02 ないのなら作ってしまえ逆ハーレム
「……様。神子様。起きて下さいませ、神子様」
真っ暗な世界の中にて何か、声がする。しわがれていて、低い。
それに呼び戻されるように、私の意識はゆっくりと浮上していく。
頬に氷のようにひんやりとした感触を感じながら瞼を開け床から身を起こせば、そこには錫杖を持ったお爺さんとその両脇に青年の姿があった。
彼らは膝を白大理石の床につけ、怪訝そうにこちらの様子を伺っている。
三人ともゲームや漫画すぐに神官服と思われる純白の神官の装束。
それを認識し、私が頭を抱えたのは言う間でもない。
――あのドッペルゲンガーめ!
「大神官様。これはいかが致しましょうか。神子様のお姿は、本当に水鏡占いで拝見した通りでございます」
「もう少しこうなんともうしますか……多少は期待したのですが……これではバランスが……」
「案ずる事はない。このような時のために替え玉を準備しておる。パレードには間に合うはずじゃ」
「さすがです! 大神官様」
こいつらは一体何を言っているんだ?
話の内容がさっぱり理解できないが、私はなんとなく雑に扱われている気がしてならない。
ただ、あのひったくり犯が「大神官様」と言っていた人物が、こいつだという事はうっすらと頭で理解できている。
そしてあの女の言っていた台詞から推測できる先は、私は完全に異世界召還されてしまったということ。
――マジかよ! こんな漫画のような事が現実であるなんて。
「リリィより簡単な話を伺ったと思いますが、この世界はいま魔物の襲撃を受けております。
そのため諸外国では勇者様や神子様等に助けを請うている状況でございます。それは異世界から召還したり、自国で探したり様々。我が国プリーゼでは、伝説にのっとり光の神子様である貴方様を召還した次第。勿論、神子様が急に失踪なされば、ご家族も心配されるでしょう。ですから、リリィが貴方様に魔術で姿を変え身代わりになりますので」
「……だから、ドッペルゲンガーか」
「もうすでに神子様のサポートをするメンバーが揃っております。彼らは女神に選ばれし若者ばかり。きっと神子様のお役に立てるかと」
「あのさ、一応確認すると帰れないわけ?」
「我が国としましても、魔族討伐後を望みます。あぁ、ですが中間テストなどの時には戻れるように計らいますのでご安心を」
「テストは自分でやれってか。それは凄まじく難易度が高くない?」
「ご安心を。余裕を持ってお知らせ致しますので」
「余裕って……」
嘆息を漏らしたくなるのをぐっと堪えた。
はっきり言って帰りたい。だが、帰れないならばこの世界を楽しむ方がいい。
それにこういうのはテンプレの宝庫のはず。
漫画や小説のように異世界召還された平凡な高校生が、神子をやりながら周りのパーティー仲間である異性にちやほやされるパターン。
これならば、逆ハーレムでチート能力もきっといわずもがな附属されているだろう。
そしてきっとパーティーもイケメン揃い。
そして道中にイケメン王子と出会い見初められ困惑。かと思いきや、敵のイケメンにも好意を持たれる。
私の中では、もうすでに薔薇色の異世界道中が描かれていた。
――……悪くない。
たしかに勝手に召喚して異世界救ってくれというのは勝手だ。
迷惑以外ない。だかしかし……
「お願い致します。この世界を救って下さいませ」
平伏する神官達を見て、私も無碍にはできない。
私にできることならば、困っている人に手を差し伸べたいという優しさがあるから。
そう。決してモテたい。という、よこしまで不純な動機からではない。
断じて違う。この世に生を受けたからには一度逆ハーというものを経験したいという事ではない。
「困っている人がいるならば、助けるのが人情というもの。さぁ、顔を上げなさい」
「さすがは光の神子様! 慈悲深い」
「光? 私の属性って、光なの?」
「えぇ、神子様は光の神子でございます」
「へー」
神官の言葉に、私は頷いた。これは益々それっぽいなと。
光が属性ということは、闇属性が敵か。
そして闇は自分には無い目映く輝く光に惹かれ……――キタ! 異世界恋愛のテンプレ王道!
