2no.6
「ウォルターさん、よく眠れる薬ってないですか?」
遅い時間でも明かりのついてるウォルターの部屋は、予知を見る月にとって逃げ場になっていた。
案の定、査問の期間は日に日に短くなっていく。
寝れない頭はうまく処理できず、鬱々たる月の様は見るも痛い。
「薬は癖になるから、お勧めできない…ここでもいいなら、私が起こしてあげますよ」
「お仕事がまだあるでしょ?ご迷惑はかけたくないので…」
「そうですか、では気絶なんてどうです?」
手刀の構えをする。
たまに寝ない月にウォルターが腹黒い顔をするようになった。
「え、や、うーん、もはやそれでもいいかな」
「馬鹿なこと言ってないで、ソファ使って寝なさい。異変を感じたらすぐ起こします」
「え!いや、大丈夫です」
「電気も消しますよ」
「はい、お言葉に甘えて寝させて頂きます…」
仕事をしていたのに、本当に電気まで消しそうな気配がしてソファに座る。
「私ので申し訳ないですが無いよりはマシでしょう。寒かったら言ってください」
もっふもふな毛布を渡されお礼を言う。
「(ウォルターさんの匂い…)」
包み込まれる暖かさと安心感に抗えず眠りにおちて行く。
ランプの明かりが揺れるなか、書類から小さく呼吸をする塊に目を移す。
「…」
大の大人が根を上げる査問に月は耐え続けた。
『なぜ生きてる?』と問われ続ける心理破壊まがいな攻めにも、泣き言ひとつ言わないでいた。
「可愛げのない…」
責任の有無が問われる精鋭軍が不利になりそうなら、矛先を自分に向ける様に気を遣う月にウォルターが出来ることと言えば、甘やかせることくらいだ。
歯がゆい…いい歳した大人がオロオロするばかりだ。
「せめて良い夢を…」
静かに寝息を立てる月に、手を振りかざすときめ細かい魔法の粉が散る。
パチ、
点いていた明かりが消えている気がして目を開けた。
暗くなった部屋を、ステンドが控えめに照らしている
。
部屋の主を探そうと体を起こす。
「起きるには早い時間ですよ」
「!ウォルターさん…」
「まだ寝ていなさい」
お向かいのソファで同じ様に寝ているウォルター。
「毛布、ありがとうございます。あの…部屋に戻るので、ウォルターさんゆっくり寝てください」
「誰かと同じ空間で寝るのが久しぶりなんです。だからまだ寝ていなさい」
目を細めた笑い方に、ウォルターの優しさを感じて再び横になる。
「ウォルターさんって、趣味とかあるんですか?」
「薮から棒になんです?」
「いえ、そう言えばウォルターさんの事って、あまり知らなかったなって思って」
「こんなおじさんの趣味なんて聞きたいですか?」
「ふふ、でもウォルターさん、おじさんに見えませんよ?」
大人びた月の笑顔。
「……怖くないんですか?」
「え…?」
落ち着いたウォルターの声に月の心の臓が揺れる。
射抜くような目…嘘など付けないよう、月の真正面から。
「…怖いですよ、何もかも。…自分自身さえも、」
僅かに揺れた月の細い声にウォルターは手を伸ばしたくなった。
「でも、運はいいみたいです!こうやって暖かくしていられるのも、ウォルターさん達のおかげです。…本来なら牢獄にいてもおかしくない身。それを思えば、なんてことないです」
「(あぁ…まだ、この子の心は眠ったままだ…)」
虚勢を張り続け、何一つ信用しない、何一つ頼らないーー自分さえも…。
何一つも、この世界を自分の目で見ていない。
「…そうですか。趣味はまた今度教えてあげますよ…今は寝なさい」
「査問が終わったら教えてくださいね」
「いいでしょう。その代わり、また寝れなくなったら私の執務室にくるのが条件です」
「ウォルターさんもスコルさんも甘やかし過ぎです」
「おじさんはそんなものですよ」
「ふふっ、お休みなさい。お仕事お疲れ様でした」
査問なんて嘘のような暖かいひと時は、自分を見直すのにいい機会を与えてくれる。
「(このままじゃいけないのは分かってるんだけどなぁ…)」
誰かが側にいるというのは心地よいもので、月もユラユラ揺れる視界に抗えず再び眠りに落ちた。
「ん…」
浮上する意識を引っつかんで微睡む。
頬を撫でる感触に毛布を手繰り寄せた。
「…ん、…」
「お昼ご飯を食べ損ねますよ」
優しい声に、微睡んでいた意識が一気に覚醒する。
「すみません!完全に寝ぼけてて!」
ワタワタと前髪やら顔やらを触りながら慌てる姿に、ウォルターが笑う。
「隣が私の部屋になってます、好きに使ってください。先に食堂に行ってます、支度が整ったら来なさい」
ポンポンと頭を撫で執務室を後にしたウォルター。
「……寝すぎちゃった」
隣の部屋に繋がる扉を開けると、ウォルターらしいシックな部屋だった。
「男の人の部屋って感じ…」
ウォルターの一面が見れた気がして、少し嬉しくなる。
食堂に行くとスコルもすでに来ていた。
「おはよう。今日はよく寝れたかい?」
「はい。むしろ寝すぎちゃいました」
「はは、それは良かった。今日は何もないからゆっくりしてるといい」
「あなたは仕事が溜まってるので、仕事して下さい」
ほのぼのしてるスコルにウォルターが釘をさす。
「ワカッテオリマス」
平和なお昼が過ぎ、野原に向かうとミチルが寝そべっていた。
「ミチルちゃん」
「あ、おねえちゃん!きょうはなにしてあそぶ?」
「そうだねぇ〜。ミチルちゃんお花の冠とか作った事ある?」
「お花で?ない!おしえてくれるの?」
にぱっと小さな歯が見える。
「幼女には癒し効果があるのかしら?ロリコンの気持ちが分かる気がする…」
「?ろりこんってなぁに!」
ニコニコと笑っているミチルに取り繕って、花冠の作り方を教える。
「ミチル練習して、おねえちゃんにお花のかんむりさんプレゼントする!」
「プレゼントしてくれるの?嬉しい!あたしもミチルちゃんにプレゼントしちゃうぞぉ」
「きゃああ」
ミチルを押し倒しお腹をくすぐれば、特有の笑い声が響き穏やかな空気が漂う。
「お姉ちゃんはここで待っててね!ミチル上手にできたら来るね!たのしみにしててね!」
「……」
会えなくなることに寂しく思うが、ミチルの楽しそうな笑みに月は負けを認めた。
「わかった!とても楽しみにしとくね」
ならば今日のうちにいっぱい癒されようと、ミチルを腕に抱きしめた。




