3no.2
「……、」
一つの手紙を前にスコルは項垂れた。
場所と子供達の状況について書かれた手紙。
そしてP.Sと続かれた文字
『このまま跡を追う。』
「ホウレンソウを知らないのかな?報告も報告じゃないし、連絡は用件だけだし、相談なんて、まず相談っていうものを知ってるかすら危うい……ったく…」
手紙を持ったままため息を着く。
「こちらができることが少ないと、分かっていてももどかしいものだ…」
気分を入れ替えるように息を吐く。
「…さっ、すぐに迎えに行かないと。子ども達に寂しい思いをさせてしまうね」
隊員が部屋の扉を鳴らす。
「あぁ、来たか。悪いんだが至急、移動魔法を使える隊員を連れてここに向かって欲しい。行きは転移施設から移動して、移動魔法は帰りだけでいいからね」
ペラリと地図の書かれた紙を渡す。
「はっ!ここになにが?」
「…子供達が眠っている。その子達を連れて帰って来てくれるかい?本当は私が向かいたいのだが…」
神妙な顔をしたスコルに隊員は事情を察し、何も言わずに紙を受け取った。
「……数名多く付けていきます。許可を」
「もちろんいいよ。…よろしくね」
早足に隊員が部屋を出て行く。
「ウォルターはそこで何かを見たんだね……」
作戦を立てずに深追いするなんて…余程の理由があったのだろう。
手紙にはミチルの姿はなかったと書いてあったが、早期発見に越したことはない。
ウォルターの術によって眠っている月の方角を見る。
「私の采配ミスだ。少し侮っていたよ…」
シノムンの魅力と言うものを。
何故、王にも勝る純血名家が非干渉孤立を貫いたのか。
「こうも早く動き出すとは思わなかった」
自分の手元にあると分からないものだ。
だが、手放す気もない。
「手放す気はないか……」
これがシノムンの血なのか…
確かに月には不思議な魅力がある。
手に入れたいような、それが痴がましいような。だが放したくない。
「やれやれ私もまだまだ青いな。彼女も可哀想な子だ…」
敵も味方も多かろう。
その中に真実の友などはきっといないだろう。
「僕だって味方にはなれても親友にはなれない…」
軍事的立場に立っているスコルは、月だけを考えた言葉などかけ続けるのは無理だ。
安い言葉を並べば、いつかは嘘になってしまう。
「君に幸あらん事を…」
スコルは、ウォルターが次の動きを絶対に見逃すまいと睨んでる小さな女の子が戻って来るのを祈った。
それが月の幸せにつながると祈って。
その祈りに応えてか、月は不思議な夢を見た。
「あなたは…」
目の前に座っている額から角の生えた男性。
切れ長な目にツンと伸びた鼻。先の尖った顎。
そして同じターコイズの瞳。
人にない整ったの容姿と魅力。
「私か?私は…鬼だな。と言うよりも、そなたの祖先だ」
「鬼。鬼ですか、…鬼っているんですね」
 
納得のいく容姿に、月は彼の隣に腰を下ろした。
「危機感のない娘だ。私がそなたを食べたらどうするのだ」
「…え、食べるんですか?遠い孫を?」
「いや、食わんが……そなた、何が気に入らないのだ?諦めるのは止めろ」
「!」
波紋のように月の心を揺らした。
「別に気に入らないとかは…ある。なんであたしだったんだろうって思ってます。今の環境とか…もっと違った人生になるのは難しかったのかなって…」
取り繕うとした言葉は鬼の少しだけ強い視線に、どうでも良くなった。
スルスルと月から本音が溢れる。
「どんな人生を送りたかったんだ?」
「え?どんなって…もっと普通で兄弟と年をとって、結婚して…」
「普通の生活をしている頃は、魔法の世界に憧れていただろう?」
「憧れていた…けど、こんな残酷な……、っ…」
「泣けばいい。辛いのだろう?私はそなたのお爺様だ」
