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紳士の年の差と魔法と私  作者: 一条 いちか
時は満ちた。
5/20

no.4




暗黒な時代じゃ、誰もが明日の自分に不安を抱いていた。

そんな戦乱で産まれた君に、想像もつけないほど様々な思いを込めて付けられた名前じゃ。



「儂は3歳だった君に、昏睡魔法をかけた。その時が来るまで安全に生きれるように。そして、その時がきたら目を覚ます様に。………ちと、出現する場所が悪かったがのぉ」



お茶目にウィンクをする老人に、ウォルターのこめかみがピクリと動く。




「そうしてかけた昏睡魔法なんじゃが……するとどうじゃ!君の身体の成長の速度は落ち、まるで全ての機能にミリッターをかけたのじゃ。昏睡魔法はただ深い眠りに着くだけの魔法。君の身体が、君自信を守る様に機能を止めたのじゃよ……」




シトシトと優しくも振り落ちる残酷なまでの現実に、月は目を見開くばかり。



「君は長い長い夢を見たと思う。だが、それは現実ではない。………詳しくはまた後でにしょうかのぉ。先に止まってしまった機能を取り戻さなくては。それは起きて今もまだ続いておる……だから起きても声も涙も出ないのじゃよ」




聞きたいことは沢山ある。

言いたいことも沢山ある。

だが、まず第一にしなけばならないのは、そのリミッターの解除だと月も結論付いた。


何をすれば戻るのだと、出ない声の代わりに真っ直ぐと老人を見つめて、首を傾げた。





「君の身体の機能を動かすには他の誰かの手を借りる他ないじゃろう。だが、今までの時間を取り戻すのだ、痛みを伴うだろう。一つ一つ時間をかけて外すか、一度に全て外すか、どちらが良いかのぉ?」




困った様に問う老人に、月は自分の喉に手を触れた。



「そうじゃの、先ずは話せる様にしようかの…」



老人が手を一振りすると、月は喉を抑え前屈みになって苦しみ出す。



「…っ! ……ガッ!! ……!」


「あの、……」



只事ではない苦しみ方に、スコルが狼狽える。




「月が落ち着くのを待とう…」



静かに老人は告げ、月の様子を見る。



「っ、! はぁ………結構、っ容赦なく、っつ痛いのですねッ」




か細いが、鈴を転がすような声。



それもそうだ。

ずっと眠っていた声帯はさぞ綺麗だろう。



幼女の身体に似つかわしくない、落ち着いた声は見るものを困惑させた。




「声に問題はなさそうじゃな」



老人は微笑んだ。

さぁどうする?と言いたげな目に月はおずおずと言った。




「ちなみに訊きますが……もう一度私を眠らすってことは無理なんですか?」


「…………君の世界は“ここ”じゃよ」



分かっていても強く言われた言葉に絶望してしまう。



「……一つ一つを外すとなると付きっ切りになるんですよね? ……なら、一度で全て解除して下さい」


「……よかろう」


「それと……全てのリミッターとやらが外れるまで、1人にして欲しいんですが……」




小さく発せられた言葉に、右も左も分からない世界で一人苦しむのも……と返す言葉に詰まる。



「……だが、困ることもあるだろう?」


「いいえ、1人で何とかなります」



そのまま死ねたら、いっそ楽だとも心の何処かが呟く。



「どのくらいでリミッターは外れますか?」



想像すると怖いのだろう。幼い月の表情が苦しくなる。



「およそ、2時間はかかると思っておいた方が良い……1人で平気かのぉ?」



老人は白く伸びたヒゲを撫でて暫く考えた。



「身体は子どもでも、中身は20です。それに……、あまり殿方に苦しむ姿を見られたくないですしね」



遠回しの拒む言葉と寄越された笑みに、折れたのは老人だ。




「わかった。必要な物は願えばこの部屋に揃う」



少女が頷くのを見て、老人は何やら言いたげなウォルターとスコルを引き連れて部屋を出た。








「っ!!! ……いっ……ったい!!」



扉が閉まると共に、覚悟していた以上の痛みが全身を貫いた。


至る所から血が溢れ出し、1人にしてもらって正解だったと思うこともまばならないまま、シーツを手繰り寄せ必死に痛みに耐える。




「いたっ…、すぎっ! …っルッ!!」



軋む身体に今まで名の知らない老人が話していた話を思い浮かべては、気を紛らす。



意識が朦朧とするなか、流れ込んできた映像。



絶大な力を持つ一族の絶滅。

月ぐ昏睡中に見ていた、現実だと思い込んでいた世界。

学んだ一つの歴史。その中に先程の老人と、まだ若かった頃のウォルター。





はっきりと全てを認識させられる。






「いや、だ、……」





壊れてしまった月の世界。

もう戻れないとヒシヒシと伝わる痛みに、抗う気持ちは既に吸い取られていた。





ただあるのは……、言いようのない空虚感だけ。






「返して………ッ!! 戻してっ、戻してもどしてよッ、!! …なんで……っなんで…お姉、ちゃ、んっ……あたしを返して…かえっ、してよ…!!」








虚しくも流れ出た涙。

残酷なまでに寄り添うのは現実。


握りしめる拳。

……想うのは架空の世界。








「ーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」




悲痛な声が部屋に鳴り響く。

痛む身体と、痛む心は、何様にも変えられないほど負の地に落とす。


過去に戻れたらと。

2時間、いや、1時間前でもいいから戻れたら、と。

そしたら、2度と目など覚まさない。死んだとしても目なんか覚まさないと過去を悔やむ。


歯を食いしばって、ただただ痛む今を恨むことしか出来なかった。




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