04 私の財布は無事なのだろうか?
――……世界平和。世界平和。世界平和。逆ハーレム。世界平和。イケメン王子。
「だぁぁぁぁ! また雑念が!」
私は叫びつつ、触れている水鏡から手を離す。広がる波紋に映る私には、焦りの色が。
それと同時に足もとに描かれているペンタクルも光を失った。
私がいるのは、召還された神殿にある地下室。
黒煉瓦を組み造られた空間の中心には、よく漫画でありがちなペンタクルが描かれている。
そしてその上に祭壇があり、そこには銀の盆に聖水を張ったものが置かれていた。
これは水鏡。これを媒介にし、武器を召還するらしい。
それがなかなか難しいのだ。雑念を考えずただひたすら、この世界が再びピンチになっているからと協力を仰ぐ。世界平和のために、女神に力を貸して貰うのだ。
ひんやりとした空気に纏わり付かれながら、必死でやるけれどもなかなか邪念が捨てきれない。
これで五度目だ。
煩悩が百八つある世界から召還された私には、無理難題。
「みーこーさーまー」
後方から苛立つ声が背中に当たったが、無視。
いわずもがな。言いたい事なんてわかっているってば!
そう叫びたいが、義務的に再び祭壇にまつられている水鏡へと手を触れる。
――世界平和。世界平和。イケメ……ああっ!
「もういい!」
私は首を左右へ振ると、再度口を開く。
もう欲望全開でかまわない!
「さっさと旅に出て逆ハーレムとか、イケメン王子と恋愛したいから協力して!」
「神子様、本音隠してっ!」
わかっている。わかっているが、雑念を捨てるのは不可能。
人間は常に思考し続けていると聞いた事がある。
そのため、何かを考えないと言うことがなかなか難しいため、瞑想も最初はできる人がいないと。
なのでもういっそ事開き直る事にした。
だがそれがそれが功をそうしたらしい。
ペンタクルが過去に例を見ないように鮮やかな青色で輝き、体が暖かな風に包まれる。そして手には確かなる感覚が!
これはいける! と水鏡から手を引き抜けば、案の定光り輝く弓の姿があった。
『素直な神子だな』
突如として空間に響く、謎の声。それに神官達が「おおっ」と声をあげる。
「もしかして貴方、エクレール?」
『そうだ。神に作られし、女神の名を持つモノ」
「へー」
「逆ハーレムとイケメンが何かわからぬが、光の神子に協力しよう』
「えっ!? いいの!?」
『勿論だ。お主は馬鹿みたいに明るいのが唯一の取り柄。それが闇に落ちかけている者を救うだろう』
「何気に酷い言われ方をしている気がするが……うん。まぁ、褒め言葉として受け取っておく。というか、それは敵をも魅了する神子になれるって予言?」
『……』
「闇って魔族の事だよね? 違うの? ねぇ、ちょっと!」
『……』
エクレールの弓はそれっきり言葉を話すそぶりは見せない。
ただ、光が砕けプラチナ色をした弓が姿を現している。それには女神が模られた細かい細工が施されていた。それを見て、売ったら高そうと思ったのは内緒だ。
「神子様。魔族は闇ではございません。闇は冥界の者達です」
若干顔を引き攣らせた大神官は、こちらにやってくるとそう口を開く。
「魔界の他に冥界もあるわけ? じゃあ、魔族って属性何よ」
「魔族の属性はそれぞれです。それに『闇に落ちたかけている者』というのは、冥界の者達ではなく、もしかしたら比喩的表現なのかもしれませんし」
「へー。そうなんだ」
「では、神子様。ご出発はいつになさいますか? ご準備もあろうと思いますし、三日後はどうでしょうか?」
「そうだね、どうしようか?」
騎士達の方を振り返れば、「準備もありますし、妥当でしょう」という答えが。
「あっ、そうだ。テントとか寝袋が欲しいんだけどある?」
野宿なんてしたことない。だからテントや寝袋を持参したい。
一応私とて女子だ。そこら辺はちゃんとするべきだと思う。
「申し訳ございません。それは異世界の品物でございますよね?」
「あー、そうか。神官様達が知らないって事はないか。まぁ、いい。ならば私を一端戻してくれるかな?」
「申し訳ございません。それにはこちらもそれなりの準備が……もしよろしければ、リリィに購入し転送して貰うのはどうでございますか?」
「いいよ、それでも。他にも必要な物を紙に書くからお願いするわ」
私は早速紙を貰い、記入していく。
この時、もっと気にかけておけば良かった。
あいつが私の鞄――財布と貰いたてのバイト代を所持していることに。
寝袋にテント、それから釣り道具、あとはキックボード等……
それらが神殿の床に敷き詰められている。そして空しい事に、空になった見たことがある銀行の封筒も。
おい、私の財布の中身は無事か!? 無事なんだよな!?
「経費で落としてよー」
「それは御子様の世界と私との世界では貨幣が違いますので」
「そうだけど、私が自腹きんの!?」
「全て神子様の私物でございます」
そうだけど、おかしいだろうが。
何故勝手に召喚されて、自腹切らされるんだよ。
「まぁ、いい。ならこっちの旅費は払ってくれるんでしょ?」
「それは勿論でございます。宿泊、飲み食い、武器購入代金全てお支払いは国が致しますので」
「ならいい」
「ではまず、御子様達には始まりの国に向かって頂き、巫女の祝福を受けて頂きます」
「うん、少し訊いた。あっちも異世界召喚者だって?」
「左様でございます。巫女の祝福とは、その者が願っている事が叶う様に働きかける力でございます。無論、本人の努力等もありますが」
「要はパワースポットみたいなもん? 願い事を叶える力を貸してくれるみたいな」
「そのように考えて頂いて宜しいです」
そうか。なら逆ハーレムでも祈っておくか。
これからの旅で必須事項だしな。
「神子様。馬鹿な事を祈らないで下さいね」
「祈らないから。真面目。大真面目にするって」
「まず、我が国より国境沿いのピューレ山脈へ向かい、そこを越えるとはじまりの国があるルルード王国でございます」
「じゃあ、まずはそのピューレ山脈へ行かなきゃならないわけ?」
「えぇ。そこでロッバという高山に適した馬に乗り、山を越えます」
「本格的な冒険じゃんか。へー。ロバもここにいるんだ?」
「いいえ、ロッバです。いいですか? 神子様は魔族討伐に向かうのですよ? くれぐれも目的お忘れなく。遊びに行くわけじゃないんですからね」
と、その後くどくど大神官達の御小言は続いた。勿論、私以外の人も。
そんなに信用ないのだろうか、このパーティー。