05 おかしいな、神子ブランドが通じない
そしてあっという間に旅経ちの時を迎え、私達はピューレ山脈の麓へと到着。
備え付けのオプションであるチート能力により、途中遭遇した魔族は楽々に倒せるという実に快適な逆ハーレムを目指す旅だ。
深い緑に所々岩肌がむき出しなのか、灰色の箇所が見える山。
その麓にロッバを貸し出してくれる牧場があった。
大きな一本木に彫られた『サンド牧場プリーゼ本店』という看板が私達をお出迎え。
本店ということは、支店もあるのか。
「なんか本当の牧場だね。ソフトクリームとか売ってそう」
「なんですか? ソフトクリームって」
「こっちには無いんだ。甘くてうまいよ」
左右を柵に囲まれた草原が広がる中、私達はロッバを借りるために、ウッドタイプの小屋へと向かっている。すると「お客さんですかい?」と左手から声をかけられたので振り返る。
そこにいたのは犬を引き連れたおじさんだった。
人の良さそうな顔をして、柔らかい雰囲気。
上下のツナギを着ていることから、ここの牧場の人かもしれない。
「この牧場の主か?」
「はい、そうでございます」
「俺達は魔族討伐のためにプリーゼ城より遣わされた御子一行だ。この中で一番早いロッバを貸して欲しい」
ロンドが胸元から王族の紋章を取り出し掲げた。
これは私達の旅で必需品。
何故か私達は魔族討伐に向かう神子パーティーに見えないらしい。
だから昨日も隣村で宿に宿泊する時も、信じて貰えずこれを使った。
とある黄門様の印籠のような役割を担ってくれているので、これさえあれば無双。
宿泊費や食事代等、使用したお金は国にツケという形になる。
「これはこれは気づかず申し訳ございません。ご苦労様でございます。ロッバの手配でよろしいのでしょうか?」
「そうそう! そのロッバを貸して下さい。というか、ロバじゃなくてロッバなんですか?」
「えぇ。姿形は似ているかもしれませんが、違いますね。標高が高い所でも適しているため、暑さと寒さにも強いんです。ごらん下さいませ、あれがロッバです」
と、ご主人が指さした方向に居たのは馬だった。
「なんだか、日本古来の馬みたいだね。短足で」
目の前に広がる草原には、馬が自由に放牧されている。
だが、これは私達が今まで見てきたサラブレッドのように、すらりとした長い脚と引き締まった凛々しい顔立ちをした馬ではなく、足が短く太くずんぐりむっくりな馬だ。
さすがにこういう作りでなければ、山は越せないのだろう。
――すごい。あの馬。
そんなロッバの集団の中でも私の視線は一頭の馬へと注がれている。それは純白の馬だった。
くすんだ茶色ばかりの馬の中で走っているためか、目立つ。
「あっ、ねぇ! 私、あれに乗りたい!」
「あぁ、あれは『アジル』ですね。申し訳ございません。あれは好き嫌いが激しロッバでして、美女しか載せないんですよ」
「……それ、失礼じゃね?」
ストレートにおたくは美人じゃないから無理って言っているようなもんじゃん。
その失言に気づいたのか、主は「いえ、違うんですよ! 本当に気性が激しくて危険なんです!」と首を左右へと激しく振っている。
無理だって。それを今から覆すのは。
「まぁ、いい。問題ないんじゃないかな? 私、多分大丈夫だと思うんだよね」
「御子様。また馬鹿な事考えてますね?」
キィが呆れた声を投げかけてきた。
「またってなに!? 別に考えてないから。美女なら乗れるんでしょ? いい? 平安時代の美女と、現代の美女では違う。定義が時代によって変わって来ているんだよ。それと同じで馬と人間じゃ美女の定義が違うって」
「……どっからその自信が」
「それに、逆に考えてもみろ」
「なんですか、逆って」
「あれに乗れれば美女だって認定されたも当然でしょ? なら、アレに乗れれば美女認定じゃん」
「すっげーポジティブですよね。本当に」
「よく言われる」
田舎のお婆ちゃんにも「巴はいつも太陽みたいだね」と褒められる。
それに友達からも「あんたと話していると、なんかネガティブなもん吸い取られていくわ」って。
――さて、さくっと乗ってやるか。
と私は華麗に準備体操をした。
「くそっ! お前、大人しくしろよ! 舌噛むだろうが!」
「ペッ」
「はぁ!? お前、いま唾吐いたな!」
あれから数分後、私はテレビで何度か見た事があるロデオ大会に出場する選手もどきになっていた。
私が跨いでいるロッバ・アジルが、暴れ馬状態。
お蔭で私の視界は定まらず、胃を含めた内臓も上下に揺れ動きまくっている。
どうやら馬の美女と人間の美女の定義は一緒だったらしい。
乗った途端にこの様だ。
……まぁ、いい。持久戦だ。どっちの体力が持つか。
かの巴御前は荒れ馬をも乗りこなしたという。
その名を受け継いだせいか、それともこれが異世界チートのせいか、私は完全に乗りこなせていた。
ジェットコースター並の重力なのに、落ちない。
むしろ、このロッバの方がやばそう。
息が荒いし、私がなかなか落馬しないせいか、感情むき出しで余計ムキになり体力を使っている。
――これは楽勝に勝つな。
その予想通り、私は数分後地面に伏せているロッバの傍でガッツポーズを決めていた。
パーティーの呆れた嘆息を訊かなかった事にして。
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ロッバにまたがり私達・平凡神子一行はピューレ山脈を攻略中。
雪のように真っ白いあのロッバ・アジルは、機嫌が悪そうにしながらも乗せてくれている。
どうやらプライドをへし折ったしまったらしい。特に暴れる等は全くないから楽。
商隊等も通るためか、山道はある程度人の手が加えられ開拓・整備されていた。
だがしかし、そうはいえとも山だ。
私の世界の様にコンクリートで塗装された山道を観光バスで登るように簡単にはいかない。
足場が悪い上に、野生動物にも遭遇。しかも時々魔獣も。
「ねぇ、今日って野宿決定?」
私は隣を平行するように乗馬中のキィへと尋ねた。
ロンド達は私の前にいる。こういう山道に慣れているフォルスが、先頭だ。
「そうですね……今日中はさすがに無理ですので。地図の通りですとあと一時間ぐらい進むと川がありますので、その付近で休みましょう」
やっぱり野宿あるのか。
キャンプセット持って来て良かったな。あと釣り道具。
というか、今気づいたがやばくないか? 私以外男ばっかりじゃん!
今まで宿だったから一人部屋だったけど。
「神子様どうなされたのですか? もしかしてお疲れになりましたか? 休息とりましょうか?」
「……いや、あのさ。ほら……私以外、みんな男じゃん。狼の群れに子ウサギ放り込むようなもんじゃんか」
そんな事を漏らせば、笑い声と共にふざけた連中の声が返ってきた。
「大丈夫っすよ。神子様、子ウサギじゃなくて珍獣ですから」
「そうですよ、安心を」
「おいっ!」
「それより野宿ならば、火の番をしなければならないよな。順番どうやって決める? 神子様、レディーファーストで先に決めていいですよ」
「はぁ!? 私もやるわけ!? っつうか、レディーファーストじゃないだろうが。そこは女子特権でやらなくていいよって言うのが優しさじゃん。魔族や熊とか襲撃してきたらどうするわけ?」
「何言っているんですか。楽勝でしょ。伝説の武器操れているんですから」
「……」
あれ? おかしいな。なんかこの人達に神子というブランドが通じない。
絶対他のパーティーだと、神子様はゆっくり休んで下さいとか言うぞ?