「それで? 私の仲間は?」
「はい。今、こちらの方へ向かっています。もうすぐ到着されるころかと……あっ!」
何かに気づいたのか、一人の神官が自分達の後ろを振り返る。
それは神殿の入り口なのか、正方形の穴が空きそこから光が零れてきている。
そこに現れたのは、先頭を誘導している神官に、それに従う三人の男達。
あいにくと距離が遠く、まだぼんやりとしたシルエットしか窺えない。
どれどれイケメンを拝んでおくか。
と、私は高鳴る期待を押させ、平常心を装いながらその人達を待つ。
だんだんと近づいてくる足音とそれに、必然的に胸の鼓動も早まる。
そして距離が近づき、彼らの足が私達の傍で止まった。
ようやくご対面ーっ! ときたのはいいが、私も相手も時の神に時間でも止められたように身動きが取れない。
「「「は?」」」
という言葉をハモらせ、私達はしばしお互い見つめ合ったままだ。
それは運命の出会いにより体に電流が走り痺れたというわけではない。
先に言っておくが、相手も同じだろう。
「あの……どうなさりましたか……?」
三人の内の一人――いかにも魔術師のような格好をしている青年が、動きを止めた私達に小首を傾げながら尋ねてくる。どうやらこいつはこの状況がわからないようだ。
彼の仲間とおぼしき大剣を腰に下げた騎士と、熊の毛でできたベスト姿の槍を持ったマタギ風の男はそのままフリーズ中なのに。
「え? 申し訳ございません。貴方が神子様でしょうか?」
「むしろ、逆に貴方達が私のパーティー?」
剣士の男から零れたそれに、私もついそう尋ねた。
やはり相手も同じだった。頷けば、相手も同様に肯定。それを見て、私は眉を顰めた。
おいおい、話が違うじゃないか。異世界トリップと。
――……普通過ぎる。
騎士も槍使いも魔術師も、見た目が平凡。これと言って特徴がない。
本当に本物だろうか。
人の事を言えないが、それはまるで一般市民が冒険者のコスプレをしました的な感じ。
だがしかし、私とて16年生きている。大人と子供の狭間だが、空気ぐらい読める。
そのため口を真一文字にしているのだから。
だが、その時、大神官が口を開いた。
「やはりこのパーティーでは華が……」
「おい! 大人っ!」
一番下の私が空気を読んで口を閉ざしたのに!
しかも一番の最年長者がそんな事を口走ってどうすんだよ!?
「ちょっと大神官様。なんですか、その言い方。そりゃあ、たしかに俺達は平凡顔ですよ。ですが、華があるかないかなんて、敵と戦うのに何か役に立ちますか?」
「そうですよ。ヴィジュアル重視でも弱かったら意味ないっす。伝説の四種の神器を操れるのは俺達選ばれし者だけなんですからね」
騎士と槍使いは、さすがにそれにはつっこんだらしい。
それも当然だろう。
これから世界を救うチームに対し、華がない発言は失礼極まりない。
お前、救ってもらう気ないだろうと発言を疑うレベルだ。
「いや、すまぬ。そうじゃのぅ……」
大神官はあごひげに触れながらそう口にする。
だが他の神官達が納得しなかったらしい、大神官を左右で囲み何やら抗議を初めてしまったのだ。
「ですが、大神官様。パレードと新聞が……っ!」
「そうでございます。我が国の神子パーティーがこんなに平凡なんて!」
「他国はもっと華が咲いたかのようだったじゃないですか」
「静かにせんか! わしにも考えがある。こちらへ」
大神官達は今度はさーっと波に流れる砂の如く、私達と距離を取り始める。
そして円を描くように何かぼそぼそと会話をしている。
ちらちらと時折こちらを見てくるのが癪に触って仕方がない。
「怪しくね?」
そう呟きを漏らせば、傍に居た騎士と槍使いも同じ方向を見て頷く。
「えぇ。一体何を考えているのだか」
「どうせ碌な事じゃないだろうな。っうか、華ってなんだよ。華って。俺達が平凡だと何かこの国に問題でもあるのか?」
「ほんとそれ。異世界召還者が平凡ってテンプレじゃん」
そして溺愛逆ハー。ほんと困るわー。異世界のテンプレに文句を付けられてもさ。
「え? それはどこ情報っすか? 他国の召還者は新聞を見る限り綺麗な人だったり、可愛い人だったりですよ。あと自国の勇者や神子とかも」
「はぁ!? 嘘だろ!」
んなもんあってたまるか!
私の逆ハーレム計画に支障が出るっつうの! 美女が出て来られたら大問題だろうが!
というか、いるのか他にも召喚者。
「本当ですよ。だから、さっき華がないって言ったんじゃないですか? 神官様達。パレード風景とか、新聞に掲載されるから」
「待て。パレードだって? さっき初めに召還された時、ちらっとそんな話耳にしたんだけど! あいつら替え玉って言ってたぞっ!」
「……え。まさか、いま神官様達がしている相談って!?」
私達はじっとあいつらを見た。するとその熱視線に気づいた彼らはこちらへと視線を向けるが、
さっとすぐに反らしてしまう。やましいことを相談していたのだろう。
やっぱり私ら扱いが雑過ぎる。敬意を表せよ。
なんだ、替え玉って。ヴィジュアル重視のため、写真撮影などは他人で補うのか!
