2no.5
「やぁ、やぁ、何か困ったことはないかな?」
「いえ、おかげさまで不自由ない生活を送れてます。そろそろ何かあるかな?と思って尋ねてみました」
柔らかく笑う月に、これから告げる言葉に罪悪感が生まれた。
「そうだね。丁度呼ぼうと思ってたんだ。…君の査問が明日から開かれる」
「!…明日、ですか?」
『ーーーーーこれから査問も続く。きっと辛い日々になる…』
ふと、ウォルターの執務室で言われたことを思い出す。
「週に一度、君に査問委員会が開かれる。わかると思うが、これはただの…」
「弱いものイジメですね」
王政派がイビリ、王がそれを見て気をよくする。
王政派からしたら、月の存在は王の機嫌をよくするのにいい玩具だ。
「苦しいと思うが…向こうは揚げ足ばかり取ってくる。耐えれなければ…身の振り方は君に任せる」
「わかりました。なるべく不利にならない様にはします」
「……こんな時に何もしてやれなくてすまないね」
「…何か味方になって頂いて、スコルさん達が査問会から外される方が痛手ですから」
諦めたように月が笑えば、スコルも困ったように笑った。
「査問は1時間くらいだ。その後はいつもの様に好きに過ごしていてくれ。迎えはウォルターが行くよ」
「分かりました」
静かに去る月の後ろ姿に気が重くなる。
ミチルと出会ってから、月は花が咲いたように明るくなった。
睡眠はまだ十分には取れていないようだが…ご飯を食べるのも、この前まではウォルターに言われ砂を噛むように食べていた。
それが今では頑張って自ら食べる。
そして今では自らスコルのもとまで訪れる様になった。
「ここには必要事項を聞きに来てるだけで、特別な意味はないでしょうけどね」
「ウォルター!人が考え事をしてる時に気配を消すのは良くないぞ。それに少しは親しみをもってくれてるのかもしれないじゃないか」
的を当てたウォルターは我が物顔でソファーに座る。
「あなたが気付かないほど油断してたんでしょうが。お答えしますが、彼女は虚勢を張り続けてますよ。…私より先にあなたに親しみを持たれても癪です」
「なんだね!その言い方は!良いじゃないか私の方が先でも!…だいたい、油断してなくても、君の気配に気付ける奴がいるならお目にかかりたいね」
鼻を鳴らすウォルター。
「で、なんですか?誰かさんのおかげで、やらなきゃいけない仕事があるんですが」
「あぁ、呼んだんだったね。明日、月の査問が開かれる。週に一度とは言われているが、週に一度とは思えない……」
「…何が言いたいんですか?」
「君は監視役でもあるからね」
有無を言わせない鋭い目。
「………分かっていますよ」
「あぁ、頼むよ。私達はまだ彼女を知らないとは言え、あの子はまだ20歳だ。それに右も左も分からないこの世界で、大人でも苦しむ王政派の査問は、心が壊れるだろう」
「あぁ、…あれは堪えますね…」
思い出してかウォルターの綺麗な顔が歪む。
「見ているこちらが心臓を握られた気になりますからね」
「ああ、全くだ…」
嫌だ嫌だと思っていても、嫌な物はすぐに時が来てしまう。
行われた査問委員会。
「何不自由してないように見えてなによりだな…今日はあなた自身について伺う」
早々にシードの皮肉で始められた査問。
やけに王政派の人間が多いのは言うまでもないだろう。
「なぜ17年も姿を眩ませた?」
「身を守る為に17年、封印されていたのです」
「調査報告では破壊された武器庫では、氷の能力が発動されていた様だな?」
「意識が戻らなかった私を守るように発動されました」
「そうか。では、…ーー能力は勝手に発動するのだな?」
悪意のこもった纏められた言い方に、汗が背中を伝う。
「(こんな会話を一時間もするの!?)」
「次の質問だ。何故武器庫を破壊した?破壊せずとも良かったではないか」
「破壊は私の意図では…っ」
しまった!と口をつぐむ。
「”意図ではない“そう言いかけたな?意図でなくとも破壊能力が発動される…これは危険ではないのか?」
「……覚醒した今、私みたいな小娘、王の前では無害です」
もうこれしかない。
どんな弁解をしても不利になる。
揚げ足などいくらでも取られる。
汗で滑る手を握りしめた。
「ふ、早いものだ。この前の威勢はどうした」
ゆっくりと嬲るように王が言葉を発する。
「王の前では『化け物』ですら、跪くのが正しいのですよ!」
笑笑と盛り上がれば上がるほど、血が逆流しているかのように頭に血が上り月は熱くなる。
「だが、まだ確認しなければ安全とは程遠い…何故17年を得て再びこの世に現れたのだ?」
「それは…何かの縁だと…」
「王の役に立つなどと言うのか?…『化け物』が戯言など笑わせてくれる。もう一度問う、なぜこの世に産まれた」
「……」
「聞こえなかったのか?なぜ、産まれたんだ?と聞いたんだ」
あなたはなんで生きてんだよ、と問い質してやりたいと思いながらも月は返答に困まった。
「本当に王の役に立てるとでも思ったか?その忌まわしき血で、災いしか呼ばぬ一族が…そう言えば、一族が滅んだのもお前が生まれてからだな……」
王政派はいたって真面目な顔で質問を繰り返す。
だから余計に腹立たしい。
「お前は災いを呼ぶ悪魔ではないのか?」
「………」
悪魔の言葉に大袈裟に王政派が反応する。
「ずっと黙っているのは図星だからか?」
「いえ…」
「ならば答えよ、お前に流れている血はなんだ?」
「皆さんと一緒の血です。確かに特殊能力はありますが、王や王政派の方々にもきっと役に立てる能力です!」
「そんなことは聞いていない。流れる血が災いを呼ぶ血なのかと聞いているんだ」
「っ……」
何をどう弁解しようと、意味をなさない。
「そんな血ではありません…」
「では、なぜ武器庫が破壊された?我々にはそれすらも十分に災いだ。お前が現れなければ平和に過ごせたのだぞ」
あぁ、もうダメだ。と太刀打ち出来ない壁に心が座り込む。
「最度問おう。なぜ産まれてきたのだ」
「っ………」
長く長く永遠に終わらないんじゃないかと思うほど長く苦痛な時間は、1時間ぴったりに「時間です」と月を連れ出したウォルターによって終わった。
「想像はしていましたが、覚悟が足りなかったようです……」
クタクタになった声にウォルターが頭を撫でる。
「よく頑張りましたね、あの査問は訓練された兵でも泣き言を言うんですよ」
「…不利になってませんか?途中からなんて答えたらご迷惑をおかけしないか分からなくて…」
「元々精鋭軍は不利なんですから、我々を気にしなくていいんですよ。気にしていたら潰れる」
あやすように頬を親指で撫でる。
「私の部屋でお茶でもしましょう」
王政に喰われ始めた月の背中を撫で押した。




