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バーミリオン・マーダー

 爆音が響き渡る。硝煙の香りがまとわりつく。


 ここがアタシのいる場所だと、生きている場所だと感じられる。


「――リエラ、もういいっ! やめろと言っているのが聞こえないのかっ!!」


 身体に触れられて、リエラは引き金から指を離した。見上げれば、教官が怖い顔をして睨んでいる。


 ――いけない。また弾を無駄にしちゃった。


 教官の顔色を見て、リエラは毎度のごとく反省する。だが、次に活かされたことはない。だから、反省のつもりでも後悔にしかならない。


「リエラはトリガーハッピーだからなぁ」


 同じ時期に入隊したエリスが持ち前の明るい笑顔で突っ込みを入れる。


「教官もさ、そろそろ分かれよ。リエラの射撃の腕はかなりのもんなんだから、訓練なんかさせるなって」


 そうあっけらかんと言うエリスに、彼女の担当教官のラッセルが頭を小突く。


「訓練していないと腕なんてすぐに錆び付く。実戦で使えるようにするには、日頃の鍛錬が必要なんだ。エリス、君はまだまだ射撃は甘いんだ。リエラにコツを習ったらどうだ?」


 恨めしそうに見上げるエリスの目の端には涙がたまっている。かなり本気で小突いたようだ。


 ――本気で小突くって、表現おかしいかな?


 ラッセルとエリスのやり取りを見ていると、普通の学校に通っていたときの感覚が戻ってくる。興奮状態が鎮まってきた証だろう。


 リエラは銃を下ろして、自分の教官であるオルフに頭を下げた。


「すみません、教官。アタシ……」


 オルフはリエラから拳銃をそっと取り上げる。彼の顔にはやれやれとホッとした色が見えた。


「もういい。気にするな」


「次は気を付けます」


「そうしてくれ」


 オルフはリエラの頭をポンポンと叩く。大きくて暖かくて、優しい手のひら。今はいない、愛しい人の手に似た感触。


「はい」


 オルフが自分の教官で良かったとリエラはこのときいつも思う。訓練や勉強のとき以外は穏やかな雰囲気で、どうしてこの部隊に所属しているんだろうと考えてしまうのだけど。





 リエラが何度もしつこく手を洗ってしまうのは、あの血の惨劇があってからだ。


 平穏な国境近くの田舎町が戦火に包まれた。隣国の兵士に学校も襲われ、リエラにも銃が向けられた。恐怖で意識を手放してしまった彼女が記憶を繋げたとき、周りには隣国の兵士の亡骸と愛しい人の遺体、そして弾切れになった機関銃を握る自分がいた。深紅に染まり、むせかえるほどの血の臭いと硝煙臭さにクラクラしていたとき、出会ったのがオルフと、彼が所属する部隊の人たちだった。


「リエラ、演習場は寒かっただろ。ココアでも飲むか?」


 食堂を兼ねる共有スペースにリエラが入ると、先輩であるアリーシャが声を掛けてきた。入隊した頃から同じ部屋で寝起きしている。


「はい」


 にこやかに返事をすると、アリーシャは楽しそうな様子で厨房の方に向かい、しばらくして戻ってきた。


「お待ち遠さん」


「ありがとうございます」


 二つあるカップの片方を受け取って、リエラは啜る。そして、むせた。自分がよく知る味と違ったからだ。


「今まで飲んだことのあるココアはきっと甘いだろうよ。だけど、ここのは砂糖抜きだから苦いんだ。コーヒーの代わりにする人もいる」


「なんでですか?」


「ここは男ばかりだからね。甘いと飲む人がいないんだ。女性陣が導入交渉をして、譲歩した結果なのさ」


 肩身が狭いだろ、と片目を閉じて告げるアリーシャに、リエラは小さく笑う。


「そうまでしてココア飲みたかったんですか?」


「どうにもコーヒーが苦手なんでね」


 その反応をみるに、交渉したのはアリーシャなのだろう。こんな殺伐とした環境にありながら自分らしさを追求するアリーシャらしいエピソードだとリエラは思う。


「ごちそうさまでした」


「あ、そうそう。あんたの名前、名簿にあったよ。ちゃんと確認しときな」


 名簿と聞いて、リエラは肩をピクリと震わせた。実戦を示す名簿のことを指しているのだとわかったからだ。


「承知しました」


 リエラは表情をかたくして廊下に出る。名簿が表示されているだろうディスプレイの場所を目指した。





「――気付くまで待つよ」


 恋人になることはなかった愛しい人の夢を見た。リエラは彼にそう告げたところで目が覚めて、浮かんでいた涙を袖で拭った。


 彼の命の終わりの前に、ちゃんと気持ちを伝えておきたかった。後悔ばかりが胸の中をくすぶっている。


 ――アタシだけが生き残った。


 自分の手を真っ赤に染めることと引き換えに。





「バーミリオン、準備はできたか?」


 教官の声がイヤホンを通じて聞こえてくる。コードネームで呼ばれると、実戦なのだなと実感する。


 ――今日は何人を殺せるだろう。


 無事に任務を遂行できたら、オルフは頭を撫でてくれるだろうか。その暖かくて大きな手のひらに幸せを感じてしまう。


 だけど、これは恋じゃない。多分、罪滅ぼし。


「はい、スカーレット。こちらの準備は問題ありません」


 引き金に指先をかける。意識は戦闘に引き寄せられる。


 ――あぁ、これがアタシの日常。


 生きている実感のする瞬間が、まもなく訪れる。


《了》

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