「ねぇ、行くの辞めようよー」
「無理ですよ。俺達、貴族出身でもなんでもないので職失います。国を挙げての討伐隊なんですからね」
「そうっす。下手したら村も巻き込まれますって」
騎士がそう告げ、槍使いも同意の言葉を投げかけてくる。
「みなさん。そんな事はどうでもいいじゃないですか。敵を倒し、人々を救えれば名誉なんていりませんよ」
と、ここでいかにも真面目な優等生解答で割り込んできたのは魔術師。
無論、それは私も騎士も槍使いもスルーだ。
「っうかさ、モチベーション上がらないよね。こうさ、よいしょして祭り上げて貰わないとさ~」
「えぇ。本当に。パレードで女の子達にきゃあきゃあって、言われると思ったののですけどね。
それ期待していたのに裏切られましたよ」
「あ~あ。俺だって、可愛い女性に旗振られ黄色い歓声がわき起こる妄想をしていたのに……」
「ねぇ。てっとり早く簡単にモテる魔法ってないわけ?」
「ございません! 神子様達、いい加減になさって下さいませ」
「キィは真面目すぎんだよ。モテ8割、魔族討伐2割ぐらいにしておかないと長旅なんてやってらんないぞ」
騎士は魔術師の肩をポンと叩き、もたれ掛かるようにしてそう囁いた。
どうやら真面目な魔術師の名は『キィ』というらしい。
「モチベーション上げるには、イケメンからの声援は必須でしょ? 私、褒められて伸びるタイプだし。あのさ、恋愛運が上がるパワースポットとかないわけ? もう魔族討伐やめて恋愛運アップのモテ道に進もうよ」
「それいいっすね! どうせ他に勇者や神子達がたくさんいるんですし」
「俺達が頑張らなくてもなぁー」
「み、神子様っ!? それに二人共!?」
「キィだったわよね、たしか」
「はい」
「なんかないわけ? 恋愛運がアップするアイテム。どうせダンジョンとかあるんでしょ? なら、ありそうじゃん。イケメンを操る秘密のアイテムとか」
「俺、それの魔族バージョン欲しいっす! 魔族は高位になると美人多いんすよ!」
「マジで? なら、イケメンも多いな」
なんだか冷めた眼差しがキィから降り注いでくるが、知らん。
どうやら異世界トリップ特有の逆ハーレムは無いに近いようだ。
やはり、それはマンガの世界だけだろう。
だがしかし――
「無いのなら作ってしまえ逆ハーレム」
「俺達は別に男にモテたくないっすよ。だからハーレムで」
「よし、くるしゅうない。光の神子が許可する。今からこの神子パーティーはモテ道のために、恋愛運アップのアイテムやパワースポット巡りにしよう。ねぇ、まずは手っ取り早く、なんでも願い事が叶うなんていう有り難いアイテムなんてものキィ知らない?」
「知りませんよ。『ロクリッドの杯』なんて」
ふっと視線を逸らし、ふて腐れている真面目男。
あいつはどうやら爪が甘いらしい。もう答えを言ってしまっている。
「よしっ! じゃあ、ロクリッドの杯を探しに行こう!」
「「おー!」」
と、早速それを目標にするのは言わずもがな。
「えっ!? 待って下さい。魔族討伐は!?」
「んなもん後だろ、後。では、神子様さくっと武器を召還して下さいー」
「了解! って、私も戦うの?」
「えぇ、勿論」
「へー」
と頷いたが、私は剣道や弓道を始め、武術系に繋がるものなんて学んだ事がない。
それなのに武器か。もしかしてここはチート能力発揮?
それならば逆ハーつけて欲しかったんだけど。
「四種の神器はあと残り一つ。エクレール。まぁ、弓ですね」
「弓ねぇ……」
「何か弓では不都合でも?」
「いや。私の名前が巴だから、巴御前にちなんで長刀とかかなぁって思っただけ。弓じゃあ、板額御前か。まぁ、巴御前も弓使えたらしいけど」
「あの……どなたの事でしょうか?」
「あぁ、そっか知らないよね」
私は頷き、彼らへと説明するために口を開く。
「私の国で存在した武将……――つまりこの世界でいう騎士みたいな人達の事かな。詳しく話すと長くなっちゃうからハシ折ると、巴御前というのは男の人にも勝るぐらいに強くて有名な人だったんだ。大将任されたぐらいだからね。しかも色白で黒髪で、美人。お婆ちゃんが巴御前のように強く凛々しく美しくなりますようにって付けてくれたの」
「異国の偉人ですか。素敵ですね。もっとお話を伺いたいです」
そう言ってキィは微笑んだが、その左右を挟んでいる男達は違った。
「「黒髪しか合ってないっすね」」
「おい、そこの騎士と槍使い黙れ」
恐らく年上だろう。だがしかし、何故このようなリアクションをされねばならないのか。
ったく、ちょっとは自分でも思った事あるけどさー。