。

月は睨む様に顔を上げた。


名乗ってないダンの本名を言い放った月のターコイズの瞳には、数刻前の幼さは跡形も無く消えていた。




「貴方もグルだったのかしら? Mr.ウォルター……」



ダンの背後にいるウォルターに視線を向けた月の目には、微かに悲しみの色が混ざる。



「いやいや、儂の独断だよ月。……儂等は、君がどちら側の人間なのか認識しなければならない」



揺れる事なく返される老人の鋭い目に、月は疑問に思っていたことが腑に落ちた。



ーー預言者の一族である自分は、何故この世界だけを視るのではなく、17年人として空想の世界で人格を作り上げていったのだろうか。という疑問が。




「そういう事ね……」


「月、話して欲しいのじゃ」


「……勝手ね、私の気持ちは関係ないってこと?」


「お主にはすまぬが、聞かなければならぬのじゃよ……」



ダン越しに交じり合うウォルターとの視線に、胸が苦しいのに熱くなる。




「ーーー夢の中で現実と同じ17年を過ごしたわ。ただの女の子としてね。……そこには、この世界の歴史も予言とも言われる物もあったし、私はそれを好んでよく学んだ」



ウォーターを見つめたまま微笑む。

それに気付いた彼は、反らすことはしなかったが心を深く閉ざし堅い顔をする。




「そうさせてたのでしょ?」


強く、はっきりとダンに言い放つ。


「……そこにはなんと?」


「あら、……貴方ならシノムンの一族が予言を言わないと分かっているでしょ?」



ダンを取り巻く様に月の覇気が漂った。

密かに月の後ろで、スコルがローブ下で杖を構えるが、ダンが目で制する。




「では、お主は敵じゃと……?」



いつまでも白々しい狸に、月の握っていた手が白く震えた。




「「「っ!?」」」



急降下していく室温度。

月の足元から床が凍る。



「白々しいわね……。その白々さに今までどのくらいの人を傷付けてきたのかしら? ご自分で考えたことはある?」



パキパキと鳴らしながら、室内を氷の膜が走った。




「……貴方は次期当主になる私の力を欲した。いい機会とでも思ったのでしょう。一族は壊滅、頼って来た姉も満身創痍で瀕死の状態。残ってるのは自我すらまだの赤子」


「そうじゃ、だから儂は……」


「17年も架空の世界で、いい駒になるように育て上げた」


「「!?」」


「……」



2人の視線がダンに集まる。



「違う? ……教えていただきたいわ。赤子を傲慢にも自分の駒に育てて行く気持ちを。それとも普通の女の子とし平穏に生きて欲しかったとでもほざくのかしら?」


「っ、」



誰もが口を開けないほど重い覇気。

肺が押しつぶされそうになる。



「……人の一生を自由に出来るのは、さぞ高みに上ったかのように気持ちがいいでしょうね……怒りで身が震えるわ……! 貴方のその愚かさにどれほど身近な人を苦しめたのかッ!」




パンパン!! と棚のガラスが割れる。

ダンとスコルは月を挟んだ状態で構えた。




「……」


ウォルターだけがジッと動かず月を見つめ続ける。



ふっ、っと重い覇気が消える



「ふふ……貴方が欲しかったのはこの能力?」



嘲笑いが一つ。

スっと姿勢を伸ばす。

顎を引き、一歩横に移動する様に下がる。

そして構えると、ダンとスコルを真っ直ぐ見据えた。




「水神の守護を頂戴いたしました。シノムン当主、ゆえ・ヴィクトリア・シノムンと申します。……以後、お見知り置きを……」




優雅に腰を落とす。

揺れる黒髪から覗くターコイズ。





ーーーー 1番知りたかったんじゃないかしら?




顔を上げ、艶やかに笑った。







「水神……、お主はその力をどうするつもりじゃ?」


「もちろん私の目的の為に使うわ。……安心しなさいな、神のお恵みを返上してでも闇側に忠誠心を違うことはないわ……貴方が私にそう刷り込ませた」



不敵に笑う。



「……全ては貴方の思惑通り。17年も眠り続けた私は、この世界の仕組みも知識も触れた事が無い上に、夢の世界にも戻れない。シナリオ通り、ここに身を置くわ……どうせ、道を塞いでいるのでしょう?」




静かに氷の膜が月の足元へと引いて行く。

そうする事で抵抗する意がないと伝えるかの様に。



「そうか。……スコル、もう楽にして良い」


「ですが!」

「よいのじゃ!」



反論しようとした彼をダンが抑えた。



「月、君には悪いことをした。儂は君を違う家に預けることも出来たが、そうはしなかった。君が言った通りじゃ。その結果君の17年という月日を奪ってしまった」


「……」



殺せそうな視線をダンに向ける。



「だが、君も知っての通りシノムン家に流れる血はとても魅力的なのじゃ。……ハデスが滅びてない今、それを野放しには出来ん」




黙っていた月はウォルターを一瞥しダンを見据えた。



「………とんだ傲慢な見解ね」


「皆、老人に優しくしてくれる。……償いにもならんじゃろうがこの老いぼれを憎むことで、怒りを鎮めてはくれんかのぉ」




含まれてる意味に気付けない程、純粋ではない。



「……私をあの時匿って下さった貴方と、姉の恩に律儀な娘に育てたのは、他ならない貴方でしょうが。……お望み通り、なんなりと」




浮かべた笑みは、自分の運命を呪ってか。

きっと彼女の怒りですら、目の前の狸には想定内のことだろう。




「悪いけど、私の意思を一番に優先させて頂くわよ」


「あぁあぁ、もちろんじゃとも。良かった…君の部屋は既に用意してある。ウォルターに案内してもらうといい。……それからここの隊にも入隊してもらう」


「! ……小聡明い爺さんね。苦労してこの姿になったのに、男にでもなれって言うの?」




ダンの突拍子のない台詞に、乗り越えたばかりの苦痛を思い出して月の顔が歪む。




「ほっほっほ。手荒な真似をして悪かった。もう痛みを感じることはないじゃろう。それに男になる必要もない。女性も隊に入ることが出来るのじゃよ月。入隊までは2ヶ月ある。その間にウォルターに準備を手伝ってもらうのがよい。……頼んだぞ、ウォルター」


「……」


「このことは儂とスコル、ウォルター、そして月だけの秘密。他言無用じゃよ。何かあればウォルターを頼ると良いじゃろう」



話は終わりだとばかりにダンはくるりと背を向け、割れたガラスの修復をはじめた。




「……では、行きましょうか」


そしてウォルターも出口となる扉を開ける。

部屋を出る際に月は振り向いた。



「Mr.スコル。……さっきは無礼な態度ごめんなさい」


「お互い様だよ」



苦笑いを零すスコルに、月は優しい笑みを浮かべた。



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