「…っ、泣かない。今泣いても何もすっきりしない…、もっと自分が可哀想になる…っ、」
我慢するように体育座りして前を睨む。
「ほぅ…そなたいい根性しとるな。私の孫にしてはなかなかだ」
「…くすっ、鬼に褒められると思ってなかった」
泣きそうな顔で、それでもほんの少しだけ楽に笑った。
「鬼さん、なんて呼べばいい?お爺様?」
「私は全鬼と呼ばれている。全鬼でもお爺様でもどちらでも好きに呼ぶがいい」
「そう、…ねぇ、お爺様?ここはあたしの夢?」
心地いい空間につい当たり前に過ごしていたが、鬼のお爺様に会える空間など、どんなものだと思い始める。
「いや、正確にはそなたの深層心理の中だ」
「深層心理?そんなところに行けるんだ」
「灰色髪の坊やが連れて来てくれた」
坊やと言われて誰かと一瞬悩んで、広い背中を思い出し吹き出す。
「ふふ、そりゃお爺様からしたら誰でも坊やになりますね」
「そうだ。そなたなど赤子同然。…だが、それはあの灰色髪の彼も思っているだろう」
「…ウォルターさんが?」
「そうだ。だからそなたをここに連れて来たんだろう。食えない奴よ…そなたの中の私に気付いていた」
「……ウォルターさんは、あたしの事が気になるからって言ってた」
「私の孫だ。それは気になるだろう」
同じ色の目と合うと、月はどこか切なく暖かい気持ちになった。
「ふふ、あたし、この世界で自分の家族と初めて話した」
ハニカミながら全鬼を見れば、少し驚いた顔をした。
「おいで…」
自分の片腕を上げて月を招き抱く。
「そなたは魅力的だよ」
「あたしの持つ能力が、でしょ?ウォルターさんもあたしではなくて、シノムンの力に魅入られてる」
逞しくて暖かい全鬼の腕を自分に巻きつける。
「今はね、…でもその能力はそなたの一部。その能力があってもなくてもそなたは魅力的だよ。私は先見の明があるからね」
「ふふ、…お爺様、あたし怖い…誰かを殺してしまいそうで」
「おかしなことを言うね。人はいつか死ぬ。恐れなきゃいけないのは悪い事をして殺す事だ。そなたは悪い事をして人を殺す予定があるのか?」
笑いながら言う全鬼に月が首を振る。
「でも、あたしがいる事で巻き込まれて死んでしまう人もいる」
「ならば阻止すれば良いではないか。違うのか?」
「……」
「そなたは怖いのではない、受け入れてないのだ。難しいのだろう?今までの生活が恋しいのであろう?でも一族を考えると雁字搦めになる。…私がお爺様なのに何を雁字搦めになるんだ?一族が滅んだのはそなたのせいか?」
全鬼の声を静かに受け止める。
「一族が滅んだ時そなたは3つ。そなたが災いなのではない。ハデスとやらが悪ガキなのだよ」
優しく頭を撫でる。
「助かったのが次期当主だと言うなら、もっと大勢の大人がそなたを守る。だが、我が一族は一族同士しかおらぬ故に皆平等。一族が家族なのだ。当主だからと特別扱いはせぬ」
「素敵な家族…」
「…そなたは姉に守られた…自分より下の子を守るのは兄弟なら咄嗟にとってしまう行動だ。月…そなたは愛されて守られた。そなたの姉によってね」
「うん…」
「愛されていたのだよ。…そなたに流れる私の血は、呪われてなどおらぬ」
「うん…、」
「月…私が怖いか?」
「ううん…怖くない」
「ならば、恐れる事はない。私はそなたの味方だ。そなたは私の子だ月。予知はとても恐ろしいものを視せるかもしれない、でもそれはそなた次第で変わるものだと。忘れないでおくれ」
「うん…」
「強くなれ。…強くなるんだ月」
「はいっ、お爺様…っ、」
「ふっ…そろそろ起きる時間だ寝坊助。闘って大人になって来い」
優しい全鬼の腕の中で目を閉じると意識が離れていく。




